6、
「ねぇ、やっぱり柚月おかしいよね」
「うん、全体的におかしいし」
「そんなに、おかしいの?」
カーヤが帰った後の教室で、女子三人は机をくっつけて、会議をしている。
しかし一人はメイクをして、一人はスマホをいじって、一人は参考書を広げている。なんとも全くもって、まとまりのない会議である。
別に普段からこうやって放課後に教室に残っているわけではない。
でも、流石に最近の柚月の姿は目に余るものがあった。だから、自然と三人の一人が提案して、話し合いと相なった。完全に会議というより談笑だ。
「どういうふうにおかしいの?」
参考書を広げている保健委員の彼女は黒縁眼鏡を釣り上げてそういった。彼女は中学の時の柚月を知らない。つまり、一般的女子高生としては少し変な気もするけど、個性と言ってしまえば、納得できるものだった。
「まず、服装」
「それ!」
「どういうふうに?」
「中学の時の柚月、これ!」
そう言ってスマホの画面を見た。そこは三人で写っている写真があった。だけど。
「どれ?」
「真ん中の」
「ウソ」
そこには金髪にウェーブをかけて、耳に大きなピアスをしている女の子が立っていた。
「これ、本当に橘さん?」
「本当だし」
「だし!」
先生の話によると柚月は交通事故に遭い、植物状態になり奇跡的に意識を取り戻したという。
しかし以前の記憶を失っている。
もちろん、これは変に怪しまれないために、畦野が柚月の両親の合意のもとに作った虚言である。
過去の柚月のことなんて知る方法はないし、そんなものに労力をかける訳にはいかない。記憶を失っているという方が一番楽だったからだ。
「記憶を失うって、人格もまるで変わっちゃうのかな?」
「さぁ?」
「難しい、話わかんないし」
保健委員の女の子は書く手を止め、顎に手を当て、思考を巡らす。
確かに二人の話を聞くと、全くの別人のように聞こえるけど、一年近く眠っていたというのだ。色々変な動作や行動があっても、別におかしい話ではないと思えた。
じゃあ、問題は一つだ。
「今の橘さん。いや?」
問題は二人が受け入れられるかどうかだ。
過去がどうであっても、今の橘柚月は目の前にいる彼女だけなのだ。
たとえ、過去とどれだけ違っていても。
もし、それが彼女自身や外部に悪影響を及ぼすのなら、考えないといけない。
でも、確かに周囲の迷惑をかけているとはいえ、危害はない。なら。
「別に、私は今の柚月はいいし」
「うん、ウチもキライじゃないし」
保健委員の子も別に嫌ではなかったし。むしろ。
「私にとって、ポイント高いかも」
「え?」
「はぁ?」
毎日のように保健室に行っている為、はっきり言って彼女が一番の被害者と言って良いのだが。
「どういうこと」
「だし」
「知らないの?柚月さん。今、結構人気者なんだよ。
考えてみなよ、あのなんでもできそうな顔立ちとスタイルとプロポーションで、ドジっ子だよ」
「あああ」
「ちょっとわかるし」
古来より、人は見た目と動作が違うものに惹かれる。
勇者やヒーローや主人公が日常ではダメだったり、グータラだったり、することはよくあることだ。
いかにも出来そうな男が事件を解決したり、世界を救ったりしたところで、なんの驚きもない。いわゆるギャップ萌えというやつだ。
そして橘柚月ははっきり言って、綺麗だ。
喋らなければ、動かなければ、十分どっかの貴族の令嬢に見えなくもない。スポーツ万能、成績優秀な見た目なのに、その実はポンコツ。
ということで、彼女の株価が下落していると思っているのはカーヤだけで、特に同性からはとても人気があるのだ。
「あ、でも、一つ、直してほしいところあるし」
「え、どこ」
「ウチに対して真顔で『日本語でお願いします』っていうとこだし」
「「‥‥‥‥ああ」」
「何、二人とも納得しているし」
だってわからないでもないのだが、それは口に出してはいけないことだと思い、二人は口を噤む。
「こら、お前らいつまでいるんだ!さっさと帰れ!」
担任教師が扉を開いて、叫ぶ。空はいつの間にうっすらと暗くなっている。この時期に日が暮れるのは本当に早い。
三人は渋々立ち上がる。
「室井、お前もさっさと帰れ」
その言葉で三人は初めて教室の片隅でスマホの画面を見ながら、何やらタブレットに絵を描いている男子生徒に気がついた。
「びっくりした」
「全然気付かなかったし」
「存在感うす」
そんな三人の声も構わず、室井と言われた男子生徒はタブレットをバックに抱えて、そそくさと教室を後にした。
鍵締めを押し付けられたことを彼女達が理解した時には教室に、彼の姿はとうになかった。
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