鴨居家 車を買う
ある日家に帰るとコハルが言った。
「シン。我が家も車買えへん?」「どないしたコハル?」
「うん。うちは家族が六人いてるやん。みんなでお出かけしようとしてもお父さんの車もシンの会社の車も五人乗りで一人乗られへん」
「そうやな」
「そんなにしょっちゅうではないけれどみんなで出かけたいときもあるやん」
「そうやな」
「今はミニバン言うて八人や七人乗りの車もあるみたいやん。それにコマーシャルもたくさん流れてる」
「そうやな」「シンは何かそんな車の中で気に入ったのは無いんかな?」
「俺は高校生の時からホンダ好きやからホンダの車やったらええと思う」
「何かある?」「やっぱりステップワゴンとかになるやろ」
「ステップワゴン?」
「そうや。ちょうど新しいのが出たらしい」
「シン。一回見に行ってみようや」
「そうやな。一回みんなで行ってみようか」「うん」
会社の車もホンダ車だがその車を買ったディーラーには絶対に行かない。
理由は後述するが最低のお店だった。
ホンダ車の販売店もホンダ直営とフランチャイズと二通りあるらしい。
とりあえず近所のディーラーに行くことにした。
「色々と車があるけどシンが言ってたのはどの車なん?」
「これやな」
「シン、大きいな」
「いらっしゃいませ。お車をお探しですか?」
「はい」
「車種などはお決まりですか?」
「はい。六人家族なんですけどみんなで乗れる車を見に来ました」
「そうですか。今ご覧いただいているステップワゴンなどよろしいかと思います」
「そうですね。僕もそのつもりで来ました」
「ありがとうございます。何かわからない事ございましたらお声かけください」
「ありがとうございます。これ中に入ってもいいですか?」
「どうぞどうぞ、遠慮なく隅から隅までごらんください」
「ありがとうございます。コハル、中見てみてみよう」
「うん」
コハルは運転席に座るとハンドルを握ったり、助手席側に座って前と運転席を交互に見たりしていた。
子供たちも助手席に座ったり、後部座席に座ったり楽しそうにいろんなところを触っていた。
「シンええ感じがするわ。私はいつもシンの隣やからシンとの間に何にもあれへんのがええわ」
「そうか。俺は今はたばこ止めてしまったけどこの天井が開くのがええ感じがするねん」
「ほんまやね。天井が開くんやね。田舎に行ったとき星を見ながらドライブ出来るやん」
「そうやな。詩はどんな感じや」
「父さん、これいいな。おじいちゃんとおばあちゃんも乗れるんやね」
「そうやな。みんなで席を代わったりもできるしどこにでも座れるで」「うん」
「花はどうや?」
「父さんこれにしよう」
「うん、みんな良さそうやな。見積もりしてもらおか」
「そうやね。いくらくらいになるんやろな?」
「まあ聞いてみよう。頭金は200くらいやったな」
「うん。まだ出せるけどこれくらいでどうなんやろか」
「まあ聞いてみよう」
「うん」
「すみません」
「はい」
「見積もりをお願いしたいんです」
「ありがとうございます。車種はステップワゴンでいいですか?」
「はい。お願いします」
「では、こちらのお席でお待ちいただけますか」
「はい」
「お子様はあちらのキッズコーナーでお待ちいただければと思いますがいかがでしょうか」
「詩、花、あそこで遊んでられるか?」
「うん。行ってみる。花行こう」
「うん」
僕とコハルは席に着いた。
事務の女性が飲み物を勧めてくれたので紅茶二つに、子どもたちにはオレンジジュースをお願いした。
「シン、なんだか緊張するわ」
「そうやな。何年か前に会社の車買いに行ったとき以来やわ」
「そうなん。その時まけてもらったん?」
「そうやな、その時の営業の方はすごく良い人だったわ。これ以上の値引きはよそでは出ませんと言い切って値段出してくれたからよかった」
「へぇ。今回はどうなんやろね」
