新しい仕事






詩が小学校五年になろうかという頃に工場立ち上げの話があった。


元々モノ作りは得意な方なので話を聞いた。


自社でネジを作りそれを自社ブランドとして販売したいとの事だ。


同業他社では古くからやっているがウチはすべて外注さん頼りだった。


品質も安定せず月に一度は何かしらのクレームがあった。


そのたびに営業である僕は走り回りおわびをし報告書を書き続けていた。


外注さんに改善をお願いしても、職人さん相手では逆に相手にしてもらえないことも多くそんなに細かいこと言うならもう出来へんでと言われるほどだった。


改善できずにお客さんを失ったこともある。


せっかく取ってきたお客さんが減ってしまうのだ。


これは営業としては非常につらい事だった。


自社で製造することで品質を高めることが出来る。


安心して売ることが出来る。


本当は自分がそんな環境で営業をしたかったなと思った。


ウチの会社は人がいない。


いない中でなんとか売り上げを上げていく必要がある。


特注品にも対応できるようになる。


やはり少ロット多品種、短納期対応はどこの会社でも言われることだ。


それが可能になる。


面白そうだと思った。


社長にはやりますと返事をした。


後日工場立ち上げのミッションがスタートした。


まず手始めに圧造装置メーカーとの打ち合わせだ。


正直よくわからないがその装置を使えばウチの商品は作れるとの事。


能力的には小さいがそれでも80%くらいの商品の範囲は賄えそうだ。


発注後半年で納入される。それまでに工場を借りておかなければならない。


約五ヵ月でその装置は完成するので、完成後に操作方法の研修を行うために

九州に出張する必要がある。


ホテルはメーカーさんが用意してくださるようだ。


その後は材料商社さんとの打ち合わせを行った。


明石製鋼の材料を取扱いしている。


最小発注数量が100kgからだった。


まだ作ったことがないのでどれくらいの量が必要なのかわかっていなかったが

高炉から出てくる最小単位が2000kgのことを思うと少量での対応もしてもらえるとのことでありがたいと思った。


続いてはNC旋盤メーカーとの打ち合わせだ。


細かな仕様を決めていく必要があるが初めて聞く用語が多かったのでよくわからない。 


カタログや取説を見ながら勉強していた。


納期はこれも半年。山梨県に研修センターがあるのでこの装置の扱い方も勉強しに行く必要がある。


工具関係の仕入れ先も開拓した。ドリルやタップメーカーと深いつながりがあり価格や納期などの融通が利くようだ。


後は工場の場所とどこで借りるかを調べなければならない。


これは幸いなことに妹の旦那のズンちゃん声をかけてくれた。


「うちの会社がもうすぐ引っ越しするからその後入ったらええねん」


実際に見に行くと倉庫として使われていただけあって天井は高く敷地も駐車場が六台分ほど確保できて建物の面積も150坪はあるようだ。


不動産屋さんに聞くとすぐに入ってもらえるならありがたいですと言ってもらえたので仮押さえをした。


社長に報告すると一度見てみたいと言ったので連れて行った。


「けっこう広いな」「はい、家賃の事考えたらこの広さで20万円は安いと思いますよ」


「僕の家からも約20分くらいですしなんかあってもすぐに走って来れます」


「そうか。じゃあここに決めようか」「はい」


その足で不動産屋さんに回った。


契約に必要な書類を教えてもらい後日契約することになった。


「今どこも倉庫の借り手が少なくなってしまって、ご紹介いただいたことですごく助かりました。以前の契約者さんとはお知り合いですか?」 


「はい。従業員が身内に居てるのでそこから話が来ました。タイミングがすごくよかったと思います」


「そうですね。退去と同時に入居が決まるってなかなかないんですよ。

ひどいと何年か空いたままになることもあるしそうなると維持費も結構大変になってきますから。

でも今回は賃料も勉強させていただきましたので近隣の同じ広さの所と比べていただきますとかなりお得になっていると思います」


「ご配慮感謝します」「欧米運輸さんとは長いお付き合いをさせていただいてまして、それが次の入居者の方も紹介していただけるなんてなかなか無いんです。

だから欧米運輸さんへの報告もありますしすぐに入居いただける御社への感謝も併せて頑張りましたので。末永くよろしくお願いいたします」


「こちらこそよろしくお願いします」社長がそう言った。


「鴨居君はいい身内を持っているんやね」「社長これはたまたまですよ」


「いやいやたまたまでもウチにとってすごくメリットのある話だったので良かったんですよ。後でビール券でも持って行ってあげてな」「はい。ありがとうございます」


それから間もなく契約が済み、机といすを購入して広い倉庫の中でこれからの準備を進めて行った。


広い倉庫の中で事務所をどうするのか。これはレンタルハウスを手配することにした。レンタルハウスだが購入という形になる。


八畳の広さで約四十万円だった。エアコンも付いている。


引き取ってもらうときはタダになる。


今入ってくる機械の位置なども決めて線引きを行った。


また材料置き場やスクラップ置き場も考える。


出来た商品の検査装置ももう発注を掛けたようだ。


その打ち合わせに何度か来られた。


入居から一ヶ月が経ち機械の搬入日も決定した。


それまでにそのメーカーさんの本社に出向いて研修を受けることになった。


九州は電車で行くことにした。経路はコハルに頼んだ。


「シン、自分で調べられへんのか?」「はい」


「シン、なんかシュンとしてるな」


「うん、俺は電車に乗ったことがあまりないねん。新幹線も新大阪から西には行ったことが無い。だからすごく不安やねん」


「シン何が不安に思うねん。切符買うて乗ったらええだけやん」


「それがな東京方面に乗ってしもうたらどうしようとか、切符落としたらどうしようとかいろいろ考えてしまうねん」


「シン、そういうのを取り越し苦労って言うねんで」


「そうか」「そうや。なんかシンの弱点を垣間見た気がする」


「コハル一緒に行かへんか?」「行かれへん、そんなお仕事で行くところに」


「俺が仕事してる間にコハルは子供連れて観光したらええねん」


「そんなんシンもおらんのに無理やで」


「そうか。わかったわ」


「あれ、シンがすねてる」


「すねてへん」


「もうかわいいねんから」


コハルが抱きついてきた。


