第五章 知らないことを、知ろうとすることはとても‥‥‥‥

1、

「う〜ん」

 勉強会から数日後。学期末テストまで後、三日と迫ったある日の教室。今日も一番乗りかと思って、職員室に鍵を取りに行ったら、既にそこに教室の鍵はなく、行ってみたら自席で一人、紙をじっと見ながら、唸っている舞香に宏太は声をかけた。

「随分早いじゃねぇか」

 自席に座りながら、そう声をかけたら、舞香がじっと視線で追ってきた。

「なんだよ?」

 目を丸くしてこちらを見てくる舞香に怪訝な表情を向ける。

「は、初めてで」

「何が?」

「そ、そっちから、話しかけてきたの」

「そうか?」

「う、うん。いつも私からか、カーヤちゃんを経由してからだから」

 言われてみればそうだなと思いながらも、どうでも良いと思っていつものようにタブレットを取り出す。

「これ」

 するとさっきの紙を舞香が差し出してきたので、徐に受け取る。

「なんだこれ?答案用紙か?」

「うん、この前の勉強会でやったテストの答案用紙。カーヤちゃんの」

「これがどうしたんだ?」

「変わってないの。勉強を教える前から」

 随分深刻そうに見つめていたから、何事かと思ったら。

「あいつ、不器用だからそんなにすぐ結果出ないだろう?」

「室井君は一気に成績上がった」

「‥‥‥‥」

「今、心の中でドヤったよね?」

「う、うるさい!」

 少し頬を染めながら、誤魔化すように咳払いする。

「それで、これがどうしたんだよ?」

「私、思うんだ。やって出来る人がやらないのが一番の悪だって」

「お前は俺のことを否定するために、この話をしているのか」

「カーヤちゃん、不器用すぎない?」

 カーヤとは違うベクトルで、話していて疲れる奴だと思いながらも、ここ最近の彼女のことを思い出す。

「‥‥‥別にあいつにとっては正常運転のことだろう?」

「でも、前に比べたら体が馴染んできたって言っていた。

 なのに、運動も勉強もあまり進歩がない。あんなに頑張っているのに」

 確かに。カーヤの話を聞く限り、人間をロボットが操っている今のようなことは前例が全くないらしく、最初はイメージと体の動作が全く合わなくて苦労したと聞いている。それでも、本人曰く大分慣れてきたと言っていた。

 でも、それでもミスが多い。 

 よく転ぶし、授業中も分からなくて頭を抱えていたし、ちゃんと勉強しているのに、先生に指名された問題が解けなくて。

「しっかり予習、復習するように」

 と怒られることも珍しくもない。

 未だに表情を曇らせる舞香を見て、ようやく彼女の言いたいことを理解する。

「つまり、あいつが勉強できないのも、よく転ぶのも、鈍臭い以外の何かしらの要因があると言いたいのか?」

「う、うん。もしかしたら病気なのかもしれないし」

「病気ねぇ〜」

 果たしてそれはロボットの方なのか、それとも橘柚月の体の方なのか。

「気にしすぎじゃないのか?」

「で、でも」

「仮にそうだとしてどうやって確かめるんだよ?」

 病院に行った方が良いよ?とでも言うのか。そんなの人間同士でも、異常発言なのに、相手はこの間まで寒いも、しんどいも知らなかったロボットだ。病気という概念自体わからないだろう。

 しばらく黙っていた舞香だったが、やがて口を開いた。

「ねぇ、確かカーヤちゃんって、研究所に毎日通っているって言ったよね?」

「ああ、なんかデータを取るとか言って」

 充電とデータのバックアップ。そのために必ず、宏太達と寄り道をしても、カーヤは夕暮れぐらいになったら、帰ってしまう。

 しかしその行き先を教えてもらったことはない。

「と、ところで室井君。今日の放課後暇」

 こいつはバカなのか。それとも俺のことをバカだと思っているのか。

「この流れで、暇だというわけないだろう」

「それじゃ、よろしくね」

「知っているか。嫌われる奴の三原則。うざい、話を聞かない、空気読めないだぞ」

 しかしそこでカーヤが登校してきたので、話は途切れた。

 なんでこんな面倒な奴と親友になろうと思ったのか、宏太は不思議でなかった。

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