汽車はポンポコ走るよ走る

十余一

汽車はポンポコ走るよ走る

 今日も少しばかり昔話をさせてもらいます。

 世は明治になりまして、鉄道というものが我が国にも敷かれるようになりました。そうした時代に合わせて妖怪や怪異も姿を変えてゆくもの。


 皆さまは“偽汽車にせきしゃ”というものをご存じでしょうか。夜遅くに汽笛きてきの音が聞こえたと思ったら、そこに走っているはずのない汽車が現れて人々を驚かすらしいのです。真正面から走ってくるから運転士にとっては堪ったもんじゃあない。まあ大抵の場合はぶつからずに偽汽車は幻のように消えてしまうわけですが。しかし時々、偽汽車が現れたあたりで轢き殺された狸が見つかることもあるんだとか。


 さて、本日話しますのはそんな化け狸たちの物語でございます。



「ポン太郎、お主また化ける練習なんてしとるんか。確かに親父さんのことは残念だった。でもお主まで同じ道を辿るこたぁない」


 よぼよぼの長老狸に話しかけられたのは、少し変わった毛色の小さな狸。父親譲りの立派な尻尾をモフモフさせて、自分の信じる道をひたすらに進もうとしているのです。


「長老さま、止めてくれるな。オイラは決めたんだ。立派に化けて、立派にだましてやるって!」


「おほ、固い決意。時にポン太郎よ、お主は今いったい何をしておるんじゃ」


「筋トレに決まってんだろぃ。汽車にだって負けない体を作ってやるんだ!」


「筋肉は全てを解決してくれるが、さすがに汽車と正面からやり合うのは無理じゃ。ヤーとかパワーとか言ったって無理なもんは無理なんじゃ、ポン太郎」


「そんなの、やってみなけりゃわかんないだろ!」


「その自信はどっから来るんじゃ、ポン太郎。そもそもお主は腹筋を鍛えてるつもりかもしれないが、ただ地面でコロコロゆらゆらしてる可愛い子狸だよ。お主の腹にあるのはシックスパックじゃなくて上質なモフモフじゃ」


 長老狸の言葉にヘソを曲げてしまったポン太郎。地面で転がるのを止めたと思ったら、今度は木に登り始める。


「ポン太郎、次は懸垂けんすいか。やっぱり全然出来とらんじゃないかぁ。ただのぶら下がってる可愛い子狸だよ。せめてもっと負荷の低いトレーニングから始めたらどうじゃ。……というか、その前にお主は満足に化けることも出来ないじゃろ」


「出来らぁ!」


「だから、その自信どこからくるの……」という長老狸の言葉なんて聞かず、ポン太郎はその辺にあった葉っぱを頭に乗せると、くるりと回ってぽふんと変化! その姿は……。


「ポン太郎、耳も尾も何もかもがまろび出とるよ。どう見ても汽車の着ぐるみを着た可愛い子狸だよ。これじゃあ機関車トー■スもビックリじゃ」


 ポン太郎は悔しさにぷるぷると震え、父親譲りの立派な尻尾もだらんと下がってしまっている。

 長老狸だって何もポン太郎のことを否定したいわけではないのです。ただ、危険なことをしてほしくはない。騙して笑かして、人間と平和的な関係を結べていたのは昔の話。文明の利器を手に入れた人間はもう手に負えない。


「そもそもな、お主の親父さんも何も死んだわけじゃあない。向かってきた汽車をひらりと避けて、その拍子に足をくじいちまっただけじゃないか。『ボクは死にましぇん!』とか言いながら偽汽車やってプロポーズしたから、もう一度女房に恰好良いとこ見せたくていい年してハッスルしちまったんじゃ。今頃、湯治場とうじばで女房と『愛言葉は?』『ラッキィトレイン!』だなんて、ハイカラな海の向こうの言葉を使ってイチャついとるんじゃ。だからお主も、そういう愛と平和的なアレで、こう――」


「うるせぇ! この毛づやの悪いジジイが!」


「え……急に暴言吐くじゃん……」


「そもそもジジイが話した昔話に憧れたんじゃい! オイラはなぁ……、おもしろおかしく人間を化かしていた時代が羨ましいんだ……!」


 哀れにも泣き出してしまったポン太郎。その短く可愛らしい手を地面にぽふぽふと叩きつけている。すると長老狸は事もなげに言う。


「そんなら心配するこたぁない。お主はもうよ。なんてったってからな」





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