「コハル。ええ匂いがするな。やわらかくてあったかいし。なんか不安な気持ちがどっかに行くみたいや」


「シン。あなたは何でもできるんやで。電車に乗って知らんところに行くくらいどってことあれへんのやから」


「そうやな。外国に行くわけでも無いねんからな。言葉が通じるからな」


「そうや、わからんかったら聞いたらええねん。シンは私のためやったら怖そうに見える人でも

全然お構いなしに聞きに行ったりできるけど、自分のためやったら途端に引っ込み思案になるねんなぁ。それが不思議やわ」


「そうやな。なんでかわからへん」


「あれこれ考えすぎて不安の穴に落ちてしまうんやろな。穴に落ちたら自分ではなかなか出てこられへんのやろ」


「コハルはうまいこと言うな」


「うん。私にはなんとなくわかるからシンがその穴に落ちてたら手を差し伸べるし落ちそうやったら落ちへんようにしたげるから」


「コハルありがとう。俺はほんまにコハルに救われてるわ。俺の女神さまや。ナンマンダブナンマンダブ」


「シン。女神と仏さんに違いがあるけど敬われてるわけやね」


「そうやな。コハル様やな」


「シンそうやで。だから頑張って行ってき」


「うん」


当日シンは無茶苦茶早起きした。


そして新大阪に一時間前に着くように出かけて行った。


やっぱり不安なのは解消できてなかったみたいやな。


でもなんやかんや言いながらも行動できるのはええことやと思う。


私は温かく見守ることしか出来へんから。


シン頑張って来てや。


ほんで帰ってきたら抱っこしてや。


昨夜もたくさんしたけれど帰ってきたらまたたくさんするからね。


元気で帰って来てや。


「ママ、最近父さんあちゃらこちゃらに出かけてるみたいやけどなんかしてるの?」


「うん。父さんの勤め先で新しいことを始めるのに父さんが選ばれたんやて。その新しい事の準備に走り回ってるねん」


「そうなんや。父さん忙しいねんな」「そうやな。ちょいちょい泊りもあるし体壊さんようにしてあげなあかん」


「ママが居ったらだいじょうぶやろ」「詩。そない思うか」「思うで。父さんはママが居るから頑張ってるしママの言う事なんでも聞くもんな」


「まあそうやな」「父さんのええ所はママを完全に信頼してるところや。

体にええからと激ニガのサプリでも涙流しながら文句も言わんと飲みよるからな」


「詩、それはまるでママが父さんをいじめてるみたいな言い方やな」


「違う違う。父さんは多分嫌やなと思っててもそれを言わんとママの言うとおりにするのがすごいと思うねん」


「それってだから父さんはほんまはイヤやけど言われへんという事か?」


「多分明らかに毒やと判ってても父さんはママが飲んでと言ったら飲むと思う。

つまりやな、ママは父さんの事一生懸命考えて父さんの身体の事を考えて色々試してるわけやん。

父さんはそれがわかってるねん。だからたとえそれが毒でもママが体にええからと父さんに飲んでと言ったら父さんは飲むねん」


「そうやな」


「だからママが悪い気持ちを持たんと父さんの体調管理をしている限りは大丈夫やと言いたいねん」


「詩!そない思うか?」


「思うよ。だってママは父さんのこと愛してるしいつまでも元気でいてほしいのやろ?」


「そうやで。詩にそれがわかるんか?」


「わかる。だから父さんは体を壊したりせえへんと思う」


「詩、今日は詩の好きな焼き肉にするか?」


「ええっ。ママほんまに!」


「そうや。焼き肉にしよう。父さん居らんけど今日は特別や」


「ママありがとう」


「よっしゃ早速お肉買いに行くで。一緒に行くか」「うん」


その晩、皆でお肉を堪能した。 寝る前にシンに電話した。


「シン。シンが帰ってきたらまた焼肉にするから今日は許してな。詩に褒められてん。それがすごくうれしかったんや」


「そうか。詩もうまいこと言いよるもんやな」


「シン、でも嫌やったら言うてほしい。無理することはあれへんのやから」


「イヤイヤ、コハルが俺の身体の事を考えて用意してくれたものをアカンとは言われへんやん」


「シン、それは私の事好きやからという事もあるんやろか」


「そらそうやで。嫌いな人から勧められても絶対に口にせえへんやろ」


「それもそうやな。シンが愛してくれてるねんな」


「そうやな。早く帰りたいな」「早く帰っておいで」


「仕事が終わったらな」「うん。ほんで今日は予定通りに到着したん?」


「うん。コハルが調べてくれた通りに行ったら何の問題もなかった。ほんまにありがとう」


「シン、多分やけど私が居らんでも自分で調べていけたと思うよ」


「そんなことないよ。コハルのおかげやで」


「シン早く抱っこしてほしいな」


「そうやな。コハルを抱きたいな」「シン。浮気はアカンで」


「当たり前や」「シン愛してる」「コハル、俺も愛してるよ」


「シン、会いたいねん」「俺も会いたい」「シン、寂しいよ」


「コハル、明日の夜には帰ってるんやから。ちょっとだけ我慢しよう」


「うん」「コハルそろそろ寝るわ」「うん」 


「シン、もしかして今その部屋に女の人が居る?」


「なんでわかったんや?」「シン!!!」


「嘘やで。俺一人やで」「シン、冗談でも胸がキュッとなるわ」


「ごめん。もしもってこともないからな。俺はコハル以外の人とはしたくないし」


「うん」


「なんやおかしな方向に話が行ったな」


「そうやな。シンが居らんからやで」「明日には帰るからな」


「うん、待ってます」「うん」「じゃあおやすみ」「おやすみ。チュッ」


翌日はホテルからタクシーで研修先に向かった。


そして作業服に着替えて機械の操作や注意点を習った。


お昼前に研修が終わり社長さんが挨拶に来てくれた。


何と同い年だった。


生まれ落ちた親が違えば境遇も大きく変わるものだ。


彼には彼なりの苦労があるだろう。


周りの重役さんたちは皆自分のお父さんくらいの人たちばかりだからだ。


同い年という共通点に親しみを感じながら一通りの話をした後タクシーが到着したとのことで僕は席を立った。


「また来てください。大阪に行ったとき私も鴨居さんを訪ねます」


「はい、ぜひ。よろしくお願いします」固い握手を交わした。


えらい人なのに腰が低い。


社長を筆頭に重役さんたちが見送ってくれた。


タクシーの運転手さんは女性の方であの会社さんからは名指しで指名していただけるのでとてもありがたいですというお話を聞いた。


 僕はめったにタクシーに乗ることは無いのだけれどコハルと坂本さんのような感じで気に入った運転手さんと個別に連絡を取り合い運んでもらうという事も割と普通に行われているのだなと思った。


