出会い 涙
「ほな、ちょっと前まで戻るけれど、前に駅で俺が待ってた事知ってるわな」
「うん」
「結局会えんかった。会えんかったのはあきらめたからやねん。
一か月くらいずっと通ったけど会われへんかったし、俺何してんのやろってふと思ってしまって。
それから俺は部屋で失恋の痛手をこらえてたんやわ。
壁に向かってぶつぶつ言いながら」
「シンそれほんまなん?」
「それは嘘や。 俺そんなんしてたら気がおかしくなったと思うよ」
「いらんことぶっこまんでええから。ほんでほんで?」
「ほんでまさかやけど訪ねてきたんやわ」
「駅で待つのあきらめてからやから別れてから二ヶ月くらい後かな」
「チャイムが鳴ってハイって返事したけど何にも言わへん。
何ですかって聞いたらドアをどんどんたたかれてびっくりして開けたら彼女がおったというわけや。泣きながら立ってた。
俺とりあえず入る? って聞いたらうなずいたから部屋に入れたんやけど、そっから一言もしゃべらへんかってん。
何を聞いても一言も言わへんかった。何時くらいに来たのかなぁ。
昼過ぎやったかな。
夜になってもほんまになに聞いてもしゃべらんかったわ」
「その間、無言やったの?」
「うん。何を聞いても何にもしゃべらへんかった。しかもジーッと見つめてるねん」
「そうなんや。なんか辛そうやね」
「どっちが?」
「シンがや。 元カノは何かしら目的があったのかどうか知らんけど話をしないと思ってきたわけやんか。多分」
「うん」
「それに対してシンは何にも出来へんわけやん。問いかけても返事がないわけやし。
元カノが居てる間ずっと、何しに来たんやろって考えてたと思うねん」
「うん」
「どうしていいのかもわからんかったと思うねん」
「うん」
「しかも泣いてるんやろ」
「うん」
「何で泣いてたかや」
「うん」
「なんでやと思う?」
「それがわからんのや」
「私にもわからん。でも例えば推測することは出来るで」
「うん、でもその時は二度と会うはずの無かった女が目の前に居てるわけやん」
「うん」
「そんな状態であれこれ考えられへんやん」
「うん」
「今はそれから時間が経ってるしコハルさんがいろいろ聞いてくれるから考えられるけど、その時はもう考える力が無かったと思う」
「そうなんや。でもなんでか考えてみようや」
「ええっ。でも考えたところで仕方が無いやん」
「でもシン。私と話すことでなんか、こうやったんかなとか思えたらまた違うと思うけど」
「そうなんかな。よくわからんけど」
「俺そろそろ帰らなあかんでって彼女に言うた。ほんでもう外に出てもらったんや。
とりあえず送っていくからって」
「車は東芝のほうにある工場に止めてあったからそこまで自転車で行こうって」
「シンはその時なんで元カノさんを帰そうとしたん?」
「そら、もう彼女違うし。別れたんやから一緒に居ったって何にもなれへんやん。
俺のもんやない女が部屋に居ったらなんか嫌やってん」
「それってシンはもう彼女やって思ってなかったって事やんな」
「そうや。でも気持ちは難しいところや。好きという気持ちはあるし居ってほしいという気持ちもある。せやけどもう俺のもんやないって思ってたから。それに」
「それに?」「これって俺が浮気相手になってしまうんと違うやろかって一瞬思ったんや。多分そのあとすぐに忘れてしまったんやけど」
「シンが浮気相手?」
「そうや。その時、今もわからんけど付き合っている人が居る状態で来たと思ってるから不思議に思ってたわけやん」
「うん」
「気になる人と付き合ってるのになんでやろって思ってたから、これこのままやったらこいつが彼に疑われるんと違うやろかって思ってしまったんや」
「シン。シンの言わんとすることもわかるけど、その元カノの向こうに居る彼氏に気を使いすぎてると思うけどな。そこにおらんのやから何にも関係ないやん」
「そうやねんけど、彼氏がおるのに俺と居ることで元カノが汚れてしまうって思ってしまったんや」
「シン。ほんまにその元カノの事好きやったんやな。シン自身が傷ついてボロボロやのになんで元カノの事考えるんやろか。そん時元カノは何を思ったやろな?」
