3:学校一のイケメン・池口蓮也

「復讐だぁ?」


気色ばむ池口。


「逆恨みもいい加減にしろよ、住田! 元はと言えば、お前が美花の……」

「証拠があるのか?」


 池口の台詞など聞き飽きたと言わんばかりに、公治が口を挟む。


「証拠だぁ? 小学生みたいなこと言いやがって。美花が嘘ついてるとでも……」

「やっぱり話にならんな」


 公治は腰のツールベルトに手をやると、釘を取り出す。

 尖った先端が、池口の固定された手のひらに触れた。


「ちょっ…… おい?」


 公治が玄翁をコツン、と釘頭に合わせる。


「おいおいおいおい! 待て! 待て待て待て待て!」


 池口は全身をバタつかせながら叫んだ。

 手首はガッチリと枷に固定されていて、ビクともしない。

 指だけを滅茶苦茶に動かして、なんとか釘を払いのけようとしたが、何の意味もなかった。


「……もう一度聞いてやる。証拠があるのか?」


 億劫おっくうそうに言う公治。


「……な、ないのか? 美花が言うから、俺はあるもんだと……」

「つまり、証拠もなしに俺を犯罪者扱いしたんだな」


 ぐっ、と釘に圧力がかかる。


「疑うのは仕方ない。だが、犯罪者だと決めつけられる筋合いはない。ましてや私刑リンチまで……」

「待てっ! 待てって! わ、悪かった、俺が悪かった!」

「俺もお前を、証拠も無しに、三人以上殺した殺人犯扱いして、私刑に処していいんだな?」

「いっ、いいわけないだろ!? 悪かったよ! 俺が間違ってた! 間違ってたって認めるから! だから、お前も間違ったことすんのは止めてくれぇぇッ!!」

「人に理不尽を強いておいて、自分は正しい扱いを受けられると思ってるのか?」

「だ、だから、済まんって! 理不尽な額の慰謝料とかなら払うからよぉ! 危ねぇ方向の間違いはやめようぜ! お前の得にもならねぇだろ!? なっ!?」


 必死に謝ると、釘の先がもたらす尖った感触が遠ざかった。

 池口はほっと息をつく。


「変に動かれると、自分の手を打ちそうだな」


 公治はそう呟いて、また腰のツールベルトに手をやると、今度はペンチを取り出した。

 そのペンチで釘を挟み直すと、もう一度池口の手のひらに立てる。

 刺すような痛み。池口は悲鳴を上げた。


「わわわ悪かった! 悪かったって言ってんだろ! 償う! 償うから! 頼むから落ち着いてくれよ!」

「償う、か。どうケジメを付ける気だ?」


 公治の声は不気味なほど抑揚がない。

 ケジメ、という言葉の圧力に、池口の額から脂汗が流れた。


「……べっ、弁償するよ、全部」

「それだけか?」


「い、慰謝料も払う」

「……他に?」


「……に、二度とあんなことはしない。他の連中にも、お前に手を出さないように言う」

「……他に?」


「……し、下着なんて盗んでないんだよな? 疑いが晴れるように協力するから」

「……他に?」


「……お、女か? 女を紹介して欲しいのか? い、いいぜ」

「そんなことか?」


「ほ、他にどうしろって言うんだよ!? もういいだろ!? いい加減許してくれよ!!」


 チクチクと手のひらを刺され、池口は金切り声を上げる。

 お前のやってることだって私刑で犯罪だろ! と、叫びそうになるのを必死に堪えた。この状況で相手の神経を逆撫でするほど馬鹿じゃない。

 浅い息をしながら、公治の表情をうかがう。

 能面のような表情が、白いツナギと合わさってひどく不気味だった。


「お前が約束を守る保証は?」

「は、はぁ?」

「ここから出してやっても、お前が逃げたりしらばっくれたりせずにちゃんと償いをする保証は?」

「そっ…… そんなもん」


 あるわけがない。

 ここから出てしまえばこっちのもの。どういう手口を使ったか知らないが、油断さえしてなければこんなショボい男なんぞに不覚を取るものか。


「ちゃ、ちゃんと償うって……信じてくれよ」

「お前は俺を信用したか?」


 出口の無い詰問を淡々と繰り返される。

 猛烈なストレスで腹から冷えた胃液が込み上げてくる。


「俺はやってないって、何度も言ったよな? 信じようとしたか? お前」

「そ、それは…… だから……」

「お前は俺からの信用を完全に失くした。それだけのことをした自覚は、さすがにあるよな?」


 ヤバい。

 ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい。


 こんなヤバいことをするようなヤツだとは思わなかった。

 こんなヤバいことができるようなヤツだとは思ってもいなかった。


「すまん! 悪かった! 本当に反省してるんだ!」


 なんで、こんなことになったんだ?

