11:みんなの委員長・皆月日奈

 皆月日奈が目覚めると、そこは見憶えのない部屋だった。

 手足が動かない。見ると、台の上で大の字にされ、手首と足首を枷で固定されている。


「ひっ!?」


 冷たい枷の感触に、思わず上ずった声が出た。反射的に藻掻もがいたが、ビクともしない。


「うそっ、これ、ちょっと、ウソでしょ?」


 前後の状況が全く思い出せず、激しく混乱する。

 咄嗟に思い浮かぶのは、最近身の回りを騒がせている行方不明事件のこと。


 レンくん、リュウくん、リンちゃん、タカくん。に手を出した人が次々に……


「……こ、公治、くん?」

「目が覚めたか、皆月」


 直感のまま、恐る恐る問うてみれば、予想通りの声で答えが返って来た。

 瞬間、途轍とてつもない恐怖が日奈を襲った。


「いやぁぁっ!? 待って! お金は払うから! 言う通りにするから! ごめんなさいごめんなさい!」


 甘かった、甘かった、甘かった!

 もしかしたらと思って、念のために謝っておこうとか、考えが甘過ぎた! 迷わず先生や警察に連絡して調べてもらうべきだった! イジメを隠そうとしたせいで付け入る隙を与えてしまった!


「痛めつけなくても話が進められるのは、悪くないな」


 公治は手に持っていた何かを腰のツールベルトに納めた。

 痛めつけなくても、という言葉に日奈は縮み上がる。つまりは、痛めつけないと話が進まない誰かがいたのだろう。

 この状況で、話を聞こうとしなかった人がいたことになる。正気かそいつ。知り合いにそんなバカいないよね?


「だが…… やっぱり心に響かん謝罪だな」

「ごごごごめんなさいごめんなさい! 本当に悪かったと思ってるの! ううううちバカだからちゃんとした謝り方なんて分かんなくって! 公治くんの言うようにやるから! 本当にごめんなさい!」

「俺の言うようにやる、か。どうしろって言ったか、憶えているか?」

「えっ!? そっ、それは…… い、慰謝料を払えとか……?」

「親と相談して好きにしたらどうだ、そう言ったがな。あれから親に相談したか? 直ぐに電話したりメッセージを送ったりもできたはずだが」

「そ、それ、は、その、心の、準備が……」「お前は自分に都合よく無難に済ませることばかり考えていた。金を借りたとか祝戯ほざいた時は耳を疑ったぞ。本当に悪かったと思ってる、だと? そんな態度じゃなかっただろ」

「……う、うち、どうなるの? 死ぬの? 殺されるの?」

「お前次第だな」


 塩対応にも程がある。そこは否定して欲しかった。


「わ、悪いことしたと思ってるよ。思ってるけど、こ、殺そうとまでしたわけじゃ、ないじゃん?」

「ほう、お前らは俺にやられた分だけをやり返していたと、そう言いたいんだな?」

「え………………い、いえ、その……」

「人を性犯罪者呼ばわりし、大勢で囲んで暴力を振るい、大切な物を壊して、金まで奪っていって…… いつ俺がお前にそこまでのことをした? 生憎あいにく憶えがない。聞かせてもらおうか」

「………………ご、ご、ご、ごめん、な、さぃ……」

「だよな。お前は平然と俺にされた以上の事をした。だったら、俺がお前を殺そうとしなくても、お前は俺を殺しに来るかもしれない。そう思われても仕方ない。違うか?」

「ちっ、ちちちちちがう、ちがうよ! 人殺しなんかしないよ! するわけないじゃん!」

「俺もちょっと前までは、お前が人の物を壊したり盗んだりするわけないと思っていたんだがな」

「あ……ぅ……」

「今のお前は全く信用にあたいしない、生きていても害になるだけの人間だと思っている。少しは俺の考えが理解できたか?」

「ひぅっ……」


 ヤバすぎる。

 冗談でも勢いでもなく、理路整然と懇切丁寧に殺す理由を説明してくる。こんな恐ろしいコミュニケーションがあるか?

