2:1日目・住田公治はいかにしてイジメられたか

 壊されたスマホを拾って、公治は立ち上がった。

 体中が痛む。だが、バイトに遅れるわけにはいかない。






 始まりは、住田美花すみだみかに下着泥棒だと訴えられたことだった。


 親の再婚で兄妹になった、同い年の義妹。

 挨拶の時から、あからさまに失望した目で公治を見ていた。服も髪も化粧も金がかかってそうな美花は、確かに美少女だった。

 ファッションよりも専門書や技能講習に金をつぎ込んでいた公治は、生まれつき目鼻立ちが整っていたわけでもなく、清潔感はあるがそれだけしかないような身なりで、モデルのような美少女のお眼鏡にはかなわなかったようだ。


 それならそれで、礼を失することなく過剰に干渉することなく、それなりに上手くつきあってきた……と思っていた公治だったが、そうではなかったらしい。


 ある日家に帰れば美花が、失くした下着が義兄のベッドの下から出てきた、と大騒ぎしていた。

 当然身に覚えはない。公治のベッドの下はバイト先から貰ってきた古い雑誌や新聞が詰まったままで、埃が動いた形跡もなかった。何をどう探したのかと不信に思って逆に尋ねた公治だったが、美花も義父も聞く耳持たずに罵詈雑言を捲し立てた。

 母は、何かの間違いだろう、と一応かばってくれはしたが、義理の家族の信用を得られていない息子に良い顔はしなかった。


 結局、家族会議の結論はとにかく距離を置いた方がいいと言うことになり、公治は最低限の仕送りで安アパートへ追いやられた。

 それならそれで、家族に気を使うことなく勉強や体力作りに打ち込もうかと考えていた公治だったが……嫌な事件は何も終わっておらず、むしろそれが始まりに過ぎなかった。


 美花の友人の伊沢凛子いざわりんこ皆月日奈みなづきひなは、公治が下着泥棒であると学校中に触れ回った。


 テニス部の美人部長として有名な凛子は、アンタがダサいから美花が恥をかいているだの、アンタがキモいから美花の家に遊びにいけないだのと、ことあるごとに公治に文句をつけていた。


 日奈はこれまたクラスの美人委員長として名高く、行事の仕切りからクラス会の幹事までなんでも社交的にこなす彼女は、バイトや家事で満足にイベントに参加できないことを謝る公治に冷たい目を向けては、付き合いが悪い、コミュ力がない、陰キャ、引きこもり予備軍、ニート候補生と憎まれ口を叩いていた。


 悪いことをしてるわけでもないのにわざわざ絡むのはやめてくれ、と、辟易しながら流していた公治だったが、まさか積極的に犯罪者呼ばわりされるほど嫌われていたとは……


 何度もやってないと言ったが、誰も聞かなかった。

 人付き合いの基盤がバイト先に移りがちだった公治に、学園のアイドル的存在である美少女たちに不評を買う覚悟で弁護してくれるほどの友人はいなかった。


 あっという間に孤立した。

 ただでさえ、学園屈指の美少女である美花と一つ屋根の下にいた公治を妬む男は多かった。

 もはやイジメ……いや、弱者を狙った犯罪行為が始まるのは時間の問題だった。


 学校一のイケメンと名高い、サッカー部のエースである池口蓮也は、お前のような性犯罪者が学校に来ると女生徒たちが安心して過ごせない、帰れ、消えろと声高に罵った。取り巻きの女生徒たちがサイテー、死ねばいいのにと追従した。


 大病院の御曹司で生徒会役員、自他ともに認める優等生である金堂貴志こんどうたかしは、さっさと自首しろ、少年院に入れ、と執拗にせっついてきた。

 彼は前々から公治がいるせいで試験で一番が取れないことにひどく苛立っていた。


 ゾクから足を洗ったバイク乗りを自称する鬼塚龍一おにづかりゅういちは、美花は俺が守ると下心丸出しの発言をしつつ、言い訳するなら性根を叩きなおしてやると拳ダコを見せびらかしながら公治に凄んで来た。


 教科書に落書きされるまで時間はかからなかった。


 教師に相談してみた。

 まずは自分に問題がないかよく考えろと説教された。


 警察に教科書を持ち込んでみた。

 被害届は受理してくれたが、それだけだった。


 公治は私物を机や下駄箱に置きっぱなしにせず、常に持ち歩くようになった。

いつでもスマホの録画録音ボタンを押せるように準備した。


 公治の警戒も虚しく、暴行はホームルームが終わって教師が立ち去ったばかりの放課後の教室で堂々と行われた。

 クラスメイトの誰も止めはしなかった。皆、教室に出たゴキブリでも見るような目を公治に向けていた。


 池口の拳が背中に、鬼塚の拳が腹にめり込んだ。


 金堂はスマホを奪い取り、床に叩きつけて踏みにじった。スマホが壊れた途端、それまで無言だった襲撃者達は一斉に哄笑を上げた。


 日奈は公治の鞄の中にコーヒーやジュースの飲み残しをぶちまけ、高価な専門書まで残らずグチャグチャにした。


 凛子は、変態、恥知らず、人間のクズと、止まることなく罵声を浴びせながら、池口と鬼塚に取り抑えられた公治を踏みつけにした。


 罰金だ、慰謝料だ、と財布が奪われる。


 美花はそんな連中の背中に隠れながら、俯いていた。

 クラスの皆には見えなかったが、床に這いつくばって踏み躙られている公治からは、美花が気持ちよさそうに笑っているのがよく見えた。






 おぞましい嵐が去って、血のような夕日が差し込む教室で一人立ちあがった公治は、能面のような表情をしていた。

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