やはり客商売はどれだけのファンを作るかで売り上げに大きく影響が出る。


不況下でも稼げている運転手さんはそれなりの努力をされているのだと思う。


駅に着いた。タクシーチケットを渡した。


正直使い方を知らなかったので、そのまま渡した。


ゆふいんの森という特急列車に乗る。


観光列車で景色がよく見える。コハルと来たいと思った。


もちろん子供たちも一緒に。のんびりと旅をしたいなと思った。


久留米の駅でお土産を買う。


お父さんにはお酒を。みんなには久留米やけど博多の女を買った。


 コハルには駅の中で見かけたアクセサリー屋さんで一粒真珠のネックレスを買った。


シンプルできれいだ。コハルの喜ぶ顔が楽しみだ。


大阪駅に到着後、阪急梅田まで歩いていく。


電車に不慣れな僕もこれくらいは何とかわかる。


しかしこの時間はものすごい人でごった返している。毎日こんな状態の通勤だったらきっと嫌になるだろうと思いながら阪急電車に乗った。


茨木市駅までは約二十分くらいだ。


後は徒歩で十分弱。


玄関のピンポンを押した。


「はーい」ドアが開くとコハルが満面の笑みで迎えてくれた。


玄関に入るとすぐに抱き着いてキスをした。


「ただいまコハル。これはまるで新婚さんみたいな出迎え方や」


「シン。私はいつでも新婚さんの気分やで」


「そうか。うれしいやん。コハル、会いたかったで」「私も。おかえり」「うん」


手を洗いリビングに入るとお父さん、お母さん、詩や花も待っていてくれた。


「ただいま」「父さんお帰り」「シンさんお疲れ様」「父さんおかえりー」花が抱き着いてきた。


「花はお父さんっ子やね」「花、寂しかったんか?」


「そんなことあるわけないやん」


「えっ。でも今抱き着いてるやん」


「全然さみしくもなかったし会いたくもなかったけど、父さんの事嫌いやから」


「花、なんやおかしな遊びをはじめたんか?」「父さんよくわかったね」


「言うてることが反対になってるやん」「今学校ではやってるねん」「そうなんや」


「父さんも花が大嫌いやで」そう言いながらギューッと抱きしめた。


「父さん苦しくないで。止めんといて」「花、こんがらかるからもうやめようや」


「うん。父さん大好き」「ありがとう」


「ただいま。これみんなで食べてや」「博多の女や」「おんなやのうてひとやで」


「そうなんや。うまいんやろか」「食べて見らんとわからんな」「食べようやぁ」


「ママに分けてもらいや。お父さんにはお酒を買ってきました」


「おお、シンさんありがとう。重たいのに」


「いえいえ、スーツケースに入れるだけなんで」


「ありがとうございます。ゆっくり味わいます」「どうぞ」


「シン、お風呂入るか?」


「そうやな入ってくるわ」「うん」


お風呂から上がると夕ご飯の支度が出来ていた。


「コハルありがとう」「さあたんと召し上がれ」「うん。ありがとう」


「父さんどこに行ってたの」


「九州やな。その中の福岡県。さらに言うと久留米市の近くやな」「そうなんや」


「何しに行ってたん」「うん。ねじを作る機械の使い方を教わって来たんや」


「そうなんや」「うん」「ほんでわかったん?」


「そらだいたいはな」「そうなんや」


「父さんも教わらんとわからんことってあるんやな」


「そらそうや。何でも知ってるわけやないからな」


「うん。父さんは今までヒト相手のお仕事やったけど今度は違うの」


「まあそうやな。今までは営業やったけど今度からは工員になるのかな」


「工員って?」「うん、工場内で機械を使って物を作る人のことを言うねん」


「そうなんや。父さんの年になっても新しいことを覚えなあかんのやな」


「そうやな。生きている間はそれの繰り返しや。でも時々面倒やなってスルーしてしまうこともあるけどわずかでも興味を持ったら調べるべきやと思うな。

それも考えることの訓練になるんやで」


「父さんもたいへんやな」


「まあそうやけどどないした」


「父さん、最近物覚えが悪くなってきたんやって言ってたやん。だから」


「ああ、そこを突っ込まれるか」笑 


「確かに年を取ると覚えるのに時間がかかるな。でもほんまにもっと若いときに比べたらの話やし、自分の興味のあることとそんなに興味のない事では覚える早さは全然違うわな。花も漢字は苦手やけど算数の公式とかはすぐに覚えるやん」