 龍一の『殺すぞ』とは、全然重みが違う。これが、本物の殺意。


 そりゃそうだよ。あんなことされたら、誰だって怒るよ。殺してやるって思うよ。

 これ、本当に殺されてるよ。今まで連絡が取れなくなった4人、みんな殺されてるよ。

 ダメだ! このままじゃダメだ! 甘い考えを全部捨てなきゃ、死ぬ!

 今こそ、コミュりょくを発揮する時だ。コミュりょくが高いってのは大勢でいるのが好きとか騒ぐのが好きとかそう言うことじゃない。気難しい人とも上手く付き合える人が本当にコミュりょくの高い人だ!




「………………ね、ね、ねぇ。こんなこと止めようよ。復讐なんて不毛だよ。次の復讐を生むだけだよ。それよりさ、ほら、幸せになることが一番の復讐って言うじゃん? そっちの方がずっと有意義、じゃ、ない、かな……」


 ……必死で考えた末に出た言葉は、自分でも悲しくなるくらい陳腐だった。


「一方的に襲ってくる狼藉者を野放しにして、次の被害者が生まれる方が、ぽど不毛だが」


 案の上、一蹴された。


「幸せになるのが一番の復讐? その幸せを平気で奪うのがお前らだろ。お前らを生かしておけば、幸せになってもまた奪われる。それが有意義か? 随分とお前らにだけ都合のいい話だな」

「そそそそうじゃなくて! ほ、ほら、公治くんが言ってるのは、もう、復讐とか、仕返しとかじゃなくて、ただの、防犯対策、とかそっちの話になる、んじゃない、かな? だ、だから、そういうのは、ね? ほら、警察とかに、任せちゃった方が、さ……」

「へぇ、警察が動けないように、念入りに証拠を隠滅しておいてそんなことを言うとはな。自首でもするのか?」

「えっ…… あ、す、する! 自首するから! い、今すぐ! 今すぐ警察に電話する! 今度こそ誠意を見せるから!」

「今すぐ電話? スマホの電源を入れて欲しいのか? 位置情報を送信したいのか」

「え? ……ち、ちがっ! 違うよ!? なんでそんなこと考えつくの!? うち分かんないよそんなの! 騙そうとしたワケじゃないよ!」

「言ったろ。お前は信用にあたいしないと」

「し、信じてよぉ! 信じてもらえないつらさは、公治くんも良く知ってるでしょ!? ねっ!?」

「そうか。お前も俺のことを殺してやりたいと思うほどつらいか。復讐は復讐を生むんだったか? お前も隙有らば俺に復讐したいと思ってるわけだ」

「あっ、あっ、ご、ごめ、いや、あの、ちが、うちは、その、殺し合う気とかは、全然……」


 ダメだ。無理ゲーだ。何を言っても自分に返って来る。

 そりゃ分かってるよ。うちらのしたこと、どう考えてもダメなことだもん。

 そーいうノリだったからやっただけで、冷静に考えちゃったらそりゃアウトだよ。

 コレだから正論ばっかでノリの悪い人は嫌いなんだよぉ……


「あ、あの…… どっ、どうしたら、信じてくれるのかな……?」

「俺に分かるわけないだろ。教えてくれよ。どうやったらアレだけのことをした人間が信用を取り戻せるのか」


 日奈を見つめながら、慣れた様子で話す公治。

 おそらく、何度も同じ話をしているのだろう。

 蓮也と、龍一と、凛子と、貴志と。


 そして、多分、誰も公治の望む答えを出すことは出来なかった。

 だから、誰も帰って来ないのだ。

 日奈の奥歯がカチカチと鳴る。声が途切れる。



「やっぱり時間の無駄か」


 公治が一歩近づいてきた。

 白いツナギのようなものを着ている…… これから服がよごれる作業をします、と言わんばかりの。

 

