第2話 メイドの独白(エルゼ視点)
(side エルゼ)
私はエルゼ。
ハズウェル公爵家に勤めるメイドです。
そんな私ですが、最近驚いたことがあります。
『エルゼ。急に言うからビックリすると思うけど……僕に剣術を教えて欲しいんだ』
レオ様がいきなり、そんなことを言い出したのです。
私は彼の専属メイド。
レオ様がもっと幼い頃から、彼のことを近くで見守っていました。
だから分かります。
レオ様はそんなことを言い出すおかたではないと。
なにせ、レオ様は努力することが大嫌い。
今まで数々の家庭教師の頭を悩ませ、自分から努力することを放棄しました。
本人は「努力とは凡人のやることだ」と言っていますが、どれだけ才能を持っていても努力しなければ腐らせてしまうだけです。
とはいえ、私は一介のメイド。
そのことを指摘して、レオ様の機嫌を損ねるわけにはいきません。
なのに、レオ様から「剣術を教えて」という言葉が出たんですよ?
言葉遣いもいつものレオ様と違っていたので、頭をぶつけたショックでおかしくなったと思いましたが……どうやら彼は本気のようです。
色々と疑問は感じつつも、私がレオ様の命令を無視出来るはずがありません。
内心「三日坊主で終わるだろう」と思いつつ、私はレオ様に剣術を教えることになりました。
しかし翌日、私は早くも驚愕することになりました。
なんですか!? あの才能の塊!
ちょっと教えただけで、技をものにするんですけど!
『レ、レオ様。素晴らしいです。まさかたった一日で、私が教えたことをマスターするとは……』
『そうか? だが、こんな基礎的なことをやったとして、元Sランク冒険者のお前には勝てないだろう。俺はこの一年でお前から一本取るつもりだ』
ニヤリと笑みを浮かべたレオ様に、私は戦慄を覚えました。
確かに、私は元Sランク冒険者。
Sランク冒険者はこの世界において、たった七人しかいませんでした。私が冒険者を引退したので、今は六人ですが……誰でもなれるようなものではありません。
そんな私から一本取る?
『零の剣舞士』として恐れられていた、冒険者としての私の血が久しぶりに騒ぎます。
そういえば、私が元Sランク冒険者であることは、レオ様は知らないはずですが……どうして知っているんでしょう?
レオ様のお父様から教えてもらった?
……いや、それはさほど問題ではありませんか。
私はレオ様に剣術の指南を施しつつ、彼の成長を見守り続けました。
驚いたのはそれだけではありません。
彼は私が用意した厳しい訓練に対して、泣き言を一つも言わずに付いてきたのです。
それどころか。
『ふんっ、生温い。この程度で、お前から一本取れるとは思えない。もっと厳しくしてもらっても構わないのだぞ?』
とさらに剣術の訓練を厳しくするように言ってきました。
私がレオ様に指示した訓練は、決して容易なものではありません。
大の大人でも根を上げるものでしょう。
それなのにもっと訓練をさせてくれ……って。
本当にあの怠け者のレオ様なのでしょうか!?
変貌したレオ様の姿に、毎日驚くことばかりです。
でもちょっと気になるのは。
『くくく、さすが俺だ。やっぱり、やれば出来る子なのだ。これで主人公どもを蹂躙してやる』
時たま、レオ様が訳の分からないことを呟き、笑う姿が──まるで物語の中に出てくる『悪役貴族』そのものだったことですが。
まあ、それもあまり大した問題ではないでしょう。
そしてその時はすぐに訪れる。
半年の剣術指南の末、とうとうレオ様が私から模擬戦で一本を取ったのです!
『あ』
敗北した瞬間、私は間抜けな声を漏らしてしまいました。
『ようやくお前から一本取ったぞ。有言実行だ』
尻餅を付いている私に、レオ様はそう剣を突きつけます。
半年の厳しい訓練の末、少し……というか、かなり太っていたレオ様は随分と痩せていました。
痩せたレオ様のお顔は、女性の私から見ても美しく、つい見惚れてしまいます。
……しかし今はレオ様が、私から一本取った件です。
『お、お見事です。よくぞこの境地まで辿り着きましたね』
『なに、たった一本ではまぐれだろう。それにお前にも油断があった。俺はそれを見逃さなかっただけだ。本気のお前相手でも圧勝出来るようにならないと、話にならないな。じゃないと、あのチート主人公に勝てないし……』
最後の方が声が小さすぎて聞き取れませんでしたが、レオ様はそっけない口調で答えました。
いやいやいや!
確かに油断もありましたし、さすがに雇い主の子どもを怪我させるのはいけないだろうと手加減していましたが!
だからといって、私相手から一本を取るだなんて真似は、Aランク冒険者でも難しいですから!
それなのに、たった三ヶ月で私から一本取る?
そんな出鱈目な子どもがどこにいるというのですか!
ほ、本当にあのレオ様なんですよね?
この三ヶ月間、何度も何度も思ったことが頭の中でグルグルと回ります。
美しいお顔で悪役みたいな笑顔を浮かべているレオ様を見て、私は決意しました。
この子を一流の剣士にする。
私は自分のことを天才だと思っていました。
それだけの結果も出してきました。
だけど……目の前のレオ様に比べたら、私がなんと矮小な存在なのか。
冒険者を引退しメイドとなった私の心は、今までどこかぽっかりと穴が空いたようでした。
しかしレオ様という本物の『天才』を見て。
私が生涯をかけてやるべきことは、レオ様を一人前の立派な男にすること。
そう、人生の目標が出来ました。
『いつまで尻餅を付いている。どこか怪我してないよな?』
『は、はい。お尻がちょっと痛いだけです』
『それはよかった。ならばもう一度だ。今の感覚を忘れないうちに、もう一度模擬戦をやるぞ!』
とレオ様が私に手を差し出します。
私は震えた手で、彼の手を握る。
その時、私は天にも昇るような幸福感に包まれました。
レオ様はどれだけ強くなるのでしょうか。
彼の将来を想像すると、自然と胸が躍ります。
それに彼もそろそろ、十歳の誕生日を迎えることになります。
魔法適正の検査が行われる歳ですし……果たして、レオ様にどのような結果が出るのでしょうか?
こんな百年に一度──いや、歴史上最高の天才剣士だっていうのに、まさか魔法の才能もあるとか?
ふふっ、それはちょっと考えすぎでしょうか。
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