「そうやな。算数は得意やけど国語とかは苦手やもんな」


「詩は割と何でもこなせるけど苦手なもんってあるんかいな?」


「父さん僕は英語が苦手やねん」


「そうか。でも詩、父さんが子供の頃に習った英語も今の英語もそんなに大きくは違わんと思うけど学校で習う英語は正直あんまり役には立たんと思う」


「えっそうなん?」「そうや。だからみな英会話教室とかに行くんや。しかも外国人の講師が居るところがええ」


「そうなんや」「日本の人が講師でも英語ペラペラの人もおるやろうけど当たりはずれがあるからな」


「そうなんや」


「要は相手とコミュニケーションをとるための手段やのに学校教育に組み込んだことで成績という評価をせなあかんようになってるんや。

実際に伝わったらええと思うけどそこからさらにこうでないとだめとか、いろいろがんじがらめの文章になってるねん。

実際に話するときって日本語でもいろんな言い方があるやん」「うん」


「その色んな言い方を教えたらええのに正解か間違いかの評価を英語を理解してない先生がするからおかしいのと違うかなと父さんは思ってるねん」


「そうなんや」「だからな。学校で習う英語がわかってもや、悲しいことに実際の会話の時に通じなくても仕方がないと思う」


「それよりも今は単語をたくさん覚えるこっちゃ」「うん」


「さあシン。早く食べて寝らんと夜が明けてしまうで」


「そうやな。えらい長い事、話してしもうたな」


「シンさんそろそろわしらは寝るわ」


「お父さんお母さん、えらい遅くまですみません。おやすみなさい」「お休み」


「シンさんお休み」「お母さんおやすみなさい」


「さあ、詩と花も寝らんとあかんで」「うん。そろそろ部屋に行くわ」


「うん、詩お休み」「父さん、ママお休み」


「お兄ちゃんおやすみ」「花お休み」


「さあ、花はママとお部屋に行こうか」


「うん。父さんお休み」「お休み、また明日や」「うん」


しばらくするとコハルが戻ってきた。


「たった一日居らんだけでみんな寂しそうにしてたで」


「そうか」「シン私も寂しかってんで」「それは俺もやで」


「コハル。これ駅ナカのお店で見つけたんやけど」


「シン何々?開けてもええの?」「うん」


「わぁ。シン。ネックレスやん」


「うん。ぱっと見つけたときにコハルの顔が浮かんだんや。似合うと思ってちょっと高かったけど」


「シンありがとう」「コハルの笑顔がうれしいわ。ずっと見ていたい」


「シン。うれしいな。私の事愛してるやろ。好きで好きでたまらんやろ」


「そうやな。コハルの事が大好きやな」「シンー」


「コハル、ちょっと待って。部屋に行こう」「そうやな」


たった一日居らんだけでこんなにも求められるなんて。コハルも俺もお互いに居らんとあかん存在なんやなと思った。


コハルと出会ってもう十何年もたつけれどいつまでもこんな気持ちでいられたらええな。


部屋に戻ると早速抱き合った。言葉もなくキスをする。


「コハル。色っぽい目になってるで」「シン。早くほしい」


「うん。もう脱いじゃうか」「うん」


二人とも脱ぎ始めた。コハルがパンティ一を脱ぎ始めたときに抱きしめた。


「アン。シン」「コハル。色っぽいな。この最後の一枚を脱ぐシーンが最高や」


「シンもう一回はきなおそか?」


「そんなんいらん。もうこのまま進めるで」


「シン。すてき」「コハルもな」


とても人には見せられない、あられもない姿でシンに愛されている。


見せることは絶対にないけれど。


シンの成すがままになっている私はもう頭の中が真っ白になっている。


何度も何度も行かされて夢の中にいる。いつの間にか眠ってしまったようだ。


シンが私の胸に顔をうずめて眠っている。


こんなにも愛おしい存在があるのだろうか。


少し眠ったせいで体力が回復している。


でも今日はもう寝ようっと。



工場が立ちあがり生産も順調だ。


二年ほどたったある日、本社に呼ばれた。


ちなみにこの春、詩は中学生になった。


「鴨居君。工場と本社を一つにまとめようと思うんや」


「そうなんですか」「今から一緒に見に行ってほしいねん」


「今からですか」「うん。そんなに離れてないから」


社長の車に乗ってその建物に向かう。


「もともと電子部品を作ってるメーカーさんが建てたものやけど手狭になって引っ越したらしい。そのあとトランス屋さんの本社兼工場になったけど倒産して今は銀行が管理してるんや」