「いやあああああああああっ!!」


 日奈はせきが切れたように絶叫した。


「お願い、待って! ねぇ、待って! もうちょっと、ちょっとだけでいいから!」

「お前らみたいな悪質な人間とりずに話をしようとした俺が馬鹿なんだろう」

「ままままま待って! 思いついたから! 今思いついたから! ホントに! ねぇ聞いて!」

「はぁ…… 聞いてやろう」


 公治が腰のツールベルトに手を入れたままうながしてきた。

 あそこから何が出てくるのか、想像もしたくない。


「あ、あの…… 来週、妹の誕生日で」

「そうか、それなら、その子が悪い影響を受けないように、お前を今ここで……」

「待って! 待って! ホントに! 今の無し! 今の無しで!」


 公治はツールベルトから、やたら安っぽいナイフと妙にゴツいライターを取り出し、ナイフをライターで炙り始めた。

 刃物と、炎。本能的に逃げ出そうとしたが、手も足もビクともしない。


 拘束される恐怖、その真髄を、日奈は味わった。




 ごめんね、星良せーらちゃん。プレゼント、渡せないかも。


 涙が溢れてくる。


 その場のノリと勢いでバカなことやらかしちゃうって、ほろ苦くて甘酸っぱい青春の1ページじゃないの?

 十年くらい後に、同窓会とかで後悔したかった。

 こんなすぐに、こんな形で、こんなに後悔することになるなら…… やるんじゃなかった。


「あ。あの…… もう一回、もう一回だけ…… 泣きの一回、いいですか」


 公治は無視してナイフをライターで炙っている。

 何のためにそんなことをしているのか。日奈は考えないようにした。


「……し、信用してもらうのは、もう、ムリです」


 公治は無視してナイフをライターで炙っている。

 炎が鉄を舐めていく様子が、涙で煌いて見える。


「ムリでは、あるん、ですけど、その…… 信じてもらえなくても、信じてもらえるっぽいことなら…… できるんじゃないかと、その」

「……言ってみろ」


 返事が有った!?


 日奈は思わず身を乗り出す。手足の枷が食い込んで痛みが走ったが、どうでもいい。


「う、うちのこと、信じれないなら、もう、弱みを握って、脅してください…… そ、そういう形なら、うちみたいな悪い子でも、言うこと聞くって、思ってもらえるんじゃ…… ない、でしょうか」

「……ふむ」


 公治が顔を上げて、日奈の方を見てくれた。

 ぶわっと新しい涙が溢れた。


 そうだ。決して公治は話の分からない人間じゃなかった。誘いを断る時はいつも申し訳なさそうだった。話しかけて邪険に扱われたことなんて、今日この日まで一度も無かった。

 一緒に遊びに行くことはなくても、体育祭や文化祭、野外実習ではその埋め合わせだと言いたげに、面倒な仕事ばかりを進んで引き受け、誰よりも丁寧に仕上げてくれたじゃないか。


 涙でよく見えない公治の人影に向かって、日奈はたった一つ残った最後の希望にすがるように叫んだ。


「う、うちの、恥ずかしい写真とか、撮っていいよ! 他には、ほら、あれ、爆弾のついた首輪とか! 映画なんかであるじゃん!」


 裸でも首輪でも、好きにしてくれればいい。

 死んだ人間より、悪い人間より、健気けなげに生きてる犬の方がずっといい。


「ね? そしたらうち、逆らえないでしょ? 言いなりになるしかないでしょ? そしたら、うちのこと信じれなくても、信じてるのと同じようなもんでしょ? ね? いい考えでしょ? ね?」


 公治がライターの火を消した。


 薄暗い部屋に沈黙が降りた。日奈の浅く荒い息だけが響く。




 祈るような気持ちで、日奈は公治を見つめる。


 公治はナイフを冷えた空気に晒すようにゆっくりと振りながら、言った。






「お前って、ら抜き言葉で話すんだな」

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