2、

「これ、ありがとうございます。え〜と、絹延さん」

 次の日、洗濯をしたジャージが入った紙袋を持ち主に差し出す。名前はジャージに刺繍されていた。

 教室の自席に座っていた絹延は紙袋を受け取り、一つ頭を下げると、再び席について、読んでいた本に目を落とした。

 しかしカーヤは引き下がろうとせずに、じ〜っと、彼女を見つめる。

「‥‥‥‥‥‥」

 絹延はその視線から逃げるように必死に本に顔を埋める。

 しかし覗き込むようにするカーヤの視線は痛い程に突き刺さり、流石に無視はできず、

「あ、あの、なんでしょうか?」

 振り向いた彼女の前髪で隠れた青い瞳に、目の下の泣きぼくろを見て、ようやくカーヤは核心に至る。

「あ、やっぱりです!」

 そう叫んだ瞬間だった。カーヤは突然クラスの女子の一人に腕を掴まれた。

「こっち」

 連行される形で、絹延の側から引き剥がされた。

 廊下に出たところで、彼女はカーヤの手を離し、鋭い目つきをこちらに向ける。

「柚月。あいつと話しちゃダメ!」

 当然意味がわからなかった。

「どうして?」

「あの子は呪われているからよ」

 呪われている。呪い。

「呪いというのはなんら根拠もなく、なんの前触れもなく、謎の力によって生命の危機に陥る、あの呪いですか?」

「よくわからないけど、そうよ!」

 呪いという概念はなんとなくカーヤでも意味はわかった。

 でも、理解はできなかった。

 当然だ。呪いというのは最終的に命を落とすことに繋がるから怖く、恐ろしいのだ。そして生命体じゃなかったカーヤには理解できない概念だった。

 でも、今は橘柚月の体を預かっている。つまりことは慎重に運ばないといけないのだが。

「どうしたら呪われるのですか?」

 なら適切な対処方法を知ることがまず一番の方法だと思い、質問したのだが。

「そんなことわからないわよ!

 とにかくあの子に近づかない。良いわね!」

 一方的にそう言われて、彼女はカーヤの元から去っていった。

 当然カーヤは納得しない。

 そんな曖昧な理由で自分にジャージを貸してくれた絹延を無視するなんていう真似はできなかった。

 というわけで、情報収集に勤しんだのだが、聞いた全ての人が口を紡ぐが、

「そんなこと知らないわよ!とにかくあの子に近づいちゃダメだ!」

 同じことを言われた。

 しかしカーヤにはどうして知らないものに対して知ろうとしないのか、どうしてそんな皆、あんな良い人に怯えるのか、全くわからなかった。

 そんな感じで数日が経った。 

 わかったのは彼女の本名が、絹延舞華きぬのべまいかということと、誰も彼女に近づこうとしないことだった。

 彼女が消しゴムを落としても無視。プリントの回収の時も回収はしてくれるのだが、手に持っているプリントは受け取ってくれなくて、机の上のプリントは回収する。体育でペアを誰も組もうとしない。教師もそれを黙認している。

 完全に舞香はクラスの中の空気だった。

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