「そうなんですか」


「その銀行がうちに競売に参加しませんかと声をかけてきたんや」


「それで社長がその気になったわけですね」


「うん。一度見せてもらったけどここならええかなと思ってな」


「社長がそない言わはるという事はもう入札するという事ですよね」


「そうやな」「僕が見て反対したらどうするんですか?」


「まあ入札するやろな」「ですよね」


そしてその建物を見せてもらった。


「社長、これは申し訳ないけど工場として使うには天井が低すぎますよ」


「そうか?」「クレーンとか付けられないじゃないですか」


「そうなんか」「これは僕はちょっと難しいと思いますよ」


「君の意見はわかった。ありがとう」


もう競売に参加すると決めているようだ。 


なおかつ落札金額もある程度落とせるラインを聞いた上での競売参加なので銀行との間で話はまとまっているのだろう。


その頃営業時代から乗っていた車の車検があった。


正直このディーラーでの車検は本当に気分が悪かった。


何故か。会社の営業車として購入しずっとそれで点検をお願いしてきたのに

ある時期から方針が変わったとかで車検後すぐに支払いをお願いしたいと言ってきたのだ。


経理と相談したが会社は締め日と支払日が決まっているのでそれは出来ないという。


ディーラーはディーラーで会社の方針が変わって申し訳ないという。


経理は出来ることを僕に出来ないと言い、ディーラーは法人客との取引なのに締め日支払日を変えてくれという。


僕にしたらどちらもおかしいのだが両方折れない以上経理に折れてもらうことにした。


言うことを言って聞き入れてもらえないのだから仕方がない。


しかしその後がひどかった。


支払日を仮に7月31日としたときその日の朝一から僕の携帯電話にディーラーから電話が入る。


正直こいつらあほかと思ったのだが「まだ振込されてません」という電話がかかってきたのだ。


「そりゃ当たり前でしょう。仮に朝一に振り込んでもそんなにすぐには入金されないでしょう」


「それじゃ困るんですわ」


「そんなん言われても俺が困るわ。経理に指示してお宅らの望み通りに今日支払するんやから。時間まで指定された覚えはないけどな。今日一杯待っとけや」


箕面にあるホンダ直営のディーラーだ。


お前の所からは二度と買わない。 本当に気分が悪かった。


後日僕の営業車はトラックに代わった。


お金が絡むことにはかかわらないほうが良いのだと学習した。


それからしばらくして落札したという連絡が入った。


やれやれ、引っ越しするの大変やん。


工場俺一人やで。


結局生産しながら引っ越しの準備を進めた。


引っ越しのトラックが来る二日前には家に帰ることができなかった。


そして一日前も結局日付が変わってから家に帰った。


「シン、おかえり」


「ただいま。ほんま疲れたわ」


「シンしっかりするんや!」


「なーんてな。大丈夫やけどほんま誰も手伝いにこうへんわ。しゃあないねんけど」


「なかなかひどいな。シンが倒れたら私がシバキに行かなあかん」


「コハル、その気持ちだけもらっとくわ。何とか間に合ったから。明日朝10:00にトラックが来るからまた八時くらいには行っとくわ」


「シン毎日お疲れさまや」


「うん。コハルに癒してもらわなあかんねん」


「うん。昨日は帰ってこうへんかったし、シンもとうとう無断外泊をするようになっちゃったなって思ったよ」


「コハル。ちゃんと言うたで。工場に泊まるって。コハルも何回も来てるやん」


「そうやな。ちょっと言うてみただけや」


「それよりもコハル。遅くまで起きててくれてすまんな」


「シン。大丈夫や。疲れた旦那様を迎えて癒すのが妻である私の役目やさかいに」


「そうか。でも今日はほどほどにしような。明日も朝早いからな」


「旦那様、そのようなことを申されては困りまする。私はもうあれをしてこれをしてなんて色々と考えているのでござりまする」


「コハル。落ち着いたらちゃんとしよう。もうみんな寝てるやろ。そうっとご飯食べてお風呂入ってそうっとエッチなことして寝ようや」


「そうやな。そうっとしよう」笑 


ご飯を食べた後洗い物を二人でしてコハルと二人で部屋に帰った。


今日はそうっとする事にしている。


「シン、そうっとするってどんな感じなんやろか」


「コハル。まあ任せて」


「うん」


「シン今日はなんだかじわじわ来るな」


「そうやな。コハルが叫ばんようにしやなあかんからな」


「シン、私そんなに叫んでないよ」


「それはコハルが知らんだけやねん」


「ええっ。嘘っ」


「嘘嘘。コハル冗談やで」


「もうシン!怖いわ。叫んでるのわからんってどんだけやのって思ったわ」


「うん。もう没頭するで」


「シン。ンンッ」


コハルの顔を見ながら揺れていた。


コハルは口を真一文字に結んで耐えている。


「コハル、いつ行ってもええんやで」


「シン、このこらえてこらえての後がええねん」


「コハルがかわいいわ」


「アーーーーッ」


コハルが震えている。


本当にかわいい。


「コハル、そろそろ俺もやで」


「シン。来てっ」


「うん」


朝になった。


ぐっすり眠れた。目覚めが気持ちいい。


「シン、おはよう」


「うん。おはよう」


「シン、昨夜私何時寝たか覚えて無いねん」


「そうなんや。静かに行きまくった我妻よ」


「シン。昨夜のはいつもと違ったのやろか」


「うん。違ったな。何が違うのかはしばらく内緒にするけどな」


「シン。なんで内緒なん」


「わからんけどってのが結構上昇気流に乗りやすいねん」


「そうなん?」


「うん。まあでも物足りひんかったら教えてや。頑張るさかいに」


「シン、好き好き」チュッ。


今日は工場の引っ越しだ。


八時には工場に入って準備を始めた。


トラックで運ぶものと営業車で運ぶものを確認した。


小さなものでまとまりそうなものはさらに大きな箱に入れて

箱には内容物の名前や置く場所を書いて表示しておく。


「だいたいこんなもんやな。この工場でもう三年もおったんやな」


以前は隣の総菜屋が工場の出入り口に軽トラを止めるので迷惑していた。


「姉さん!そこはアカンやろ」


むすっとした顔で軽トラに戻る。


うちの会社が入居した際には菓子折りをもって挨拶に行った。


しかし入り口で顔を合わせても会釈一つしない責任者だった。


まあこんな人も世の中にはいる。


最悪だったのはこの総菜屋は人の迷惑を考えない。神戸に本社がある総菜屋だ。


責任者にも何度か苦情を入れたが改善しない。


挨拶一つできない人間が責任者なのだから当然か。


でも変に親しくなってしまうと苦情も入れにくいのでその辺りはやりやすかった。


どう思われてもかまわなかったから。


なかなか改善されないので工場の出入り口に車を停められるたびに写真を撮りそれをアルバム形式にまとめた。


そして総菜屋の責任者に話し合いを求めた。


「そもそも車を停めるスペースが足りてない。

ここに停められると業務妨害や。自分の所の工場やのにお宅の車が停められてしまうことでなんで俺がわざわざどけてくれって言いに行かなあかんのや。

この画像見てもらったらわかる通り他所の工場前に迷惑かけてまで駐車違反せな業務が出来へんのやったらそもそもの業務がおかしいのと違うのか?しかも毎日やで。 ほんで何回言うても改善されへんのはお宅俺の事なめとるんか?」


「・・・」


その時一台の軽トラが帰って来た。


「ほれ見てみいや。俺がおるにもかかわらず停めよるやん。なんでや? お宅があの車から降りてきた人にどんな注意をするんか見せてもらうわ」


「あー。そこはアカンって言うてるやろ!」


「車停めるとこないんで」「じゃあスペースがあくまで待っとかなあかんで」


「じゃあ空きができるまで走っとかなあかんのですか?」「そうや」


「お宅おかしいな。あんな受け答えしている時点で停めたらあかんって徹底されてないやん。次から停めてる写真一枚につき1000円もらおうか、一日一万円以上になるやろな」


「それは困ります」「改善策を本社と決めて文書にしてもってこい。俺ももう一年も辛抱したんや。この先まだ我慢させるつもりか!」


「すみません」


「そのすみませんもあほほど聞いた。なんも変わってへん」「すみません」


隣近所のよしみで最初の半年は工場の入り口をふさいで駐車している軽トラに限って注意していた。


こっちも迷惑かけることがあるかもしれんと思って優しく言っていたけれど何の効果もないようだった。


しかしうちに大型の荷物を納品に来たトラックが車を入れられへんのでどけてほしいと言いに行ったらいつまで経ってもどけてくれなかったので、最終的にはその事務所の入り口を開けて大声で怒鳴った。


「ええ加減にせんかい!コラ。お前らの軽トラが邪魔でトラックが入られへんのや。さっさとどけんかい。責任者出てこい。見て見ろこの状況を。周りに迷惑かけてるのがありありとわかるやろ!」


わらわらと配達のおばちゃんお姉さんが飛び出してきて軽トラに飛び乗った。みな頭を下げながら走り去った。どこに行ったのかはわからない。


トラックの荷降ろしが終わって帰って行った後も、その場所に腕を組んで立っていた。


そもそも他所の工場の前やら家の前やらに駐車しないと業務が出来へんのやったらその業務はアカンと思うけどどうなんやろか。


その総菜屋の前に一台、また一台と軽トラが止まっていく。そしてうちの工場の前に止めようとしたものの俺が仁王立ちで見張っているので停められずに走っていく。五分くらいしてからまた戻ってくる。それを一時間ほど工場前で立って眺めていた。


「こいつらあかんわ」


総菜屋の責任者に出てきてもらった。


「お宅、ここにずっと立って停めようとしたら停めるなって注意してくれや。俺もうここで一時間ほどたってるけど俺が居ったら停めよらへんねん。せやけど俺も仕事があるからいつまでも立ってられへんのや。だからお宅が立って停めるな言うてくれや」


「すみません。それは出来ません」


「なあ、それやったら駐車場借りるとか考えろや」


「本社と話します」


「一つ聞いてええか?」「はい」


「隣の隣の鉄工所の前は何で停めへんのや?」


「それは・・・」


「Tシャツから墨がのぞいとるのが居るからやろ。言うとくけど知り合いやからな」


「・・・」


「俺んところはややこしないから別にええってことか?」


「・・・」


「ほんまくずの考え方やな。怖い人が居るから遠慮して、一般ピーボーやったら別にええってことかいな?」


「そんな会社いらんのと違うか? 銭儲けするために迷惑かけてもええやなんて信じられへんで。人が生きてたら多少なりとも迷惑かけることもあるわいな。

せやけどその迷惑かけることもありきで仕事してる会社ってこの世にいらんような気がするけどな。他にも似たような会社あるやろ。そこに全部任せたらええねん。

どうせ他所の営業所でも周りに車停めて迷惑かけとるんやろと思うな、俺は。でもこれは言い過ぎか」


「すみません」


「すみませんって、否定せえへんのは他所でも同じ状況ってこと?」


「すみません」


正直この人に何を言ってもアカンと思っていた。


でも少しづつ改善はされつつあったのであまり言わなくしていた。工場の出入り口をふさぐことは無くなっていたから。


それからしばらくして向かいのガラガラの駐車場に軽トラが止まるようになった。


どうやら契約をしたようだ。苦情を言う側もそれなりのエネルギーが必要だ。


そしてそれが何の改善も見られなければどんどんエスカレートしてしまう。


法に触れることはしないけれど結構過激なことも考えてしまうものだ。


何回言っても改善されへんのは俺の事舐めとるんやろか?と思ってしまう。 


そう思うとだめなことはわかっているし改善策を考えた場合にお金がかかるのは間違いのない事なので、その担当者もわざわざコストを上げるようなことを本社にも言いづらいであろうと思う。


