11、
『風邪をひいて、二、三日休みます。心配しないでください』
カーヤが宏太と舞香にそんなメールが送ってから、数日が経った。テーマーパークに行ったあの日から、二人はカーヤに会うことなく、二学期の終業式の日を迎えた。
寒いと思っているのに。手が悴んで上手く手が動かないのに、今日も今日とて朝イチに学校に来て、宏太は絵を描いている。
描き始めてからしばらくして扉が開いて、思わずそちらを見たが、すぐに視線を絵に戻す。
「おはよう。早いな」
「う、うん。そっちこそ」
「俺はいつも通りだ」
「‥‥‥待っているの?」
宏太は何も答えない。舞香は後ろ手で教室の扉を閉めて、自分の席に着席する。いつもと違う。覗き込むようにじゃなくて、宏太に背を向けながら。
「昨日、研究所に行った」
その一言で、自分と同じことを舞香が危惧していたことを理解した。
「そうか」
「な、なくなっていた」
厳密に言えば、そこにはちゃんと家があった。でも中はもぬけの殻で完全に空き家で、畦野の姿も当然カーヤの姿もなかった。
「忍び込んだのかよ、お前」
舞香の背中が小さく震えた。
「ま、窓の外から覗いただけ」
敷地内に入った時点でアウトだろうと思ったが、多分自分も同じことをしたので、批判の言葉は告げない。
「やっぱり、私たち覚悟決めないといけないのかな?」
「‥‥‥‥」
宏太は答えない。でも、それが十分に答えだった。
舞香の体は震え、啜り泣く声が耳に届く。
彼は不敵に笑う。
「はぁ、どうした笑っているのか?今にも教室の扉を開けて『おはようございます。宏太君』って、言ってくれるのを期待している愚か者を」
ガバッと勢いよく、彼女は振り返る。
「そ、そんなわけないじゃない!」
どうせならいつものように、毒の一つでも吐いてくれると楽だったのにと思っていると、教室の扉が開いた。徐に二人はそちらを見て、言葉を失った。
そこには橘柚月が立っていた。
だが、髪は金色に染めてウェーブをかけて、制服も明らかに着崩して、耳にイヤリングをつけて、曝け出した胸元にはハートのペンダントをつけている。
「え〜と、ここかな?え〜と、あんた達。私の教室ってここであってる?」
言葉を失う二人だったが、すぐに宏太が口を開いた。
「ああ、そうだ。席は窓際の後ろの席だ」
「サンキュー!てか、あんた室井。へぇ、何も変わってないじゃない」
「‥‥‥お前もな」
そう言った宏太に柚月は侮蔑の視線を向ける。
「はぁ、あんたにお前呼ばわりとか、うざいんですけど」
そう言ってそっぽをむいて、柚月は面倒くさそうに席について、スマホをいじり始めた。
二人の一縷の望みが砕けた瞬間だった。
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