恋愛ゲームの悪役貴族に転生したから、無双しながら破滅エンドを回避したいと思う

鬱沢色素

第1話 悪役貴族に転生したらしい

「あ、俺。悪役だ」


 目を開けた瞬間、僕は衝撃的な事実に気付いてしまう。


 どうやら僕は、大人気恋愛ゲーム『ラブアンドアラブ』(通称『ラブラブ』)の世界に転生してしまったらしい。


『ラブラブ』は男主人公が学園に通いながら、複数のヒロインたちと愛を育んでいくゲームだ。

 魅力的なヒロインたちばかりで、どれが『推し』なのかと日夜SNSで議論されていたのを、昨日のことのように思い出せる。


 さらにこの『ラブラブ』、ただの恋愛ゲームだけではない。


 恋愛シミュレーションとは別に戦闘パートがあり、この部分もまたクオリティが高い。

 プレイヤーに中には恋愛そっちのけで戦ってばかりで、強さを追い求める猛者も現れた。


 そして僕も、そんな『ラブラブ』をやり込んだゲーマーの内の一人だった。

 何周プレイしたのか、もう覚えていない。


 そんな『ラブラブ』の世界にどうして転生したかのかは分からないが……自分が愛したゲームの中に転生出来るなんて、ゲーマーとして本望。

 普通なら手放しで喜ぶところではあった。



 しかしここで大きな問題が一つある。




「よりにもよって、悪役貴族のレオに転生してしまうなんて……」


 と僕は唖然としてしまう。


 僕が転生したレオ(転生というより、レオの肉体に魂が入り込んだだけかもしれないが、その違いはそれほど重要じゃないだろう)は『ラブラブ』の主人公なんかじゃない。


 それどころか、主人公の前に立ち塞がり、無様にざまぁされる悪役貴族であった。


 近くにあった鏡で自分の姿を見る。


「うん、どこからどう見ても、あのレオだ」


 ブクブク太った体。

 髪も肌も荒れ放題で、なかなか見苦しい。


 僕の記憶とちょっと違うところは、イメージのレオより幼いこと。

 六、七年くらい若いのか?


「自分のことながら醜い……ここまで太っていると、体調が心配になってくるな。こんなビジュアルじゃ、人気キャラ投票一位になるのも頷ける」


 レオが悪役貴族と呼ばれ、プレイヤーから嫌われていた理由。

 その一つが彼の傲慢で怠惰な性格にある。


 この男、剣や魔法の才能はピカイチなのだが、全く努力しようとしない。


 自分はハズウェル公爵家で生まれた貴族だ。

 努力など、凡人のやることと本気で思い込んでいる。



『努力など凡人のすることだ。天才の俺には必要ない!』



 この台詞はレオの名言(迷言?)として、SNSにも載っている。

 

 しかしそのせいで、ろくに剣や魔法の技術を磨かないまま、学園に入学してしまう。

 そこでヒロイン候補の一人にちょっかいを出し、主人公と決闘をすることになるが……そこでレオは敗れてしまう。


 普通の人なら、ここで反省するだろう。

 もっと努力するべきだったって。

 