しかし迷惑をこうむっているのは確かな事なので言わないわけにはいかないのだ。


そうこうしているうちに引っ越しのトラックがやってきた。


最初は工作機械を運ぶトラックだった。


大型の工作機械が乗せられて運ばれて行く。


大型の機械が据え付けられるのは明日の昼からになっている。


今日は運んですぐに下せるものばかりだ。


数台のトラックがやってきて大型の機械は積み込みを終えていったん車庫に帰る。


午前中で小物の積み込みを終えて昼から引っ越し先に向かう。


そして新しい会社に来てみたものの車が入られへん。


近くの家電量販店に停めて歩いて戻ってきた。


なんやかんやで三十分かかる。


それから機械の据え付け場所のマーキングをして、小物類の整理をして、会社の中を一通り確認していった。


電気のブレーカーは適所に設置されているけれどエアーの配管が出来ていない。


「社長、エアーの配管が無いですけど?」


「えっ。そんなのいるの」


「いりますよ。エアーもないと機械が動きません」


「鴨居君悪いけどちょっと探して手配してくれへんかな」


「いいですけど時間かかりますよ。」


「それは仕方が無い。頼むわ」


「わかりました」


約二週間後に工事に来てもらえることになった。


それまではエアーチューブで簡易的に機械につなげて置いて運転するしかない。


NC旋盤などの据え付けは旋盤の軸と給材機の軸を合わせる必要がある。


エアーがないとエアーが来ていませんよというエラーが出て動かすことが出来ないのだ。


色々なトラブルがありながらもなんとか運転できるまでにこぎ着けて

あとは品質をチェックするだけになった。


今後は旧本社で採用になっていた人たちと顔を頻繁に合わせることになる。


そして様様な問題も浮き彫りになってくる。


新しい本社では女性のいる検査部に対してそれを補佐する男性社員が一名いた。


身長190cm体重150kgの巨漢だ。


割とハキハキして好印象の青年だったのだが自分の意見を言い過ぎて皆に嫌われ始めた。 


そして人にするなと言ったことを自分がやっていることに気が付いていないのだろうか。


それを僕に言いに来る女性が何名かいた。


放置すると大きな問題になる。


それまでにその青年からこんなことを注意しましたとか、こういうところが気になっていますとかの話を聞いていたので女性からの話にある矛盾がないかどうかを観察することにした。


定時内での青年の動向。残業時の青年の動向。


すると、検査時に私語をしていた女性に対して注意をしていた。


ほんのわずかな時間の事である。


またラジオを聞きながらの作業に対してクレームをつけた。


他の女性に同意を得て聞いているにもかかわらずだ。


取りあえずその二点について注意をすることにした。


「自分さっきあの人に注意してたけど自分は注意する立場にないで」


「はぁ。そうなんですか?」


「そうやで。まず仕事中の私語はウチは明確に禁止してないしそんな仕事に支障があるほどは見ていて無かったと思うけど」


「でもあまり良くないかなと思いまして」


「自分も俺と私語してるやん。それはええのか?」


「鴨居さんが相手ならいいと思います」


「それはおかしいで。俺も仕事以外の事を誰かと話すことがある。自分もそうや。自分が出来へんことを人に言うな。しかもそんな権限もあれへんのやから」


「でも社長から検査の事は君に任すと言われていますので」


「検査の内容の事やろ! 検査の人のことまでは含まれてないやろ。社長に確認したか?」


「いえ、していません」


「はっきり言うけど自分が気に入らんからと言ってそんなことを言い出すと職場の雰囲気が悪くなるのや」


「はぁ」


「皆さんに楽しく働いてもらう。その為にはコミュニケーションってすごく大事やと思う。仕事に支障がないのならそれは許容されるべきやと俺は思う」


「はぁ」


「もし手が止まって話続けられたことで出荷が間に合わんとか、その話する人が特別不良品の見逃しが多いとかであれば考えなあかんけど気になるんやったら直に注意する前に俺に相談してくれ。君が直に言うと君がただ嫌われてしまってその後の指示に従ってもらわれへんとか変な風になってしまうのもかなわんから」


「はい。わかりました」


「ほんでもう一つ。職場のラジオは女性陣が話し合って了解されている事やからそのことについて君が口をはさむことは無い」


「はぁ」


「自分も残業中人がおらん時に音楽聞きながら仕事してるやん。それは良くて、何で女性のラジオはあかんのや?」


「・・・」


「自分の基準でいい悪い決めるのは勝手やけどそれを口にするのかどうかは別の話や。しかも自分はええけど人はアカンってどんな基準やねん」


「・・・」


「おかしいと思えへんか?」


「おかしいです」


「そうやろ。だからもういらんことは言うな。まず相談や。わかった?」


「はい」


「社長も君に期待してるんやから訳の分からんことを言うたらあかんで」


「はい。以後気を付けます」


「頼むわ」


「はい」


これで当分はおとなしくなると思っていたのだが期待はあっさりと外れた。


「鴨居さんちょっとお話が」


「ハイなんでしょう?」


「あのね、以前あの人と倉庫で二人きりになってしまって」


「はい」


「その時にね、付き合っている人はいるのかって聞かれたんです」


「はい」


「彼氏いますよって言ったんでそれでいったん引き下がったんです」


「はい」


「そして昨日また二人きりになってしまったんです」


「はい」


「その時にどっか遊びに行かへんって誘われたんですけど断ったんですよ」


「はい」


「ええやん彼氏おっても。ちょっと遊びに行くだけやんって言われたんです」


「はい」(あのクソボケがなにしとんねん)


