5、

遊園地に来た人、皆が経験したことがあると思うのだが、とにかく皆で出かけるには遊園地というものはとてもハードルが高い場所だ。

 その一つがちゃんと計画を立てないと入場料だけとられて、全く楽しめないということだ。

 最初にカーヤが選んだのはもちろんジェットコースターだった。しかもただのジェットコースターではなく、肩と足を固定され、仰向けになって乗るもの。本当に飛んでいるような感覚で、人気アトラクションの一つ。入場口から様々な誘惑に目もくれず、一直線に来たのにすでに一時間待ちだった。

 でも、テーマパークではこれでも短いらしく、休日となると三時間とか五時間とかザラにあるらしい。そんなのじゃ、一つや二つ乗ったところで、一日終わるのではないか。

 だから、一時間でまだ済んで良い方らしい。

 そしてもう一つが、待ち時間だ。

 テーマパークに来たらほとんどの時間が移動と待ち時間で潰される。その時間をどれだけ有意義に過ごすかによって変わってくる。

 そして口下手達にとって、それはとてもハードルが高いことだった。

 だが、それは結構あっさりと解決した。

 カーヤのテンションが下がることがなかったからだ。

「どういう感じなのでしょうか」

「ワクワクします」

「お、音を肌で感じるという感覚が初めてわかりました」

 頭上のレールをコースターが通る度にする音。吹き抜ける風。期待や不安を抱えながら順番を待つ雰囲気。時折流れるアナウンス。

 ロボットだった時のカーナにとっては全てが初めての感覚で、彼女のテンションがたかだが数時間で冷めるようなことは決してなかった。

 そんなカーヤのテンションに当てられたからか、それともそれが本来の彼女の姿なのかはわからないが、舞香も小学生の如くはしゃいでいる。

 どうやら二人で何度も話し合ったらしく、今も二人で見ているテーマパークのガイドブックをあらゆるところに付箋が貼ってあって、彼ら三人が普段使っているどの教科書よりもボロボロだろう。

 それでも話題は尽きないらしく、今もこれからの予定を話し合っている。そんな様子を宏太は微笑ましく思いながら、タブレット片手に絵を描いている。

 そしてあっという間に持ち物検査。メガネやイヤリングといった装飾品がついてないか。ポケットにスマホや財布が入ってないか。靴紐がちゃんと結ばれているかどうかの確認。

「はい、体ブラブラさせてください」

 クルーにそう言われて、何も落ちてこないかを確認する動作すらも、二人は楽しそうにしている。まるで姉妹だ。

 鉄の階段を登る感触も、目の前にコースターが到着する音も、安全バーに締め付けられる感覚も、まるで物干し竿にぶら下がった洗濯物のように宙に浮く感覚も、どれもがロボットだったカーヤにとって新鮮の感覚だ。

 感触がなければコースターがレールを走る度に軋む感覚は味わえないし、風を切って進む感覚もない。

 そして何よりハラハラやドキドキといった感情がなければ、こんなもの乗っていても何も面白くないだろう。

「こ、宏太君」

 コースターは三人で一列。宏太が真ん中で右にカーヤ。左に舞香という順番になっている。

「ん、なんだ?」

「なんですかこの感覚は。早く発車して欲しいのに、一生発車しないでと相反する感覚が共存しているこの状態は」

 随分難しいことを言っているが。

「それが興奮だよ」

「こ、興奮。私、発情しているんですか?」

 思わず吹き出す宏太。

「人間が興奮するのは、何も性欲だけじゃない!楽しいことや嬉しいことがあったり、期待したり、望んだりする時も起こる」

「な、なるほど。深いですね」

 その瞬間、コースターがアラームと共に発射する。

「いってらっしゃい!」

 クルーにそう言われて、返事をしそこねたことを悔やんでいるカーヤに、終わった後に感想を伝えればいいと教えてあげたら、にこりと微笑んだ。

 コースターはゆっくりと登っていく。先を見たらかなり上まで登っていく。

「こ、宏太君。これだけ登って、それから」

「一気に落ちる」

「ま、マジですか!」

 いや、当たり前だろ。ジェットコースターってそういうものだろう。

「とにかく、お前はもう喋るな。舌を噛む」

「い、イエッサ!」

 初めて感じる感覚に完全にパニックになっているカーヤをとりあえず黙らせて、先ほどから全く喋らない舞香の方を向くと、彼女は顔を引き攣らせて、力一杯安全バーを握りしめている。

「お前、まさか」

 しかし当然時は遅く、コースターは一気に落下していった。

 右へ左へ時には横滑りして、向きを変えて、先ほどまで地面を見ていたはずなのに、急に空に向く形になり、コースの途中のトンネルはスレスレのところを通るので、ぶつかりそうな感覚がまた恐怖心を煽り、要はとてもスリリングだ!

「ヒャッホ!!!」

 カーナは前に乗っている人たちの真似をして両手を離し、叫びながら乗っている。三人の中で一番楽しんでいる。

 寒くて嫌だと思っていた宏太だったが、乗ってしまえばそんなことすっかり忘れて、むしろ終わった瞬間は興奮からか、とても熱かった。

「楽しかったです!」

 降りた後、クルーに楽しそうに話しかけるカーヤの姿を遠目に見ながら、未だに地面に降りてもどこかふわふわした感覚を感じながら、隣に立つ舞香に話しかける。

「大丈夫か?」

「え、う、うん。大丈夫」

 少し顔が青いように見えたが。

「さぁ、カーヤちゃん。次行くよ。時間は大切にしないと!」

「は〜い。宏太君行きましょう」

「ああ」

 そう言って駆け出す二人を見て、とりあえず大丈夫だろうと、後を追いかける。

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