3、

「じゃあ、どうして君はカーヤと仲良くなったんだ?」

 宏太の自室。壁にもたれかかるように部屋の隅でちょこんと体育座りをする舞香に宏太はそう尋ねた。

 羞恥心からようやく解放されたところで「ご飯よ!」と母親から呼び出されて、一階に降りると食卓に舞香が座っていた。

 驚愕する宏太に舞香は苦笑いを浮かべた。

「お、お邪魔してます」

 宏太と話がしたかったらしいのだが、カーヤがいて話せなくて、仕方ないので宏太の家に訪れたのだが、待っている間暇だったので、店の手伝いをかって出たらしい。裏口からそのまま入った宏太はそれに気づかなかった。

 そして宏太の両親から夕ご飯を勧められて、断り切れず何故か同級生の女の子と食卓を囲むことになった。

 正直気まずかった。いつもはおかわりをするのに、落ち着かないこともあってか、食欲が全く出なかった。

 このまま話すのは気まずかったが。

「なんだ、お前ら、倦怠期のカップルか」

 二人がどこかぎこちないことに気づいて、宏太の父は酔っ払った口調でそう言った。

「ち、ちげぇよ!」

「そ、そうです。それに室井君は」

 いつもなら殴り飛ばす勢いの父のデリカシーのない発言に、今回だけは救われた形になった。

「あいつのことで話があるんだろ。俺の部屋にこいよ」

 ほぼ同時に食事を終えた瞬間に、自然とそういえた。

 このタイミングで舞香が宏太の元に訪れる理由は一つしか考えられなかった。

 部屋にいってもしばらくは何も言わなかったが、やがて何を思ったのか、突然先程のうさぎの話を始めた。

 最初は何を言っているのか分からなかったが、なんとなく舞香が何を言いたいのか、理解して投げかけた言葉だった。

 宏太の質問に舞香は膝の上のスカートに顔を埋めながら、答える。

 こいつは人と話す時、顔を半分隠さないとダメなのかと心の中でツッコミを入れたのはまた別の話だ。

「できなかった」

「はぁ?」

「できなかった。無視することも、上辺だけで付き合うことも、カーヤちゃんは許してくれなかった」

 まぁ、当然だな。

 ロボットであるカーヤにとって、全てが未経験だ。友達を作ることも付き合うことも。だから全力でぶつかってくる。距離感なんてお構いなしに。

 人間なら偽善者だとか言えるのだが。感覚としては、初めて友達を作ろうと必死になっている小学生の女の子に『この偽善者』と誰が言えるのかという話だ。

 もちろんその頃はロボットだと知らなかったので、それを理由に拒否をすることも出来たのだが、手伝うだけ手伝わせて、きっぱり捨てるという方法は、朝日を見ながらキラキラ瞳を輝かせる姿を見てしまったら、言えるわけがなかった。

「中途半端に冷徹で中途半端に情に熱いということか」

 客観的に分析されたことが実に的を得ているので、反論も出来ない。苦虫を噛み締める舞香。

「わ、わかっているわよ。これは私が招いた不徳ふとくいたりってことぐらいは」

「不徳の到ってどういう意味だ?」

「‥‥‥中途半端にかっこつけて、中途半端にバカ」

「聞こえてるぞ」

「そ、それでどうしたら?」

 どういう流れで、そんな質問になるのか。

「そんなの俺が知るわけないだろ!」

「ひ、ひどい」

 率直な気持ちを述べたのだが、半べその舞香を見ては、気が引けたが、これ以外の言葉を宏太は持ち合わせていない

「こんなの自己満足の話だからな。別に無視を続けることで、お前が満足するなら、それで良いんじゃないのか?」

 わかってて言っているなら、かなり性格が悪いと、舞香は心の中で悪態をつく。

「そ、そっちこそどうするの」

「どうするとは?」

「カーヤちゃんに告白しないの?」

「‥‥‥‥はぁ?」

 どうしてそんな話になるのか、全く理解できなかった。

 一方、舞香の方も頬を赤く染めるリアクションを期待していたのに、全くの無反応に首を傾げる。

「す、好きなんじゃないの。カーヤちゃんのこと?」

「‥‥‥いや、別に」

 確かにカーヤのことは好意的に思っている。 

 でも、カーヤはあくまで橘柚月なのだ。いくら好意的な性格になったところで簡単に惚れるほど、中学時代の柚月と宏太は全く接点がなく、関わりたいとも思わなかった。

 もし、ロボットのカーヤの姿で現れたとしたら、恐らく舞香の望むようなリアクションを取っただろうことは、口が裂けても言うことはない。

「とにかく、絹延がこのままカーヤのことを避け続けて、それでいざ会えなくなった時、楽になるんだったら、避け続けるのも一つの方法としてはありだという話だ」

「ほ、本当にひどい」

 そんなことあるわけがない。あるわけがないから、どうしたらいいか、悩んでいるのだから。

「だったら、そのまま言ってしまえよ」

「え、誰に?何を?」

「カーヤにだよ。どうしたらいいのか。どうして欲しいのか」

「そ、そんなの困っちゃうんじゃ」

「困らせとけよ」

「え?」

「だって、あいつは勝手に俺らを友達にしたくせに、もうすぐ消えることも黙っていたんだぞ。困らせるぐらいの権利はお前にはあると思うぞ」

「でも、それは彼女がロボットだから。知らないから」

 秘密にされることも、黙ってどっかに行くことも、とても辛いということを。

「だったら、なおのことお前は話さないといけないんじゃないのか?」

「え?」

「その気持ちを彼女に教えて、そして一緒にどうすればいいか、考えろよ。

 大体そういうの面倒なんだよ。勝手に決めつけて、自分が招いたことなのに自分で不幸そうな顔を浮かべて、辛そうな表情をして、鬱陶しい」

「やっぱり、ひどいね」

 折角相談に乗っているのに。回りくどく言ったら絶対通じないと思い、口に出したくもない青臭い言葉を喋り続けているというのに。

「でも、ありがとう」

 そう言って舞香はクスリと微笑み、立ち上がった。

「ところで、どうしてぼっちの絹延君が、そんなにも友達付き合いについて詳しいのですか?」

「お前は、一言余計なことを言わないと気が済まない病気にもかかっているのか」

 でも、それでもニコニコ笑う舞香を見て「まぁ、いっか」と呟き立ち上がった。

「送る」

「あ、ありがとうございます」

 

 冬の夜はとても寒かった。駅まで少しの距離なので、コートを着てくる手間を惜しんだ宏太は早々に後悔した。

「さむっ」

「今度、カーヤちゃんと話してみようと思う」

 突然、なんの決意表明だと思いながら。

「そうか」

 宏太の顔は柔らかく微笑んだ。

「はい、そしてカーヤちゃんのお願いを叶えたい」

「まぁ、頑張れ」

「もちろん、手伝ってくれるよね?」

 ふっと前に出て、宏太と向き合いながらそう言った。

「まぁ、できる範囲でなら」

 その返事に舞香がにこりと微笑んだ。

 確かにこの時はそう思えたし、改札に駆け足で入っていく舞香の姿を見て、まぁ、できる限りのことをしようと思えた。のだが、こういう安直な判断は後に必ず後悔を生むということを失念していた。

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