3、

 家(研究所)の中は今し方、大きな地震でもありましたかと思えるほどに滅茶苦茶だった。

 コンピューターや見たことのない機器が部屋を圧迫して、狭いところでは人と人とがすれ違えないほどの狭さで、そこまでなら良いのだが、足の踏み場のないほどに床に物が散乱していた。

 ゴミや脱いだ服やくしゃくしゃに丸めた紙等。ゴミ屋敷という見た手はあながち間違いではなかったようだ。

「まぁ、適当なところに座れ」

 どこに座れというんだと、舞香達は呆れた表情で、パソコンの前の椅子に座る畦野を見る。

「あ、その襖を開けるなよ。向こうで寝ている」

 座る場所がないので、とりあえずもたれ掛かろうと思っていた襖から慌てて離れる。

 そうだ。この家にはカーヤがいるのだ。バレても問題ないとは思うが、それでも流石に尾行してここまで来たとはとても言いづらいことなので、鉢合わせになることは避けようと襖から距離を置こうとする二人だったが。

「心配するな。後、一時間はスリープモードだ」

「スリープモード?」

「ああ、だから後一時間は何が起きても気づかない」

 宏太は首を傾げる。

「でも、あの体。人間なんですよね?」

 カーヤの説明を全て信じるとしたら、精神はロボット。体は人間となる。だから畦野のスリープモードという説明は腑に落ちなかった。

「確かにあの体は人間のものだ。だが、その体の持ち主である橘柚月の意識はまだ覚醒していない。

 だから、カーヤとのリンクを切ってしまえば、肉体自身が動き出すことはない」

「なんか、ゾンビみたいな話ですね?」

 畦野は不敵な笑みを浮かべる。博士というより魔女だ。

「ああ、確かに感覚はそれに近いかもしれない。ただ、肉体の持ち主は死んでないから、体は朽ちることないから、そこの違いだな」

 なんか聞けば聞くほど、SFチックで俄かに信じがたい話で、うまく咀嚼できず、どこか宙ぶらりんの気持ちで立ち尽くす二人に。

「だったら覗いてみればいい」

 それを察したように、畦野はそう投げかけた。

「え、でも」

「見ないとわからない。理解できない。信じられない。納得出来ないという気持ちはよくわかる。

 変に頭の中でグルグルと悩ませるよりはマシだろう」

「じゃ、じゃあ」

 そう言って躊躇なく襖を開けようとする舞香の手を宏太は遮る。

「お前は、どうしていつもそんなにデリカシーがないんだよ」

「な、なにが?」

 言われのない否定に混乱する舞香。

「カーヤにとっては見られたくない姿かもしれないだろ」

「‥‥‥あ、そっか」

 なんでもかんでも正直に話すカーヤが、自分のことを説明したのに、この研究所に二人を呼ぶことはしなかった。

「呼ばなかったってことは、見られたくないってことじゃないのか?」

 まぁ、カーヤのことだから、うっかり忘れていた可能性も大きいが。

「そうだよね。カーヤちゃんにだって、見られたくないことあるよね」

 反省するように俯く舞香と宏太の耳に畦野の笑い声が聞こえた。

「あははは、お前ら面白いな」

「はぁ、何が?」

 どうして畦野が笑っているのはわからなかったが、少なくともバカにされていることだけはわかったので、宏太の声は刺々しい。

 徐に畦野は立ち上がり、そしてあろうことか襖を開け放った。

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