6、

「なんの仮装だ」

「そ、そっちこそ」

 十二月三十一日早朝。晴天。五時に駅前に集まった二人の頭にはあの日テーマパークで買った被り物がついていた。

「いや、だって温かいから」

「重いだろ」

「そ、そっちこそ。温かくもないし、それになんでそんなものを。それより、なんで制服!」

 今日の舞香は制服じゃない。黒色のデニムにもこもことした茶色のタートルネックの上に真っ白なロングコートを着ている。身長は低いのに、上下に対照的な服を着ていることもあって、とても似合っている。

 一方宏太は制服の上にコートを着ているだけの、完全に舞香に合わせての服装だった。流石に屋外で学校のジャージを着る訳にもいかず、何より寒い。

「お前こそ、そんな可愛い服持っているなら、テーマパークの時も着てこいよ」

 舞香は顔を真っ赤に染める。

「か、かわ。だ、だって。あの時はその、カーヤちゃんが制服を着てくるとあって」

 本当は今日のために、買い揃えたのだ。勇気を絞ってアパレルショップに行き、恥を忍んで「小さな私でも似合う服ありますか?」と店員に尋ねたのだ。

 店員が目の色を変えたのにびくついて、それから体力ゼロになるまで、彼女の着せ替え人形になった甲斐あって、自分でも満足の行く出来だった。でも、流石に髪まではできなかったので、慌てて、探して目に入ったのが、あの時買った被り物だった。

「お前ら、本当にバカだな。ほら、行くぞ。陽が登ってしまう」

 自分から突っ込んでおいて、自分で打ち切るという理不尽に、舞香は納得いかないながらも、自転車を漕ぎ出した宏太の後についていく。


 あの時と違って、二人は横並びになって、登った。

 普段運動してはいない二人だが、体力がない訳ではないので、工程はとてもスムーズだ。雑談をする余裕もあった。そしてその全てがカーヤと前登った時のことだった。

 あの木のところで座り込んだものだから、朝露でお尻が濡れて「冷たい」と叫んだこと。

 そこの木陰から物音がして、思わずカーヤに飛びついた舞香だったが、受け止める体力はなく、そのまま多重事故になったこと。

 懐中電灯の灯りが突如切れて、一気に灯りが暗くなってパニックになったが、星灯りが思ったより明るくて普通に登れて、後からスマホの懐中電灯に気がついたこと。

 終始話題をつきなくて、二人の顔から笑みが消えることはなかった。

 あの時は二時間以上かかった山道だったが、舞香も体力がついたのか、登り始めて一時間半ぐらいで頂上が見えてきた。

「なぁ、一つ聞いていいか?」

 今までとは違う宏太の口調に舞香は思わず彼を見つめる。

「な、なに?」

「よく承諾したな。あの時。カーヤの同行を」

 何を言っているのか分からず首を傾げる舞香に補足する。

「事情がどうであれ、カーヤは言った。お前とお婆ちゃんとの約束を手伝うのは自己都合だと」

 自分の感情に答えを出すために手伝っていると。

「い、嫌じゃなかったの。むしろ安心した」

「安心?」

「うん、うさぎの話したよね?」

「ああ、かけがえのないのがどうのこうとか」

 随分雑な覚えられ方に、若干の怒りを覚えつつも。

「あれで私にも大義名分ができた。これが終わったら、離れられる理由が」

 なるほど。

 舞香は当初、あの山を降りたら、カーヤと離れるつもりだったのだ。

「で、でも前にも言ったけど。無理だよ、あんな綺麗な泣き顔見せられたら、そして突然のロボット発言だよ」

 微笑む舞香と苦笑いを浮かべる宏太。

「確かに。あいつ本当にロボットだって、思えるぐらいに上手だったな」

 同じ口なので、当然否定はできないし。

「すげぇ納得した。ところで登り始めてすぐに脱いだな」

 何故、持ってきたのか。二人とも登り始めてすぐに帽子を脱いだ。今は邪魔でしかない。

 本当脱ぎたくなかったのだが。

「だ、だってすぐに熱かったんだもん。持ってと言わなかっただけ、褒めて欲しい」

「はいはい偉い。偉い」

「凄く、おざなり!」

 そういう舞香の顔は微笑んでいた。

「ど、どうする。カーヤちゃん。この被り物被って、次の学校に登校していたら」

「俺らのせいじゃないのに、すごい罪悪感だな。それ」

「だね」

「どういう時に被るのか、説明しておくべきだったか」

「どういう風に説明するの?」

「山に登る時」

 思わず舞香は吹き出した。

「酷い友達」

「同罪だ。酷い友達」

 そんな軽口を叩いていると、頂上に着いた。

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