第二章 友達作り。
1、
橘柚月となって、早くも一ヶ月が経とうとしていた。
相変わらず人間の体に馴染めず、ミスを連発しては、人の役に立つはずのロボットが周りに迷惑をかけて、橘柚月の社会的地位を落とし続けている。
なんでも出来たはずの自分が何も出来なくてもどかしい日々が続いていた。
それでも周りの人が呆れたり、カーヤの元から去っていったりすることはなかった。
むしろ彼女の周りには人がいつも溢れていた。主に女子が。
困っていたら助けてくれるし、手を差し伸べてくれる。
お礼を言うカーヤに、
「いいの。いいの。お互い様だから」
「むしろ、積極的に迷惑をかけて」
「ポイント高いし」
などと、よくわからないことを言われて、頭がショートしかける。
日本語は難しい。今の自分の知能じゃ到底理解できないと思い、とりあえず、笑顔で流す。
まぁ、笑顔をする度に『その顔はやめた方が良いかも』と言われてしまうのだが。
よくわからないし、カーヤの知らないところで『残念美少女』という立ち位置を確立していたので、学校で孤立することはなかった。
それでも寝る前は必ず机に向かい勉強をして、歩行訓練も怠らなかったし、鏡の前で表情の作り方も練習した。
相変わらず疲れという概念に鈍くて、しかもどうやらこの体は朝に弱いらしく、柚月の母に起こされることもしょっちゅうだった。
ここでも迷惑をかけてしまっていることに謝罪をしたが、
「何言っているの。子は親に面倒かけるのが仕事よ」
「でも、私は橘柚月さんじゃ」
そう言っては頭をこつかれる。笑顔で。
「そういうところよ」
どうして人に迷惑をかけることが許されるのか未だにわからないが、以前よりも心苦しいという気持ちはマシになった気がした。
「しかしこの体。未だに不便です」
そう言って、赤くなった頬を啜る。
まさか自分が居眠りをして教師に怒られるとは。屈辱以外何物でもなかった。
「やっぱり人間は不便ですね」
「柚月。寒くないの?」
「なんですか?」
今は体育。十月の屋外。女子の大半は体操服の上に学校指定のジャージを着ている。しかしカーヤは半袖に短パンという体操服だけ。見ていても寒々しい格好だった。
北風が吹き、カーヤの髪を大きく靡かせる。
「‥‥‥‥なんですかこれ!」
ようやく気づく。表面が逆立って、まるで何かに噛みつかれたような感覚に陥ったと思ったら、体が揺れる。
要は寒気だ。
当然ロボットだったカーヤには初めての感覚だし、数日前までは温かかったのであまり気にならなかったが、ここ数日で急激に寒くなったこともあって、突然自分を襲った正体不明のバグに呆然とする。
身を抱えて、震え出すカーヤ。
「ったく、ボケるのは良いけど、自分の体に気を使いなさいよ!」
呆れたように周囲を見渡し、とある子が目に留まり、彼女はニヤリと笑う。
「ちょっと、あんた悪いけどジャージ貨してくんない?」
「え?」
突然のことに当然驚く。前髪で隠れた目が泳ぐ。
「で、でも、私も、寒くて、その」
「何、あんた友達が困っているのに見捨てるの?」
周囲の女子も、彼女の行動に賛同し高圧的な態度を彼女に向ける。
そして半ば強制的に彼女からジャージを奪って、カーヤに渡す。
当然、そんな奪い方をしたジャージをカーヤが受け取るわけがないのだが、突然初めて襲ってきた寒気というバグにパニックを起こして、どういう経緯でこのジャージを手に入れたか全くわかってなくて、とにかく早くこのバグをなんとかしなければならないと思い、素直に受け取った。
ジャージは少し小さかったが、それでも着ていないよりはマシだった。幸い持ち主の体型よりも成長を見越してか、大きめのジャージを着ていたこともあって、カーヤは着ることが出来た。
体育が終わった後、ジャージの持ち主を聞いた。返そうと思ったが、なんとなくテレビの知識でこういうのは洗って返すのが、人間の作法だと知っていたので、メンテナンスのついでに研究所で洗うことにした。
ジャージ一つに洗濯機を回そうとしたカーヤに非効率だと言って、畦野は自分の洗濯物も突っ込もうとしたが、断固拒否した。
「思春期の女の子はそういうのを嫌がるらしいのでダメです」
しかもこのジャージは自分を窮地から救ってくれたもの。最大限の礼儀を尽くさないといけない。
アイロンをかけようとして、急にカーヤは着ていた服を捲り上げて、お腹をさらけ出した。
「お、お前、何やってるんだ!」
突然の彼女の奇行に、畦野は慌てる。その姿を見て、何かに気づき立ち上がって、目潰しを食らわして、元に戻った。
「グハァ、天才の目に何をやってくれているんだ!」
目を抑えて転げ回る畦野。
「橘柚月さんの体を博士に見せるわけにはいかないので」
「じゃあ、なんで捲りあげた」
「アイロンをかけるためです。あれ、博士?コンセントがありません」
そう言って自分の腹にアイロンのコンセントを差し込もうとしているカーヤの姿を見て、もしかしてこいつは単なる馬鹿なのではないのかと、初めて天才の自分が作ったものに対して、不安を抱いた。
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