第3話 天才悪役貴族は魔法適正でも結果を出す

 おい、レオ。

 お前、すごいな。


 いや、すごいことは分かっていたが、まさかこれほどまでに天才だとは思っていなかった。


 なんだよ! 

 あのエルゼから一本取ったぞ!?


 彼女は元Sランク冒険者ということから分かる通り、かなり強い。

 ゲーム内で主人公とエルゼと戦うイベントがあるのだが、HPと攻撃力が高く、技も豊富な彼女に対して苦戦を強いられる。

 だからエルゼ戦は、『ラブラブ』の中でも屈指のトラウマイベントとして名高い。


 それなのに、レオ君。


 ここまでろくに剣術なんてやってこなかったのに、たった半年でエルゼから一本取ることが出来た。

 彼女も油断があったとはいえ……これがどれほどすごいのか、『ラブラブ』をやり込んだ俺だから分かる。


 一本取った時は、もっとはしゃぎたかったが、それはレオらしくない行動だったためぐっと我慢した。

 また「おかしくなった」と心配されても困るからな。


 レオ……お前、やっぱやれば出来る子だったんだな。


 慢心なんてしなかったら、を手に入れなくても、主人公に勝てたんじゃないか?

 レオの天才っぷりを実感する出来事であった。




 そして俺は十歳の誕生日を迎えた。




「レオ様、いよいよですね」

「ああ」


 ちょっと興奮気味のエルゼに、俺はそっけなく答える。


「レオ様はどのような魔法に適正があるんでしょうね? あっ、たとえ属性魔法の適正がなくても、悩む必要はありません。なにせ、レオ様は剣の天才。魔法がなくても、あなたが天才であることには変わりないのだから」

「うむ」


 と続けて空返事そらへんじをする。


 俺がこういう反応になってしまうのも仕方がない。

 だって、どんな結果になるかを既に知っているからだ。



『ラブラブ』の世界においては十歳になると、神託という名の魔法適正の検査が行われる。



 この検査で人々は、ようやく自分の魔法適正が分かるのだ。


 ちなみにどういう仕組みかは分からないが、この神託を受けなければ、どれだけ才能があっても魔法を使うことが出来ない。

 ゆえに『ラブラブ』の世界にせっかく転生したのに、俺はここまで魔法を使ってこなかったわけだ。


 しかしその我慢もようやく終わる。


「おやっ、神官の方が到着したようですね。行きましょう」

「だな」


 頷き、俺は自室から出て、エルゼと共に応接間へと向かう。


「おお、レオよ。来たか。この日を心待ちにしていただろう。俺も若い頃、神託の前日は楽しみで眠れなかったよ」

「はい、とても楽しみにしておりました。お父様もそうだったのですね」


 俺は目の前のお父様に、丁寧に言葉を返した。


 彫りが深い顔をしていおり、ダンディーな男だ。

 妻は俺が幼い頃に病気で亡くなってしまったらしく、それ以来誰とも結婚せずに独身を貫いている。


「なあに、心配しなくてもよい。たとえどのような結果が出たとしても、レオはレオだ。ゆくゆくはハズウェル家の後継であることには変わりない。大船に乗った気持ちで神託を受けよ。ガハハ!」


 続けて、豪快に笑うお父様。


 こうやって、息子レオを甘やかすから、ゲーム内のレオは調子に乗るんだよなあ……。

 良い父親であることは分かるけど。


 ちなみにハズウェル公爵家は、時に違法スレスレなこともあって、金と権力を得た貴族だ。

 悪役貴族そのもの。

 ゆえに周囲からの評判はすこぶる悪い。

 まあ、それを口にしたらどんな目に遭わされるか分からないので、人々は口を噤むわけだが。


「あのー、そろそろやっちゃっていいですかねー?」


 応接間には俺とエルゼ、お父様の三人以外にもう一人いた。


 それが目の前の女神官。


 本来なら、十歳になった子どもは教会に赴いて、そこで神託を受けることになるのだが……なにせハズウェル公爵家は貴族。

 神官がわざわざ、ここまで来てくれたのだ。


「うむ、さっさとやってくれ。それにしても名前も名乗らないんだな? 俺を前にして、なかなか失礼ことをするな」


 レオならこの時、間違いなくこう言っていただろう。

 ……と思いながら、尊大な態度でやる気のなさそうな神官に鋭い視線を向ける。


「あっ、すみません。私はルフィナ。神官やってまーす。でも、私の名前なんか覚えなくてもいいですよ?」


 手の平をヒラヒラとさせながら、ルフィナが答える。


 ルフィナ……か。記憶になかったので聞いてみたが、やはり知らない。『ラブラブ』内でもモブキャラだったということか。有力な貴族であるハズウェル公爵家に派遣されるくらいだから、優秀な神官だとは思うがな。


