10:5日目・あと二人、次はどっち?

 金堂貴志もいなくなった。




「ねっ、ねぇ? 公治くん!」


 皆月日奈が住田すみだ公治の席にやってきた。

 公治は面倒そうに本から視線を上げる。


「あっ、あのね? これ、お金! 公治くんから借りてたやつ!」


 あの日に強奪された財布を渡される。

 盗られる前と同じの金額が入っていた。


「ご、ごめんね? 本当はすぐフォローするつもりだったんだけど…… その、最近いろいろあったせいで間が空いちゃって、なんかイジメみたいな感じになっちゃって……」

「意味が分からん。何言ってんだ?」


 思わず真顔で言ってしまう公治。


「いっ、いや! ホントにね? あの後に、お詫びにうちらのオゴリで遊びに行こうって流れにするつもりでね? それで、ミカちゃんと仲直りのきっかけにならないかなってね?」

「はぁ」


 金を借りてたとかいう発言をはじめ、本気で意味の分からないことを次々に捲し立てられ、公治は心底辟易へきえきした顔で日奈に胡乱うろんな目を向ける。

 日奈は公治に手を合わせ、愛想笑いを浮かべながら弁解を続ける。


「そ、それが、なんかこんな感じになっちゃって…… その、本当にごめんね?」

「本気で悪いと思ってるのか? 自分たちがしたことも憶えてないようだが」


 公治は割れ砕けし曲がったスマホを見せる。汚れてシワになった教科書や専門書を机の上に並べていく。

 日奈の顔が青くなった。


「えっ…… いや…… も、もちろん弁償するよ? で、でも、今ちょっとほら、タカくん達がいないから、すぐには……」

「いや立て替えてすぐに払えよ。なんで被害者にツケを回そうとする? 親にでも事情を話して借りればいいだろ」

「お、親っ!? 」


 へらへらと笑っていた日奈の顔が引き攣っていく。


「ま、待って待って! あのね? 話は変わるけど、うち、やっぱり公治くんは下着泥棒なんかしてないんじゃないかなって……」

「へぇ」

「ちょっ…… 日奈!?」


 遠くの席で耳を澄ましていた美花が、立ち上がって大声を上げた。


「い、いやいや、洗濯物がたまたまごっちゃになっちゃったとか、そういう事故のせいで誤解しただけだったんじゃないかなって…… ほ、ほら、公治くんはもちろん、ミカちゃんだって嘘ついたりする人じゃないと思うし……」

「そうか。なら、今までさんざん犯罪者扱いして侮辱した慰謝料も払うんだな?」

「いっ、慰謝料!? ちょ、ちょっと待って!」

「名誉棄損の慰謝料は50万くらいが相場だ。後は侮辱、暴行、強盗、器物損壊も合わせると200万ってところか? 未成年の初犯ならまず実刑は無いし、示談にせず保護観察処分でも受けた方が安上がりかもしれんな。親と相談して好きなようにしたらどうだ?」


 十年ほど前のる事件……久住くずみ公治にとって決して忘れ得ぬ事件……によって法曹界に激震が走ってから、大規模な法の変革が行われつつある今、慰謝料の相場など有って無いようなものだ。公治は大雑把な数字を適当に並べる。

 それでも、日奈の顔から血の気を引かせるには十分過ぎた。ついでに周囲のクラスメイトまで真っさおになっていた。


「に、200万っ…… ちょ、待って待って! 親とか裁判とか、ちょっと待ってよ! そうじゃなくてね? うちは、これから公治くんとちゃんと仲良くしたいなって……」

「今までやって来たことの清算もせずにか?」

「する、するよ! だから、ウチのおごりで遊びに行こうって……」

「本気で何も分かってないんだな。少しは被害者感情を想像したのか? 話にならない」

「ご、ご、ごめんね。今は怒ってて当たり前だよね? また、落ち着いた時に話すから……」


 日奈はぐずぐずと泣きながら席に戻った。

 今までなら、クラスメイト達はこぞって日奈を慰め、寄ってたかって公治を責め立てていただろう。

 だが、今は誰も何も言わなかった。一度は思わず声を上げた美花さえ、今は自分の席に座ったままうつむいている。

 誰もが耳をそばだてているのに、誰も目を合わせようとしなかった。




 まるで、関われば次は自分が消される、とでも思っているかのように。




 ホームルームで休校と自宅待機を告げられ、そのまま下校となった。

 バイトのシフトを調整してもらわないとな、と、公治はため息をついた。




 こうしてまた、平穏な一日が終わった。

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