「わからんな。まあいろいろ聞いてみよう」
「うん」
「お待たせしました。今回担当させていただきます新木と申します」
名刺を差し出された。
「私鴨居と申します、よろしくお願いします。頂戴します」
「さて鴨居様。どのグレードにするとかは決めておられますか?」
「いえ、全く何も。ステップワゴンとだけ決めてきましたので」
「そうですか。ありがとうございます。こちらがカタログでございます。そしてこちらがグレード別の価格表となっています」
「シンはサンルーフ付きが良かったんやね」
「そうやな。今パッと見た感じでは高いほうのグレードになってる」
「ほんまや」
「いくつかお見積りさせていただきますのでじっくりとお考えいただければと思います」
「はい。よろしくお願いします」
グレードを決めてオプションを付けてなんやかんやで三百万円を超えた。
「シン、結構な値段になるんやね」
「そうやな。エアバッグとかヘッドライトとかアルミとかな。色々つけると高くなるわ」
「そうやね。シン車の色を決めなあかん」
「コハルは何色がええの?」
「私は黄色がええけど」
「そうか。じゃあ黄色で行こうや」
「シンええの?」
「コハルの選ぶ色でええと思うよ。それに黄色がええ感じやん」
「うん」
だいたいの金額が出て値引きがいくら。
そしてローンをいくらにするかを決める。
「とりあえず頭金100万円の時と200万円の二つのパターンでの見積もりをいただけますか」
「はい。わかりました」
家に帰ったあとコハルと二人でリビング会議を行った。
「さてシン。どのグレードにする?」
「そうやな。運転のしやすさと安全が第一やからこのグレードでどうかなと思う」
「シン、それやとサンルーフが付いてないで」
「うん。タバコも吸わへんし、あんまり意味がないかなと思ってしまったんや。だからいらんわ」
「そうなんや。これがあるのとないのとで十万円以上違うんやね」
「そうや。だからこのグレードでええんとちがうやろか」
「シン、なんか高い買い物やのにあっさりと決まる感じやな」
「そうやな。それでええと思うけどな」
「シンがそない言うんやったらええと思うわ」
「うん。ありがとうコハル」
「ううん。でもこれでみんなでいろんなところに行けるね」
「そうやな。もうすでにコハルの頭の中では車が届いて走り回ってるみたいやな」
「シン、むっちゃ楽しいやん」
「そうやな。コハルのその顔見てるだけでもうれしいわ」
「もうシン!」
「お前はいつまでもかわいいな」
「シン。ありがと。する?」
「今はアカンやろ」
「そうやね。言うてみただけやで」
「コハルさん。今襲い掛かったらどないするねん」
「シン、何時でもええねんけど」
「コハルさん、お日様は高いしそれをする部屋があれへん」
「そうやね。今は耐えよか」
「そうやな」
お父さんが部屋から出てきた。
「シンさん車決まったの?」
「はい、ステップワゴンにします」
「そうなんや。 メルセデスにもミニバンあったんと違うかなぁ」
「お父さん、そんなの絶対に買えませんよ」
夕方になりお母さんが帰って来た。
コハルがお母さんに話しかけた。
「なあなあ、お母さん」
「どうしたのコハル」
「私ら車買うことにしてん」
「そうなんや。何ていう車?」
「ステップワゴンやねん」
「そうなん」
「うん、って話が終わるやん」
「なにがなん?」
「どんな車か聞けへんの?」
「ああ、そういう事ね。どんな車なん?」
「なんと八人乗りやねん」
「八人乗り!?」
「うん」
「コハルもしかしておめでたなん?」
「おかあさん、なんでそんな話になるの!」
「だって家族が増えるんかなと思ったから」
「ちがうやん。お母さん夫婦と私らと子供で六人やんか。今までおじいちゃんの車もシンの営業車も五人乗りでみんな乗られへんかったやん」
「うん、そうやな。二台に分かれて目的地に行ったりしたわな」
