7、
宏太が向かった先はパークの中央に位置するラグーンのほとりのベンチ。ホットコーヒーを傍に置き、タブレット片手にそこの絵を描き始めた。少し寒いが我慢できない程ではなかった。
遠くからジエットコースターの音がして、常にクリスマスソングが流れている。
「不思議な空間だよな」
辺りを見回してそう思った。
クルーの人たちは皆、笑顔。だけど肩っ苦しくなく、ゲストとフレンドその中間点ぐらいの距離感で接してくる。どれだけハイスペックなんだと思うぐらいに。
「絵が上手ですね」
とにこやかにクルーの人や見ず知らずのお客さんにも話しかけられた。
長時間待つというのに、イラついている人もいないし、みな楽しそうにしている。
「ある意味正解だったのかもな」
コーヒーを啜る宏太。
この非日常空間で、カーヤという非日常をくれた女の子と思い出を作ることには。
なにせ全てが全てをうまいこと消化して、思い出にかえるのが容易な気がしたからだ。
「‥‥‥‥」
もうすぐカーヤは消える。
いや、正確にいえば中学時代に知った橘柚月が戻ってくる。
彼女とは全く違う性格をした女の子が同じ姿で再び自分の元に戻ってくる。そしてそうなったら、二度と自分が橘柚月と関わり合いになることはないと思った。
同じ姿で同じ瞳で、全く違う感情を自分に向けてくる。
その時、自分がどういうふうになるのか、宏太には全く想像できなくて、それがちょっと怖くて、カップを持つ手が震えた。
「何考えてんだ」
らしくもないことを考えている時だった。スマホが震えた。舞香だった。終わったのかと思ったら、
『助けて』
その一言に宏太は駆け出した。
二人が乗ったアトラクションの出口付近。そこに二人はいて、周囲に男が二人立っていた。
「なるほどな」
状況はすでに理解できた。
確かに橘柚月は綺麗で、舞香も喋らなければ見てくれは悪くない。こういうことも起きるよな。
面倒そうにその人たちに話しかける。
「すいません。その子達僕の連れなんですけど」
「き、絹延君」
今にも泣きそうな舞香と一体目の前で何が起きているのか、わからないと呆然としているカーヤ。
「なんだよ。お前」
男の一人が、宏太に噛み付いてくる。いや、今しがた言ったんだが。
「ですから、二人は僕の友達なんですよ。そして今日は三人で遊んでいるので、ナンパなら他を当たってください」
「ああ、じゃあ、お前どっかいけよ。俺たちがこの子達と遊んどいてあげるから」
どうしてそうなるのか。
宏太は少し考える。
クルーを呼ぼうか。でも、こんなことで大ごとにするのはな。なら。
「カーヤ」
「はい?」
未だに何が起きているのかわからないという様子のカーヤに宏太は話しかける。
「このお兄さんたちはお前と遊びたいらしい」
「‥‥‥ああ、そういうことですか」
「だが、このお兄さんたちと遊ぶなら、俺はついていけない。どうする?どっちと遊ぶ?」
宏太の問いにカーヤは即答した。
「申し訳ありません。今日は彼と遊びたいので、またの機会に」
頭を下げたカーヤ。流石に女の子からキッパリ拒絶された。しかたも頭を下げられる行為は下手に反抗されるよりもよっぽどきつかったらしく、男たちはそそくさと退散していった。
宏太は頬を掻きながら。
「まぁ、そのすまなかった。こういうことを全く想定してなくて」
「そ、それは私に全く魅力がないと」
「なんだ、絹延。ナンパされたかったのか?」
「ち、違う」
「そもそもお前がいつものように毒舌を吐いていたら、あっさり退散していただろ」
「助けてもらったのに、素直にお礼をいえないこの感情はどうしたら?」
何故か変な方向で頭を抱え、苦悩する舞香を置き去りにして、カーヤに向き合う。
「何かわかりませんが、ありがとうございます。
それと今日は何があっても最後まで宏太君と遊びますので」
「‥‥‥ああ」
微笑む彼女を見て、やっぱり考えるのはやめようと思った。
未来の彼女との接し方を考えて、今を置き去りにするなんて、それこそ愚の骨頂だ。
「さて、次はどこにいくんだ。ほら、いくぞ。絹延」
「うう」
まだ何か納得してないような表情を浮かべているが、無視して、駆け足で次のアトラクションに向かうカーヤに注意しようとしたが、時既に遅し、盛大に転んだ後だった。
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