3、

金曜日の放課後。テスト前の短縮授業ということもあって、お昼に学校が終わり、それぞれ自分の家で昼食を取って、午後からの集合だ。

 宏太の家が駅前の商店街の一角の花屋だったことを知って、カーヤは驚いた。以前に何度か足を運んだことがあったからだ。

 でも。

「な、なんか凄く嬉しそうだね」

「はい、とても楽しみです」

 まるで、初めていくみたいにカーヤはウキウキしている。

 そ、そんなに嬉しいの。室井君の家に行くの。

 そんなことを舞香が考えていることはつゆ知らず、カーヤは宏太の家が見えた瞬間駆け足になり、店先に並ぶ、色とりどりの花の前でしゃがみ込み、そして大きく息を吸う。

「良い匂いです。花とはこういう匂いをするのですね」

 目的を忘れたかのように、店に入って行くカーヤ。

「あ、ちょっと待って」

 店には入るなと宏太に言われたことなどすっかり忘れて、制止する舞香の声など聞かずに、すっかり花屋にきた一人の客になっていた。

「いらっしゃい。お嬢ちゃん!」

 四十代ぐらいのおっちゃんが快活な声で話しかけてきた。

店のエプロンをつけているので、どうやら店員のようだ。ブショ髭を生やした山賊顔の彼に「ヒィ」と怯えながら、舞香はカーヤの後ろに隠れる。

「‥‥‥宏太君のお父さんですか?」

 じっと彼を観察していたカーヤがそう言った。

「おぅ、なんだ。宏太の知り合いか?」

「初めまして、私、橘柚月と言います。 

 宏太さんのお友達で、彼には大変お世話になっております」

 頭を下げたカーヤに見習って、舞香も自分の紹介をして頭を下げた。

「と、友達!」

 それを聞いた宏太の父は絶叫した。店にいた全員が注目する。

「あんた、うるさいよ!」

「だって、お母さん。宏太の友達だってよ。しかも、女の子」

「友達!女の子!」

 今度はレジにいた母親らしき中年の女性が絶叫する。

 その様子をカーヤは呆然と見ていて、舞香はその後ろで怯えている。

「ヘェ〜あの子に友達が」

「え、コウちゃんのお友達。二人ともえらいべっぴんじゃないの」

「へぇ〜あのコウちゃんの」

 気づけばまるで見せもののように近所の人がやってきて、二人を取り囲み。気づけば店の中は花の数に負けず劣らずの人間でひしめきあっている。

「おい、なんの騒ぎ、って!なんで、お前らここにいるんだ!裏の扉をノックしろって言っただろ!」

 騒ぎを聞きつけて、店の裏から出てきた宏太は叫ぶ。

 こうなることをなんとなく予想していたので、二人には裏の扉から入るように強く念押ししていたのだ。

「だ、だって、カーヤちゃんが」

「お花って、こんなにも色々な種類があるのですね。しかも、皆んな良い匂いです」

「そうだろ。そうだろ。お嬢ちゃん見る目があるな」

 一方カーヤはすっかり宏太の両親と馴染んで、花談義をしている。宏太の声など聞こえてない。

「いいから、さっさと行くぞ」

 そう言って、カーヤの制服の襟元を掴んで、連行する宏太。

「おい、宏太。お前、女の子を部屋に連れ込む気か」

「まぁ、いつの間にそんな大胆な子に」

 後ろで何かを言っているが全て無視する。

「ほら、お前も行くぞ。絹延」

「う、うん」

「あ、宏太君。お邪魔してます」

 連行されて、初めて宏太の存在に気づくカーヤの言葉なんて、聞かないことにした。

 そう言って、三人は宏太の部屋に向かった。

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