「それでもお断りしますって断ったんです」


「はい」


「それから今朝なんですけど考えてくれた?って聞かれたんです」


「はい」


「何のことですかって聞き返したらデートの事って言われたんです」


「それで私切れてしまって」


「切れましたか」


「はい。断っとるやん。お前にどない言うたらわかるんやって言うたんです」


「ほう」


「そしたらモゴモゴ何言ってるかわからなかったんですけどそんなに怒ること無いやんって言われて」


「はい」


「それでまた腹が立って、お前がしつこいからやんけって言いました。確実にびびってましたね」笑


「素晴らしい。」


「ほんまにそない思いますか」


「はい。思いますよ。よく言ってくれたと思います。でもこれって問題ですね。あなたが迷惑しているのに」


「そうなんです」


「ちょっと相談します。結果はまたお知らせします。ちなみにこの事は他の方はご存知ですか?」


「はい。気持ち悪かったんで皆に話してます」


「そうですか。他の人でこのようなこと言われた人はいてるんでしょうかね?」


「それはわかりませんけど聞いてみましょうか?」


「お願いできますか」


「はい」


僕はすぐに社長に話した。


そして彼と女性が二人きりにならないように見張ることになった。


めんどくさい話やけど対応は必要だ。


そして相談のあった女性からもう一人、違う言い方で冗談風に言われたという人がいてますという話しが出てきた。


「そうですか。どんなふうに言われたんでしょうか?」


「話聞いてみますか?」


「はい。お願いします」



「すみませんお手を取らせてしまって」


「いえいえ」


「どんな感じで声を掛けられたんですか」


「倉庫で商品の移動をしている所に来られたんです」


「はい。倉庫なんですね」


「はい。後ろからですね、抱きついてもいいですかって言われたんです」


「それは嫌ですね」


「そうなんです。気持ちわるって思って、大きな声で冗談でしょーって返したんです」


「すると?」


「冗談ですって返ってきました」


「そうなんですね。他には?」


「他はないですけど警戒しちゃいますよね」


「そうですね。ちょっと相手が大きいだけに怖いですね」


「鴨居さんあいつは結構気が小さいですよ。だから大きな声できつい目に話したらかなり引きますよ」


「そうなんですね。すみません。ありがとうございます。この件はちょっと相談の上対処しますので少しお時間ください」


「わかりました。よろしくお願いします」


「という訳で社長。 エスカレートする可能性もあるので一発解雇のパターンかなと思います」


「そうなんかな」


「社長、社長にその気がなくても仮に彼がそっちの人で社長が狙われたらどうしますねん。彼の体格なら抵抗も何も出来へんのと違いますか。

ましてや女性ですよ。意図せず二人きりになってしまってそんなこと言われたら恐怖でしかないと思いますけど」


「そない言われたらそうやな。ちょっと話聞いてみるか。でもこれはアカン奴やもんな」


「そうです。恋愛とは違いますから」


「うん。わかった。考えるわ」


「はい、お願いします」



「ただいま」


「シンおかえり」チュッ。


「今日も疲れたわ。変な話もあったしな」


「シン何かあったの?」


「うん。セクハラや」


「セクハラ!? シンがか?」


「なんでやねん。噛んだろか!」


「シンなんでやねん。なんで噛まれるねん」笑


「コハル一筋のこの俺が他の女にちょっかい掛けるやなんてあり得へん話や。

ええい。そこになおれ。お前のお尻を噛んでやる!」


「シンお願い。噛んで」


「コハルには負けるわ」


「へへへ。また夜に噛んでもらおう」


「甘噛みやで」


「うん。痛くないように噛んでな」


「うん。帰って早々すごい話や」


「そうやな。ほんで何の話や?」


「セクハラの話や」


「シン部屋に帰ってから聞くわ」


「そうやな」


手を洗ってリビングに入った。


「ただいま」


「おかえりなさい」


「シンさんお疲れ様」


「お父さんただいま。やれやれ。工場にいたときは製造の事だけ考えたらよかったんですけど他に人がいるとなんやかんやトラブルがありますね」


「そうやな。人が集まるとトラブルが起こりやすい。それは新しい組織ほど起こりやすい」


「組織としては新しいわけでは無いんですけど」


「同じメンバーで時間が経ってくると落ち着くんやけど、普段いない人がいつもいる状況になるとなじむまでが結構ぎくしゃくしたりするもんやと思うで」


「そうなんですかね。ちょっと深刻な感じもするトラブルなんで社長に報告して回答待ちです」


「まあ何やらよくわからんけど誰かと相談しながら対応することやろね。一人で抱えるのが一番アカンと思うな」


「そうですね。僕もその辺りは心掛けています」


「さすがシンさんや。よくわかってるわ」


「ありがとうございます」


晩御飯をいただいた後コハルと二人で洗い物をした。


「お母さんお風呂どうぞ」


「あらっ。ありがとう」


「どういたしまして」


「さあ子供たちよ。眠りにつくのだ」


「はーい」「父さん、ママお休み」


「お休み」


お父さんも子供たちも部屋に引き上げた。


「シンごめんね。疲れてるのに」


「大丈夫やで。家事は家事で大変や言うのはわかってるからな。二人でやったら早く終わるやん」


「うん。早く終わったらお楽しみがあるからうれしいねん」


「コハル、もしかして噛んでもらいたがってるの?」


「うん。シンがそない言うた時にちょっとゾクッとしたんやで」


「そうなんや。それは怖さで?それともエッチな期待から?」


「シン判ってるやんか」


「そうやな。そっちか」


「うん」


「じゃあどんなふうに噛むか考えとくわ」


「うん。甘噛みでね」


「うん。コハルなんかこんなになってるわ」


「シンすごいやん」チョン。


「コハルアカンてここでは」


「そうやな。ちょっと我を忘れてたわ」


「うん。気を付けなあかんで」


「うん」


「はー。ええお湯やったわ。シンさんコハルお先」


「今日も暑かったですよね」


「そうやね。暑かったけど私はクーラーの部屋で一日居るから大丈夫やねん」


「ああ、そうですね」


「さあ寝るわね」


「はい。おやすみなさい」


「おやすみ」


「やっぱり二人で手分けしたら早く終わるな。さあコハル。部屋に帰ろう」


「うん。帰ろう」


手をつないで階段を上がり部屋に入ると同時に抱き合う。


チュッ。チュッ。


「シン、一緒に入ろうか」


「そうやな」


二人でシャワーを浴びてベッドに入った。


「シン。うん。ハァン。アン」


「コハル色っぽいで」


「シン。気持ちいいい」


「うん。やっぱり噛むのならお尻かな?」


「アン、シン」


それから私たちはあんなことをしたり、こんなことをしたりして二人で楽しんだ。


終わった後シンに抱かれながら話をした。


「シン、良かった」


「そうか。いつになく感じてたな」


「うん。今度からたまに甘噛みしてな」


「うん。わかった」


「ほんでシン、もう眠いかもしれんけど会社であったセクハラってどんなん?」


「二十五歳の身長190cm体重150kgの社員が若いパートさんにデートしてくれって何度か声かけて、四十過ぎのパートさんに後ろから抱き着いてもいいですかとかそんなことを言いよったんやわ」


「そうなんや。でもちょっとやばいね。まだ二人やけど複数に声をかけるんは恋愛じゃないもんな。もう欲望があふれ出てきてるんや。笑 シンの職場の女性ってその部門に固まってるんやったっけ」


「そうやな。だから何かあると情報はすぐに伝わる。女性からしたら危ない奴という認識が出来るな。まだなんか男前でかっこよくて人気があってとかなら違うんやろけど全然そんなことないし大きすぎるというか太り過ぎでそんな対象ではないというのが正直な所なんやろな」


