初めて出会ったマイルドサイコパス03 ~標準語版~

コイツは以前会社に居た勝手に社長よりも偉くなる人と同じだ。


いつ偉くなるのかはまだわからないけれど。


もう十年くらい前になる。僕はそいつをマイルドサイコパスと呼んでいた。


そいつの名は中山。僕よりも三つ年上だった。最初は腰が低く勉強熱心だった。


 三年もすると本性を現したのか営業からの特注品の見積もりの依頼を

期限までにやらなくなることが出てきた。


何名か居る営業への嫌がらせを試して行っているようだった。


 その当時の年長の営業の方は経験豊富な方で、そのようなくだらない嫌がらせにも平然と対応した。


「中山さん先日お願いした見積もり出来てますか?」


「そんなの出来てないですよ」


「えっ。出来てないんですか。どうしてですか?」


「忙しかったからです」


「そうですか。じゃあ仕方が無い。もう結構ですわ」


「えっ!いいんですか」


「うん。何とかしますから。出来ていないのなら仕方が無い」


「すみません。すぐにやります」


「もういい。もう僕出て行かないとだめだから。

それに今からやるっておかしいよね。期限も前から言ってるんだから」


中山はそう言われてうろたえた。


なぜなら営業さんが頭を下げて頼みこんでくれることを期待していたからだ。


「仕方がないやりましょう」そんな感じで言葉を返す自分を想像していたようだ。


 だからくだらない嫌がらせをしたことで頼みこまれるどころか逆にあてにされなくなった自分に気が付いてうろたえたのだ。


この会社で一番仕事ができるのが自分だと思っていたからだ。


「鴨居さん参りましたよ。何とか出来たし何とかしたけどあれはちょっとおかしくなってると思いますよ。普通に話しててもなんだか言葉使いも偉そうになってくるし上からモノ言われてるようで気分が悪いですよ。見下しですね。僕の場合はもう不要と言ったからあれ以上の事はして来ないけど気を付けないとだめですよ。鴨居さん優しいから付け込まれるかも知れませんよ」


「ありがとうございます。気を付けます」


 その営業さん以外の営業はそんな嫌がらせを受けてしまい、「中山さん何とかお願いしますよ」と頼み込んで見積もりを作ってもらったらしい。


その話を聞いてたから頼んだもののこれはと思って警戒していたと言っていた。


その後その矛先は僕であったり社長だったりした。


僕の場合は用事があり定時で家に帰った時に起こった。


 携帯に修理で預かっている商品をどうしても明日の朝一番で使いたいから

何とかしてほしいという連絡が会社から入った。


「会社に中山が残ってると思うけどこの話知っていますか」


「はい、伝えてます」


「じゃあ今日中に修理するように伝えてほしい」


「わかりました」


この当時は完全にブラック企業だった。 今は違う意味でブラックだけど。


 僕は働くのが楽しかったから気が付いていなかったけれど

残業代もつかないのに二十時二十一時くらいまで会社で仕事をしていた。


中山も同じように。


用事というのは花火大会だった。コハルが行きたいと言い出したのだ。


お父さんやお母さん家族みんなで見に来た。


その時に電話があったのだ。


「シンさんもこんな時間まで電話で追いかけられるんだね」


「まあ仕方がないですよ。いつでもどこでもが携帯を持った宿命でしょう」


「仕事が終わったら電源切っててもいいと思うけど?」


「会社で補助してもらってるんで難しいですね」


「いやいやシンさん。私も用事があって帰るときは携帯の電源切ってるよ」


「そうなんですか」


「うん。プライベートと仕事とはきっちり分けないと自分が苦しいだけだからね」


「今度からそうします」


「それがいいよ。だってコハルといて楽しんでるんだから。そんな時に仕事の電話とかあったらおもしろく無いだろう」


「そうですね。今度からそうします。ありがとうございます」


「シンさんはコハルと違って素直だね」


「お父さんそれほめ言葉ですか?」


「無茶苦茶褒めてるよ」


「それはそれはありがとうございます」


ポン、パン、パパパパパン、ザザー。 ヒューゥ・・・パァーン!