私は正直背筋がゾクッとした。シンは、自分の事置いといてまで元カノが大事やったんやね。今すごく驚いてる。こんなに一途な人が居るんやって。こんなシンの事を振ってしまうやなんてなんともったいないことをするんやろか。でもそれでよかった。私にもチャンスがあるってことやから。
「まあわからん」
「自転車二人乗りで走り始めたんやけどしばらくしてから、「泊めてくれへん」って初めてしゃべったんやわ。俺びっくりして「泊まるんか?」って聞いた。 「うん」って言いよったわ。 もう訳が分からん。 好きな人ができて俺と別れてその人と付き合っているはずやのに俺んとこに泊まるっておかしいよな。しかも何しに来たんやっていう話や」
「シン。今までの話やけどその人は最後のお別れに来たんとちゃうんやろか。それか振られてさみしくなったかや。私はそう思ったけど」
「コハルさん。振られるってことはない。・・・こともないか。 うーん。
俺が大好きで仕方なく別れた女を振るやつがおるんか?」
「そらおるやろう。 シンの元カノだけが女やないねんから」
「そうなんか。ほな何しに来たんや。 帰ってきたんか?」
「帰りたかったのかなと思ったけど、それはちょっと厚かましい話やな。
後はな。長い事付き合ってきて別れは一瞬やったわけやん。元カノが振られて寂しい気持ちになった時にシンのこと思い出したのかもしれん。私はシンにこんな気持ちにさせたんやって。居てもたってもおられへんようになったのかもしれんな。
シンに申し訳ないと思ったのかもしれん。多分そう思ったってことは後悔やと思う。
元カノは後悔したんやと思う。元カノの中でもかなり葛藤してたかもしれへんな」
「コハルさん、それはそれで切ないで」
「そうやな。元カノも思い切ってシンに言ってみたらよかったんや。
こんな私やけどって」
「ああっ。なんか泣けてくる」
「シンごめん。ほんまに涙流してるし。 ごめん」
「ちょっとだけ待って」
シンは少しの間うつむいて泣いていた。
「失礼しまーす。 酒蒸しと、揚げ出しと、だし巻きとウインナーとモモでーす。
こちらに並べますね。 お皿下げますね。 ありがとうございます。
お客さん大丈夫ですか?」
「ああごめんなさい。ちょっと久しぶりに私と会えたものやから感動してるんです」
「ああそうなんですか。 おしぼり持ってきましょうか?」
「あっ。お願いできますか」
「はい。お持ちします」
「お気遣いありがとうございます」
「いえいえ。ちょっとお待ちくださいねー」
「シンごめん」 私は何度か謝った。
ずるっ。シンが鼻をすすった。 「ちょっとトイレ行ってくるわ」
「うん」
「おしぼりお待ちどうさまです。こちらでよろしいですか」
「はい。ありがとうございます」
しばらくしてシンが帰ってきた。目と鼻が赤い。顔も赤い。
「シンほんまにごめん」
「いやいや。もう涙腺が弱いのは生まれつきやから気にしんとって」
「でも私とこんな話してたら辛いやろなって今思った。シンごめん」
「コハルさん。大丈夫やで。うん。ほんまにありがとう」
「ほんでどこまで話したかな?」
「何しにシンの所に来たかやで。帰ってきたのかもしれんなって。
それやったらシンに言ってみたらよかったのにって」
「ああそうやな」
「そうかもしれんけど一言も話しせえへんってどないやねんって思うやろ」
「シン、だからな。
それは元カノさんも厚かましいと思ったから言われへんかったのかなと思うよ」
「そうなんやろか。未だにわからん まあもうええねんけどな。 ほんで続き言うで。 また部屋に帰ってまただんまりや。腹も減ったからご飯作って食べてもらって。
とりあえず寝よかってなってベッドを彼女に譲って俺はカーペットの床に寝たんやわ。彼女は床に寝るって首を振ったけど俺がそれを拒んだんや。もうお前の言うことは聞きたないねんって思って。意外とすんなりと眠れたみたいやけど朝早く目が覚めてしもて、ベッドの上見たら彼女が寝てるわけや。その寝顔見ながらいろいろ思うわけや。もう涙が止まらんようになってしまって」
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