「前にトントロ買ってきてくれた子やね」


「そうやな」


「あのトントロが大好物って言うのだったらもう太っても不思議ではないと思うな」


「そうやな。俺あの時初めて食べたけどもういらんって思ったからな」笑


「でもシン、150kgってたいがいやな」


「そうやな。ブレーキ掛けられへんかったんやろな」


「ほんでどうするん?」


「社長には話したから、誰かに相談してどうするか決めるんと違うやろか」


「そうなんや」


「うん。多分あかんと思う。警戒されたらもう一緒には働かれへんし、小さな会社やから配置転換してもしょっちゅう会うからな」


「そうやろな。難しいな。仕事は出来たんやろか?」


「可もなく不可もなくやな。個人的な基準がまだ先走る感じやから多少そのことで嫌われてたしな」


「どんな事?」


「ラジオ聞きながら仕事するなと言いながら自分は音楽聞きながら仕事するとか」


「そんなんあかんやん。わかりやすいけど」


「そうやな。あとは仕事中にしゃべるなって言いながら俺と雑談するねん」


「ダブスタやな。自分はええけど人はアカンっていう」


「そうやな。自分でわからんのか言うてこないだ怒ったとこやねん。

ほんで間無しでこんなセクハラの話が出てきたからがっかりしたわ」


「まああれやな。ちょっと調子に乗ってたんやろか」


「そうやろな。その部門の責任者として頑張ってくれって言われてたみたいやけど、それで調子に乗ったんやろな」


「しょうもない話やな」


「ほんまにしょうもない話や。言われた女性はしょうもない話やないけどな」


「そうやな」


「若い女の子は怒鳴りつけたらしいで。その時なんやモゴモゴ言ってたらしいけど確実にビビったって言ってたわ」


「そうなんや。シンの会社にもしっかりした女の子が居るんやね」


「そうやな。安心できるわ」


翌日配達から帰ると社長に呼ばれた。


「鴨居君、昨日の件やけどやっぱりあかんわ。辞めてもらった方がええと思う」


「そうですか。そうなるんでしょうね」


「うん。まだ一人だけなら注意するだけやけど、見境がない感じがするからな」


「そうですね。旦那さんのいる人に抱き着いていいですかなんてモロにセクハラですからね」


「そういう事で今日女性陣が帰ってから話をします」


「はい」


「鴨居君は悪いけど隣の部屋で待機してもらえないかな」


「はい。いいですけど」


「暴れたら押えてほしいねん」


「社長、僕小さいから無理ですよ」


「いやいや。こんなんは気迫やで。鴨居君の武勇伝は少し聞いてるから大丈夫やと思う」


「ええっ。何のことかわかりませんけど」


「まあとにかくなんかあったら飛び込んできて」


「はい。わかりました」


 そして女性陣が帰った後、話が始まった。


何かあったら飛び込んできてくれって大きな音でもするんやろか?


耳が遠いからあんまり聞こえへんしな。でもわかるんかなぁ。わからん。


三十分くらいしてからドアがノックされた。


「鴨居君終わった」


「そうですか。結果は?」


「素直に認めて今日限りで退職になった」


「そうですか」


「まあでも有休消化は認めてあげると話したし今月分の給料は丸々出すという話もしたから問題は無いと思う」


「本人なんて言ってましたか?」


「まあ事実ですって認めてただけやな。軽い気持ちで聞いてみたんですって言ってたけど」


「軽い気持ちにしてはしつこかったらしいですね」


「そうやな。ちょっと女性を下に見るところがあったみたいやな」


「アカン奴ですね」


「そうやな。まあこの程度で済んでよかったと思う」


「はい」


「鴨居君遅くまでありがとう」


「どういたしまして。じゃあ失礼します。お先です」


「お疲れさん」


「お疲れ様です」



「ただいま」


「おかえり。お疲れ様です」


「コハル今日はちょっと丁寧な言葉になってるな」


「シン、いつもやけど」笑


「そうかぁ? そうやな。うん、きっとそうやで」


「シン忘れてる」


「うん」


チュッ。


「はい合格」笑


「でもコハル今更やけど、外から帰って来て早々チューしたらなんかバイ菌がコハルに移ったりせえへんのやろか?」


「シン。もう十年以上してるけどなんともないで。大丈夫やで。それとももう止めたいんか?」


「コハル違うよ。止めたくなんかありません。仮にケンカしててもこれだけは絶対にするからな」


「ケンカしててもするの? ケンカしたことないけど」笑


「うん。多分ケンカしてるときはただいまって帰って来ても玄関まで出てこうへんとか、出て来ても目も合わさずブスッとしてるとかやな」


「そうかもしれんな」笑


「もし玄関に出て来てくれへんかったら、コハルのおる所に行って無理やりチューするねん」


「シン、皆の前でもか?」


「そらそうや。ただいまの儀式やしお約束やからな」


「そうまでするんか?」


「するな。絶対にする。 ほんで帰って来て玄関には出て来たものの目も合わさんとかやったら、もう抱きついて顔を抱えて口をべろんべろん舐めまわすわ」


「キャーッ。想像してしまうわ」


「そんな感じやで」


「そうか。シンの気持ちはようくわかったで」


「うん。覚えといてな。愛しいコハルちゃん」


「うん。でも試してみる?」


「そうやな。一回そんなシュチュエーションで遊んでみても面白いかもしれんな。前の方言シリーズの違うバージョンやで」


「そうか。一回試してみよか」「そうやな。今日寝るときしてみようや」


「うん。でも口をべろんべろんは勘弁してほしいな」


そしてその夜。


「コハル始めよか」「うん。でもどうするの?」


「そうやな。ケンカしたことないからな。どうしたらええんやろ?」


「じゃあ反対のこと言おうや」


「反対の事?」


「うん。例えばそうやな。お前ぶっ殺すぞって言いながらチューするねん」


「いきなり物騒やな」笑


「始めるで。お前ぶっ殺すぞ」チュッ。


「お前こそいてもうたろか!」チュッ。


「お前の事が嫌いなんや」チュッ。


「俺もお前の事が大っ嫌いやねん」チュッ。


お互いメンチを切りながらキスをした。


舌を絡めている途中で目が閉じてそれから笑い始めた。


「ブフッ、ブフフフフッ。ンンンーーー」


「なんなんやこれは! コハル。これはもうやめよう」笑


「うん。そうやな。面白いけどな」


「うん。頭がおかしくなりそうやで」


「そうやな。やっぱり素直な言葉がええで。シン大好きやで」


「俺も大好きやからな」


「うん。愛してるからね」


「俺も愛してるよ」チュッ。


「コハル変なこと言うてごめんやで」


「シン大丈夫や。私の方こそごめんやで」


「うん」


「もう一つやりたいことがあるねん」


「なに?」


「これやで」


「うわっ。うわっ。なんか何とも言われへん」


コハルが僕の口の周りをべろんべろん舐め始めた。


「うわっ。うわっ。なんかなんか。もっとー」


「シン。ええ感じなんか?」


「目を閉じたら牛かなんかに舐められてる気がするわ」


「シン! しっつれいな!」


「うそうそ。でもそんなに気持ちのええもんでもない気がする」


「シンもやってみる?」


「ええのんか?」


「うん、ええよ」


「じゃあ」


「うひゃぁあああああ。ひやぁぁあああ。シンやめて。これはあれや。気持ち悪い」


「そうか。コハルもアカンか」


「シン普通がええで。でも万が一ふてくされて玄関に居ってもこれはやめようや」


「それは約束できへんわ」


「シン、イヤやで」


「まあその時になってみらんとわからんで」


「シン絶対に嫌やからね」


「大丈夫や。俺らはケンカせえへんから」


「それもそうやな」


チュッ。


今夜も平和に夜が更けていく。

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