「シン!花火きれいだよ!」


「そうだな。でももう夏も終わりだね。花火を見るとちょっと寂しくなるな」


「シンはセンチメンタルだからね」


「そうかもしれないね」


「シン、私もセンチメンタルだからね」


「そうだな。コハル、なにか買いに行こうか」


「うん、私アイスが食べたいんだ」


「じゃあ俺も食べよう」


「わしももらおう」


「私も行くわ」


「みんなで買いに行こう」


翌朝、先日の営業さんの件もあり朝六時くらいに会社に行った。


そして「ああ、やはり。なにもしていない」


そう、指示したにもかかわらず何もせず帰ったようだ。


良かった。まさかと思って早く出てきたけれどやはりやっていなかった。


その後僕は始業時間までに修理を終えた。


その修理中に中山が出社してきた。


「あっ、すみません、僕やります」


「結構。もうすぐ終わるから。それに君では間に合わないから。

昨日なにか用事があったのか?」


「いえなにもないです」


「朝一でお客さんの所に向かうから修理してくれって伝言したんだけど」


「聞いてましたけど」


「じゃあなんでやってないの?」


「・・・」


「まさかと思って早く出てきたからよかったものの、くだらない事するな。

前に営業さんにやったみたいな嫌がらせか? 営業さんから話聞いてたから

ちょっと警戒してたしまさかと思ってたけど。ちょっとでも信じてた俺がバカだった。君に仕事を教えた俺も嫌がらせの対象だったなんて信じられないね。

俺は露骨な仕返しはしないけど君は最低の人間だな。そんなことしたら俺も迷惑だけどお客さんに一番迷惑かけるよね。お客さん困らせてどうするんだ? おい。どういうつもりなんだ?」


「・・・」


「本当に最低だな。こんなことで嫌がらせされるなんてこれからは何も頼めないな」


中山は僕の作業を見つめながら悔しそうなおびえたような顔をしていた。


僕は中山を無視して修理を終え、お客さんの元に走った。


「鴨居さんごめんなぁ。無理言って」


「いえいえ。喜んでもらえたらうれしいですよ。修理代割増でがっつりいただきますから」


「鴨居さん怖いな」笑


時々明日使いたいので何とかなりませんかという話がある。


僕が出来るときは対応したが中山に任せるときは今立て込んでいて無理ですと断っていた。


しかしそんなときに限って修理している。鴨居さん出来てますよと言いに来る。


それはもう明日にしてもらったから今日は必要ないよと言うとせっかくやったのにと言いだす。


誰も今日中にしろと頼んでないし頼んでもやらないだろう。


君に頼んだらやらなくて、頼まなかったらやってるって理由がわからないんだけど。


俺が君に頼むことはもう無いから。信用できないんだよ。


そう言うと中山は寂しそうな顔をしていた。


それから僕は工場立ち上げに従事することになり中山との接点は徐々に無くなって行った。


ただたまに会うと年上の後輩だったがタメ口で話しかけてくる。


今までは敬語だったのだけれど。


 中山の言う工場を見てみたいとか機械の事を教えてほしいなど希望されたことは

すべて断った。


「時間あるとき工場見に行ってもいいけど」「来なくてもいい」


「どんな機械が入る?」「社長に聞いて。俺に聞かれてもわからないから」


「NC旋盤ってプログラムどんな感じ?」「説明できるほどわかっていない」


営業さんから聞いた社長に対する嫌がらせというかマウントは笑った。


あるとき社長が「中山君。外注さんに依頼するので基盤の図面を出してほしい」


中山は「それを出したら情報を盗まれますよ。だからダメです」


「中山君。社長の私が大丈夫と判断して出して欲しいと言ってるんだから出して。

社長の私が出してと言っているのに出さなかったら誰の許可が居るんだ!」


中山は自分の言ったことの意味を理解していなかったようだ。


社長の指示を拒否することの意味を。


社長より偉い自分の許可がいるとでも言いたかったのだろうか。


結局出したとのことだが社長は不審に思っただろう。


徐々にいろんな人からの情報が社長に入るようになる。


中山はうちに来る前の会社でも皆から嫌われていたようだ。


たまたま見積もり依頼した先が中山が以前勤めていた会社だった。


しかも中山の事をかなり嫌っていたみたいだ。


仕事は出来たが近くにいると批判の嵐。ダメ出しの嵐で仕事が進まない。


 自分を優位にするために相手に頭を下げさせてという作戦だったようだが

そもそも浅はかな考え方でしかない。


 尊敬してもらおうとして考えたみたいやけど結局誰からも相手にされなくなり

居づらくなって辞めたようだ。


 うちに入社してきた当初よく言っていた、「僕ばかりに仕事が割り振られて僕だけが忙しい状態だった」


 手伝うと嫌みや嫌がらせがあり機嫌が悪く一緒に仕事をすると嫌な思いをさせられる。


中山とは一緒に働けないと皆から敬遠されていただけの話だった。


自分が招いたことだと思わなかったのだろうか。


だんだん目つきもおかしくなっていったのを覚えている。


中山に嫌がらせをされた営業さんが工場にやってきて本社の様子を話してくれた。


「中山ともう一人社長の身内が居るんだけど使い物にならない。そのことがわかって社長はいろいろ考えたみたいだけどその部署を閉鎖することにしてその二人を解雇することにしたようだ」


「そうなんですか」


「まあそのほうがいいと思う。使い物にならないし、足を引っ張るわではうちみたいな小さな会社はもろに影響を受けるからね」

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