 しかし幼い頃から贅の限りを尽くし、怠け腐っていたレオには『反省』の二文字など頭になかった。


 自分を貶めた主人公になんとか復讐を果たそうとするが、その度に返り討ちに遭ってしまう。

 最終的にレオは闇の力に魅せられてしまい、世界もろとも主人公を滅ぼそうと決意する──というのが結末までの道筋だ。


『ラブラブ』は複数のルートがあるが、問題は。


「主人公がどのルートを辿っても、レオは破滅してしまうんだよな……」


 たとえば、ラスボスとして主人公たちの前に立ちはだかり、そのまま殺されてしまう。

 たとえば、闇の力の飲み込まれてしまい、なにも出来ずに死んでしまう。


 もう散々な結末ばかりだ。


 プレイヤーたちは、レオがどのような死に方をしても全く悲しまない。

 それほど、レオはプレイヤーたちに対してヘイトを稼いでしまっていたからである。


 だが。


「そんなレオが……僕の推しキャラだった」


 そう。


 100000人のプレイヤーがいれば、9999人が嫌うキャラ。

 しかし僕だけは、レオのことをどうしても憎めないでいた。


 レオはただ、自分の思うがままに生きただけ。

 努力をしなかったのも、才能がありすぎたから。


 そしてどれだけ主人公に負けても、レオは自分の考えを曲げようとしなかった。



『俺は俺のまま生きて死ぬ! 後悔など、あるはずがない!』



 最終戦で主人公に倒されても、レオは清々しい表情でそう言い放っていた。


 レオの破滅エンドを避けようと、何度も周回プレイをした。


 だが、そんなものはゲーム内では用意されていなかった。

 何度やっても、レオは破滅してしまう。


 こういった経緯があるからこそ、僕はすぐに『ラブラブ』のレオに転生してしまったことに気付けたのだ。



「レオ様」



 そんなことを考えていると、ドアのノックと共に女性の声が聞こえてくる。


 ビクッと肩が震えるが、声を聞いて誰だか分かる。

 何故なら、その女性の声はゲーム内のものと同じだったからだ。


 僕はコホンと咳払いをしてから、「は、入っていいよ」と告げる。すると一人の女性が部屋に入ってきた。


「レオ様、お体の方は大丈夫でしょうか? 階段から落ちた時は驚きましたよ」

「う、うん、大丈夫。心配かけてごめんね、エルゼ」


 と僕は彼女──エルゼの名前を呼んだ。


 彼女はレオ専属メイド。

 彼女にもレオは色々と酷いことをするのだが……割愛。いちいちレオの悪行を列挙していてはキリがない。


「エルゼ、ごめんだけど、今の僕は何歳なのか教えてくれるかな?」

「はい? なにをおっしゃるんですか。レオ様は九歳じゃないですか」


 九歳……か。僕の予想とは、そこまで離れていなかったらしい。


 僕は彼女から一旦目線を外し、少し考える。


 これがゲームの筋書き通りに進むなら、レオは六〜八年後に破滅エンドを迎えてしまう。


 レオにとって最大のターニングポイントは、間違いなく主人公と初めて出会う学園だろう。

 

 この世界の設定が『ラブラブ』と一緒なら、僕(レオ)は十六歳で学園に通うことになるはず。

 あと七年くらいはある。

 ならば僕のすることは決まっている。



 破滅エンドを回避する。



 せっかく大好きな『ラブラブ』の中に転生したというのに、十年も経たずに破滅してしまうのは、嫌すぎる。


 レオは傲慢を塊にしたような人物ではあるが、幸い才能はある。

 才能に怠けず、努力をすればきっとゲームのシナリオからは外れるはずだ。



 それに──僕にはゲームの知識がある。



 ゲーマーの中でも「とびっきりヤバい」と称された、ラブラブのプレイヤーを舐めんなよ。

 僕が何十、何百回ゲームをプレイして、レオの破滅エンドを回避しようとしたと思ってるんだ。


 自分のためにも……そしてゲームでは成し遂げることの出来なかった、推しキャラの破滅を回避する。

 そのためなら、僕はどんなことでもやろう。


 まずは。


「エルゼ。急に言うからビックリするかもしれないけど……僕に剣術を教えて欲しいんだ」

「レ、レオ様にですか?」


 とエルゼが目を丸くする。


 このエルゼ。

 本人は隠しているようだが、実は元Sランク冒険者だったのだ。


 しかし戦いの日々に疲れ、メイドとなるといった経緯。

 剣の師範役としては申し分ないだろう。


「どうしたの? 僕に剣を教えるのは嫌なの?」

「い、いえいえ、そんなことはないのですが……レオ様がそんなことを言い出すとは思っていなくって。それに、私が剣術を指南出来るとよく分かりましたね? レオ様には私の過去をお伝えしたことはなかったはずですが」


 まあ僕にはゲーム知識があるからね。


 ……と言うわけにもいかず、


「は、はは。なんとなく、ね。エルゼからは歴戦の戦士の気配がしたから」

「は、はあ」


 曖昧な笑みで話を誤魔化したら、彼女も曖昧な返事をした。


「そして気になることはもう一つあります」

「なにかな?」


 エルゼは少し、言いにくそうに。


「え、えーっと、さっきからレオ様の喋り方が少し変で……まさか頭を打った衝撃で、そんなことに……?」


 そうだった。

 ゲーム内のレオはもっと傲慢な喋り方をしていた。



 ならば僕──いや、俺もレオの喋り方を踏襲させてもらおう。



 レオも言っていた。


『俺は俺のまま生きて死ぬ! 後悔など、あるはずがない!』


 僕の大好きなレオは誰にも媚びへつらうことはせず、自分の思うがままに生きるキャラだから。


「ふっ──ちょっとした余興だよ……じゃない。ちょっとした余興だ。ど、どこも悪くない」

「そうだったんですね。良かったです。そちらの方が、レオ様らしいですよ」


 うむ……どうやら、上手くいったらしい。

 まだむず痒い感覚はあるが、直に慣れていくだろう。


「剣についても、余興の一つだ。生意気な平民を叩きのめすためにも、剣の腕は必要だろう。まあ……俺の才能があれば、大した努力などしなくても十分だと思うがな」

「レオ様のおっしゃる通りです」

「では、あらためて言い直すぞ。エルゼ、俺に剣を教えろ」

「承知いたしました」


 僕……じゃなかった。


 ──こうして俺はレオの破滅エンドを回避すべく、行動を開始するのであった。

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