3、
二十五日未明から降り始めた雪は彼らの町にとっては数十年に一度、あるかないかの大雪となった。次の日のニュースは交通網がマヒしたことを伝えていた。
だが、冬休みに入った学生の宏太にとってそんなの関係のない話で、一日中悶え苦しみ、そして二十七日の朝。ようやくほとんどの雪が溶けて、街が本来の日常に取り戻しつつあっても、彼は正常に戻らなかった。
「く、クソォぉぉお」
何度もベッドの上をゴロゴロ転がった。
「いい加減、店を手伝いな!」
そう叫ぶ、母親の怒りも完全に無視して。
それだけ、二十五日のことは彼にとって、思い出すだけでも熱が一気に込み上げてくるものだった。
学校で、公共の場で意味のわからないことを叫び、大泣きして、そして後ろからとはいえ、不可抗力とはいえ、女子を後ろから思いっきり抱きしめた。こんなの黒歴史中の黒歴史。死んでも墓場まで持っていきたいレベルだ。
そして何より怖いのが、あの後から舞香から連絡がないことだ。
家まで送り届けるまで終始無言で、最後に一言「ありがとう」とだけ言われた。涙で真っ赤な目をして微笑んだのだ。普段、毒を吐く女が殊勝な態度をとっていたら、絶対しっぺ返しが来るというのが、宏太の経験上実にあり得る話だ。
そしてもしかしたら、連絡をよこさないというのは、実は既に始まっているあいつからの精神攻撃かもしれないとも思えてきた。
そんな高度なことが出来るのかと思いつつ、絹延舞香という女の子は人に突き刺す言葉を放つ技術にはとても長けている。故に自然に、当たり前のこととして、この攻撃を行なっている可能性もある。
「恐るべしだな」
などと、こんなことを考えて、納得している時点で、彼の精神状態が異常なのはお察しの通りなのだが、残念ながら、それにツッコミ指摘してくれる相手は彼の目の前にいない。
「これはやはり、こちらから素直に謝るべきなのではないか」
と呟きつつ、画面を見ていたら、スマホが大きく揺れた。相手は舞香だった。
緊張した。
一体、何を緊張しているんだ。と思いつつも頬を何度か叩いて、スマホの画面をスライドして電話に出る。
「もしもし」
『あ、あの。私、室井君のクラスメイトの絹延舞香と申します。あの、室井宏太君ご在宅でしょうか?』
一気に緊張がほぐれた。まるで何度も練習したかのような定型分だ。
「落ち着け、これは俺のスマホだ」
『え、あ、そっか。ごめん』
「別にいい。それよりどうしたんだ?」
しばらくの間があった。よっぽど話しづらいことなのかと思い、急かすことなく、次の言葉を待った。
『た、橘さんのお母さんに呼び出された』
しばらく何を言っているのかわからなかったが、すぐに理解した。
そりゃそうだ。
あの橘柚月が母親に先日のこと報告しないわけがない。
そして理由がどうであれ、娘の胸倉を掴んで、暴力を振るおうとしたのだ。クレームの一つもつけたくなるというものが親心だろう。
「俺も一緒に頭を下げるよ。お前の親御さんに同伴の許可を得といてくれないか?」
そういうのは保護者同伴だろうと思っての言葉だったが。
『いや、違っていて』
「うん、何が?」
『一緒に呼び出されたの、親じゃなくて、その宏太君なの』
今度こそ本当に意味がわからず。
「は?」
とだけしか答えることができなかった。
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