第11話 モミコちゃん
「もしかして」
玲がなにか気づいたような声を発する。
「人気が分かれてしまったんですか?」
「天ヶ沢さんのおっしゃる通りです。当時の担当者もある程度は予想していたと思いますが、それ以上に大きな差ができてしまったようです。イベントに出れば出るほどモミジロウくんは人気が上がっていくのに、モミコちゃんは少しずつ影の薄い存在になっていきました」
モミジロウくんとモミコちゃん。
両者にそれほど大きな違いはない。
どちらももみじの妖精という設定で、それにふさわしい見た目をしている。デザインだけ見ると、むしろ女の子のモミコちゃんの方が凝っていて人気が出るのではないか、と思えるほどだ。
だが実際は逆の結果になっている。
どれほど議論を重ねて『最高にかわいいゆるキャラ』を作ったとしても、人気が出るかどうかは世に出るまでわからない。
小説と同じだと一志は思った。
最高におもしろい物語を作ったとしても賞に出すまでわからない。
選考を突破できずに終わるのか。おもしろさが認められて受賞するのか。
「そのうちイベントに出演するのはモミジロウくんだけになりました。お菓子やグッズを作るとなった時には、モミコちゃんのことなんて最初から議題にもあがらなかったようです。ただ、イベントに出る人員やグッズ製作の予算にも限界がありますから。仕方ないですね」
本山は、相変わらず事実を淡々と述べていく。
市役所は、営利を目的とした経済活動を行う民間企業とは違う。だからといって予算を自由に使っていいわけではない。市民からの税金は限られているし、有効活用しなければ無駄遣いと言われかねない。
そのため、モミコちゃんを解雇することは適切な判断と言えるだろう。
「見た目も設定もそれほど違いはないのにどうして……」
一志は言葉を飲み込んだ。
今は人気不人気の原因を考えている場合ではない。
それは役所の人に任せる。
それよりも考えるべきことがあるのだから。
「そうなると、今ここにある資料だけでモミコちゃんを物語に登場させるしかないですね」
「これだけの設定でも脚本は書けそうですか?」
「なんとか、書けるとは、思います」
モミジロウくんは一志が考えたキャラクターではない。
そのためどんな物語で活躍するか、どのように動かしていくか、なかなかイメージがつかめない。
だが一志は、これまでに短編長編合わせて十作以上の小説を書いてきた。
その経験によって対処法は思いついている。
モミジロウくんのセリフの中で恋人がいることを伝えたり、恋人といっしょに遊んだ思い出を語らせたりすればいい。
「試しにちょっとやってみようか。『ボク、モミジロウ。秋葉山に住んでるもみじの妖精だよ。好きなものは水と夕日、それから恋人のモミコちゃん』……こんな感じでどうかな?」
いつの間にキャラや声を作っていたのか。
玲は一瞬にしてもみじの妖精になりきる。
一志は完璧な仕上がりに目を丸くするが、本山は鋭い目つきのまま感想を述べる。
「とてもいいと思います」
硬い表情や声にも慣れてきたのか、玲は黙って頭を下げる。
それから一志の方へ顔を向けて小声で聞いてくる。
「ねぇ、これってちょっとまずくない?」
玲の言う通り、このやり方には限界がある。
特に幼い子どもたちを対象にした物語の場合。
もし朗読劇の中で『モミコちゃん』という名前を聞いた時、子どもたちはどう思うだろう。
きっとこれからそのキャラクターが登場すると期待するはず。
どんな姿でなんと話すのか、いろいろ想像をふくらませるに違いない。
それなのに、最後まで物語に登場しなかったら……。
このままでは子どもたちの夢を壊しかねない。
玲と一志は小声で相談を続ける。
「『続きはウェブで』ってナレーション入れようか?」
「古いよ。いつの時代のCMだよ。『モミコちゃんはみんなの心の中にいる』ってのは?」
「モミコちゃん死んでるみたいじゃない。そっちの方が意味わかんないよ」
このままでは、また激論に発展しかねないと考えて依頼主の本山に意見を求める。
「すみません。このままだとモミコちゃんの存在感が薄くなってしまいます。なにか別の方法を考えてみます」
本山が依頼してきた脚本の条件の一つに『ゆるキャラ二人を登場させること』がある。モミジロウくんには詳しい設定資料があるので物語に組み込むことは比較的簡単だろう。
しかし、モミコちゃんにはそれがない。
今のところモミジロウくんのセリフの中に名前だけ登場させる方法はある。だが果たしてそれは、物語の登場させたことになるのだろうか。
「問題ありません」
「え、いいんですか?」
「はい。モミジロウくんのセリフでモミコちゃんの存在を知らせる。これでいきましょう」
「そう、ですか」
なぜか提案した一志の方が
「最悪、モミコちゃんは登場させなくてもいいです。もともとモミジロウくんだけの朗読劇の予定でしたし、子どもたちだって知っているキャラクターの方が喜ぶと思います」
違和感を覚える。
ほんの一瞬のことで気のせいだったかもしれない。
だが、たしかに感じた。
本山の顔と声に悲しみの色がにじんでいるように思えたのだ。
それでいいのだろうか。
そんな考えが頭の中でよぎって消える。
これが自分の作品なら書きたいように書く。
時間が許す限り、自分が納得いくまで考える。
しかしこれは、一志の作品である前に仕事として依頼された作品だ。
自分が書きたいものより依頼人の意見を優先しなければならない。
なにより〆切まで時間がないのだから仕方ない。
でも、本当にそれでいいのだろうか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます