第17話 こだわり
「それは……」
一志は、どうにかしてこの場を収めようと言葉を探す。
「勝手なことを言っていると理解しています。無理なことをお願いしていると理解しています。それでも、どうか書いていただけないでしょうか。モミコちゃんの登場する脚本を」
人形のように硬い顔には不釣り合いの涙が今も流れ続けている。
いや違う。
本山は人形なんかじゃない。
ちゃんと感情があり、血が通った人間なのだ。
一志は考えを改める。
それから真剣な気持ちで相手と向き合う。
「どうしてそこまでモミコちゃんにこだわるんですか?」
先週の打ち合わせからずっと気になっていたことについて尋ねる。
モミジの妖精が秋葉市のゆるキャラとして生まれたのはかなり昔の話。一志や玲はもちろん、本山もまだ生まれていない。
ぬいぐるみを持っているくらいだからかわいいもの好きなことは知っているけれど、それにしても度を越えていると思っていた。
「モミジロウくんとモミコちゃんの生みの親は、わたしの父なんです」
「本山さんのお父さんは、デザイナーですか?」
「いいえ。わたしの父も地方公務員です。今も秋葉市役所に勤めています」
「じゃあ、当時の担当者というのが……」
「はい。今も昔も田舎の役所には予算がないんです。そのため外部にキャラクターデザインを依頼することができず、広報課の中で一番絵が上手い父が担当になったと聞いています」
なんとも世知辛い話ではあるが、妙な現実味があってすぐに納得がいった。
「しかし、絵が上手くてもデザインの知識も経験もありませんでした。おそらく必死に勉強したんだと思います。通常業務をこなしながらデザイン案を百枚以上は描いて、ようやく周りに認められるものができたそうです」
その仕事量の多さに絶句する。
新人賞に応募する長編小説を百枚書くのとは訳が違う。
その苦労は、誰にでも容易に想像できるだろう。
「すごいですね」
普段知ることのない公務員の仕事ぶりを聞いて、一志は心からの賛辞を述べていた。
本山は無表情ではあるが、どこか申し訳なさそうに話を続ける。
「父はモミジロウくんとモミコちゃんをポスターや広報誌にどんどん使っていきました。そのおかげで知名度は少しずつ上がっていきました。そのうちイベントに出そうという案が出て、二人の着ぐるみ製作が決まりました。ですが、その時には父は広報課から去っていました」
「去ったということは、部署異動があったんですか?」
「はい。組織で生きる以上、辞令には従わなければいけません。それ以降、父はいくつも部署を移っていますが、いずれも広報とは関係のないところで働いています」
「あの、そういうのって希望は出せないんですか?」
「希望は出していると思います。ただし、聞いてくれるかどうかは人事部次第です」
本山の硬い表情は、あまり期待できない、と言っているような気がした。
「今でも父は言っています。モミジロウくんとモミコちゃんのキャラクターデザインにばかり気を取られていた。もっと設定をちゃんと考えてあげていたらよかった。そうすれば、二人の人気も大きな差が出なかったんじゃないかと」
「それは仕方ないと思います。デザインといっしょに設定を考えるのは大変だったんじゃないでしょうか。ただでさえ仕事量が多いんですから」
「それでもです。モミジロウくんとモミコちゃんは秋葉市に生まれたんです。いわば秋葉市民と言ってもいいでしょう。市民のために全力を尽くすのが市役所職員の仕事ですから」
一志は本山の新たな一面を知ることができた。
どれだけ周囲に冷たい印象を与えても、心の内には熱い想いが詰まっているらしい。
また、どうしてそこまでモミコちゃんにこだわるのか、その理由も知ることができた。
「お父さんの仕事を引き継ぎたかったんですね。そのために朗読劇を使うことにしたんですか」
モミコちゃんは、予算の都合でゆるキャラから外されるという案が出ていると言っていた。このままでは父親の仕事までなかったことになってしまう。それを防ぐために図書館の朗読劇でモミジロウくんといっしょにモミコちゃんを登場させようとしたのではないか。
「はい。せめて一度くらいは、子どもたちに知ってもらう機会を作ってあげたかったんです。そうすれば父の後悔も少しは軽くなると思ったんです」
親がやり残した仕事を子が引き継ぐ。
すべては家族のため。
父親想いの優しい娘によって企画された物語だったのだ。
「お恥ずかしい話です。公務員でありながら仕事に私情を挟むなんて……」
珍しく熱いことを言っていた本山が急に弱気になる。
しかし、この生真面目さが本来の彼女の性格と言っていいだろう。もしかしたら、その性格も父親譲りなのかもしれない。
「お二人には、わたしのわがままに付き合わせてしまって申し訳なく思っています。ですが、どうか最後までお付き合いいただけないでしょうか」
本山は深々と頭を下げる。
その時、地面に向かって涙が落ちていくのが見えた。
一志は小さく息を吸って吐く。
それから自分の気持ちを正直に伝える。
「もちろんです。依頼人の望むものを書くのが僕の仕事ですから」
我ながら甘いという自覚はある。
しかし、男は女の涙に弱いと相場が決まっているのだ。
「だから、もう泣かないでください」
「違います。これは、目に砂が入ったせいです……」
やはり目は口程に物を言う。
頬を流れる
「最高におもしろい物語をいっしょに考えましょう」
一志が差し出した手を本山はしっかりと握る。
春の穏やかな風が吹き抜けてもみじの若葉が空を舞う。
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