「ちっ……レオ様を前にこの態度。神官でなければ、私が斬り伏せていましたが」


 後ろでエルゼが舌打ちをして、ルフィナを睨みつけていた。


 おい、エルゼ。殺気を放つな。何故かお父様の方がビクッと肩を震わせたではないか。


 だが、ルフィナは殺気に気付いているのか気付いていないのか、表情を少したりとも変えず、こう口を動かす。


「ちゃちゃっとやっちゃいましょー。レオ様、私に手を」


 ルフィナの指示に従って、俺は彼女に手を差し出す。

 ルフィナが俺の手を握ると、光が溢れ、それは目の前に文字を形取った。



レオ=ハズウェル


魔力量:測定不能

---------------

属性魔法

『炎』

『水』

『風』

『雷』

『土』

---------------

特殊魔法

『??』



「……は?」


 エルゼに殺気を向けられても平然としていたのに。

 神託結果を見て、ルフィナは目を丸くする。



「レ、レオ様! すごいですよ!! 五つも属性魔法に適正があります!」

「さすが俺の息子! 俺は誇らしいぞ! それに魔力量も測定不能? レオの魔力量は神託では計り知れないということか!!」



 エルゼとお父様は興奮して、俺の両肩を揺さぶった。


 そう……このレオ君、五つの属性魔法に適正がある。


 本来、属性魔法というのは一つだけでも適正が見つかれば持て囃されるものだ。

 二つ適正がある者は、貴族の中にも滅多にいない。三つあったら、それだけで天才だと賞賛される。


 それなのに五つも適正があったんだから、エルゼとお父様がこういう反応になるのも仕方がない。


 だが。


「うむ、当然だ。俺は天才だからな。五つくらい適正を持っていても、驚きはしない」


 と俺は鼻で息をする。


 これはレオらしい台詞を心掛けたのではなく、ゲームをプレイしていて分かっていたので、本当に驚かなかっただけだ。


 それにこの五属性以外にも、『光』と『闇』という属性魔法がある。


 ぶっちゃけ、この二つが強すぎて、他の『炎』『水』『風』『雷』『土』属性など下位互換だ。

 エルゼとお父様みたいに、はしゃぐ気にはなれない。


 それよりも気になるのは、特殊魔法『??』という項目。


 みんなの反応を見るに、どうやらこれは俺にしか見えていないらしい。


 これはどういうことだろうか──と本来なら思うところであるんだろうが、俺には心当たりがあった。


 ??……二文字。

 やっぱあれだよなあ。


「す、すごいですね。神官である私も、ここまでの結果は初めて見ました」


 ルフィなは声を震わせ、こう続ける。


「あなたは間違いなく、百年に一度の存在。ですが、これはまだ始まり。慢心せずに……」

「おい、待て。せっかく神託を受けたんだ。今すぐにでも魔法を使ってみたい。付き合ってくれるか?」

「は、はあ。レオ様は向上心の塊ですね。おかしいな……ハズウェル公爵家の子息は怠け者で、こんな感じでやる気があるとは聞いてなかったのに……すぐに帰れると思ってたのに……」

「なにか言ったか?」

「な、なんでもありません!」


 と背筋を真っ直ぐ伸ばすルフィナ。


 ふんっ。

 俺の神託結果を見て、ようやく襟を正す気になったらしい。


 神託結果には驚かないが、今の俺は早く魔法を使いたいとワクワクしていた。

 だが、さすがに俺一人でいきなりぶっ放すのも怖く、専門家であるルフィナに見守ってもらおうと思ったのだ。


 悪いが、今までやる気がなかった報いだ。


 ちょっとだけ残業してもらおう。

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