 簡単で美味しい話だったはずだ。何の影響力も持たない、誰も味方しない、何もできないボッチ野郎を気分良くボコって、女の子たちに悪を成敗したヒーロー扱いされて、ついでに小遣いまで奪う……

 それがなんで?

 なんで俺は、拉致られて縛られて、く、く、クギなんか打たれそうになってるんだ?


「し、し、信じてくれって、な? もうお前を軽く見たりしねぇよ。またこんな目に合わされるって知ってて約束を破る奴はいねぇよ。分かるだろ? なっ!?」

「いや、お前をこんな目に合わせるのは今日が最後だ。危ない橋の通行料は高いんでな」

「……」


 考えを見透かされたような気分。腹がズキリと痛む。

 胆が冷える、というのはこういうことを言うのか。風邪も引いてないのに寒気がして仕方がない。


「し、信じてくれ、ほんとうに、反省してる……」

「信じさせてみろ」

「どっ、どうしたら信じてくれる!?」

「俺が知るか。あれだけのことをする人間をどうやったら信じられるんだ? お前が教えてくれ」


 ムチャクチャ言ってんじゃねぇ!

 何が信用だ! そんなもんに何の意味がある!


 そういや、そんな理由で俺をフった女がいたな。

 そこそこ可愛いクセに、冴えない男と付き合ってたから勿体ないと思って、わざわざ声をかけてやったのに。

 彼の方が信用できるからとか、誠実だからとか……


 気に障ったんで、もっと賢い女の子たちを使って、そいつらを陥れてやった。

 誠実で信用できるはずのその男は、あっという間に痴漢扱いされて部活を辞めさせられた。最後は二人して逃げるように転校していった。


 信用なんて、その程度のもんだろ。甘い汁を吸えるかどうかが人間関係の全てだろ。

 信用とか言い出す奴の方がおかしいんだ。あの女も、この男も!



 気が付けば、自己正当化のために成功体験を回想していた池口。


「……ちっ、話をするだけ無駄だったな」


 言葉を途切れさせた池口の前で、公治が玄翁を釘頭に合わせ、ゆっくりと振り上げていく。


「待て! 待ってくれ! 本気かよ!? 釘はヤバいだろ!? いくらなんでもこれはやりすぎだろ! なぁ!?」


 慌てて叫ぶ。声が裏返った。こんなに必死にわめいたことはない。


「お前らの暴行はやりすぎじゃなかったと? アレは正当で節度ある行為だったと言うつもりか?」

「いっ…… いや…… だからそれは…… 反省して……」

「信じられないな」

「とにかく一旦やめてくれよ! こんな状況で話ができるかよ! やめろぉぉ!!」


 こんだけ大声出してんだ。誰か気付いてくれ!

 こいつをめてくれ! 俺を助けてくれ!

 警察でも、家族でも、友達でもいい。早くこの部屋に駆け込んできて、こいつを取り押さえてくれ!


 池口の祈りも虚しく、周囲は異様なほど静かだ。


めろめろとそればっかりだな。反省してないのがバレバレなんだよ。本気で悪いと思ってるなら、気の済むようにしろ、くらいのことが言えないのか」


カーン!


「ぎあぁぁあぁぁああああああぁぁあああ!!!」


 鉄と鉄がぶつかる音が響いた。

 ゴッ、と骨に直接何かが当たる衝撃が体の芯を走り抜ける。

 焼けるような激痛。


「おまっ…… マジで…… ぐぎっ…… あぎぃぃっ!!」

「まだ貫通してないぞ」


カーン! カーン!


「ごっ……! おごっ……!!」


 破滅的な振動が手の骨から頭蓋に伝わって、ぐわんぐわんと頭が揺れた。


「あっ…… あっ…… あーっ……」


 あっ、そうか、これは夢だ。




 池口は呆気なく気を失った。

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