「そうやで。ガソリン代も二倍、高速代も二倍かかっててんで」
「そうやなもったいなかったな」
「これからはガソリン代が半分、高速代も半分になるんやで」
「ほんまやな」
「正確には半分こやけど」
「うん。私らも一緒に連れて行ってくれるん?」
「うん。一緒に行こう。シンもみんな一緒のほうが楽しいって言ってくれてるから」
「コハルがシンさんと結婚したおかげで柊と小春しかいなかった時の家族より家族らしくなってるやん」
「多分シンは私よりもおじいちゃんやお母さんの事大事にしてるで」
「コハルそんなことないと思うけど。でもなんか申し訳ないね。シンさんにはお母さんが居てるのに」
「そっちはそっちであんじょうしてるからええと思うよ」
「うん。ありがたい事です」
「お母さん。私もうれしいねん。ええ旦那さんやなと思ってるねん」
「ほんまやなコハル。ええ人捕まえたわ」
「うん。ありがとう。ほんでやな。車が来たらどこに行こうかという相談やねん」
「うん」
「いくつか候補を上げといてほしいねん」
「私らの意見でええの?」
「うん。シンがそない言ってるから」
「そうなんや」
「でもこっそり私の希望を言うとな城崎温泉に行きたいねん」
「へぇ、ええやん。お母さんも行ったことないねん。そばも食べてみたいなぁ」
「そうやろ。城崎シーワールドもあるし子供らも喜ぶと思うねん。あとは舞鶴まで移動したら自衛隊の船の見学もできるみたいやで」
「そうなんや。お父さんが喜ぶかもしれんな」
「なんかそこで決まりそうな感じやな」
「そうやな。ええか城崎で」
「城崎で決まり。じゃあ車の納車日を聞いてそれで日にちは決めるからね」
「うん。お願いします」
次の土曜日に家族四人でディーラーに向かった。
「シン、ここで決めるんかな?」
「うーん。もう一押ししてみたいのともう一軒くらいは聞いてみたほうがええような気もするけどな」
「うん。もう一軒くらい聞いてみようや。でもあの営業さんええ感じやから頑張りそうな気もするけどな」
「男前やからな」
「シン。なんかとげがあるで」
「花が言うてたぞ。ママがね、あの営業の人かわいいわねって」
「シン、それはあれや。子供を見ているような感じの感想やねん」
「そうなんか。好きに言うたらええねん」
「シン、違うで! 私はシンのほうがかわいいねん」
シーン。
「コハル。ちょっと考えて話そう。なんや車の中が一瞬やけど静まり返ったで」
「シンごめん。でもちょっとだけかわいいなと思ったねん」
「コハル。動揺してる」笑
「してないもーん」笑
「コハル。かわいいぞ」
「シン。もっと言うて」
「コハル、調子に乗ったらあかんぞ」
「はい」
ディーラーに着くと早速商談になった。
「このままここ一件というのは何やら納得も行かない気がするのでもう一軒くらい回ろうと思っています」
「鴨居様。もう一度だけチャンスをください。そのあとでなら大丈夫です。どこにも負けない価格を出しますので」
「いいですよ。どうぞ」
新木さんは奥に引っ込んだ。
「シン。期待できるんかな」
「そうやな。もう決めてもええと思うけどな。どこにも負けないって言ってたから」
「そうなんかな。回ったほうがええような気がするけど」
「コハル。俺に任せてくれ」
「はい。旦那様の仰せの通りにいたします」
「コハル今日の夜はハッスルや」
「あい。旦那様」
新木さんが戻ってきた。
「鴨居様、お待たせしました。これでいかがでしょうか」
「ありがとうございます。新木さん。先ほどどこにも負けない価格を出しますとおっしゃってましたけど」
「はい。もうどこにも負けません。自信があります」
「新木さん。あなたを信じてこれで契約しましょう。あなたは誠実だと私そう思いました。あなたから車を買った方がいいとそう思いました」
「鴨居様、本当ですか」「はい。あなたから買います。ええな。コハル」
「あい、旦那様」「コハル。普通のコハルの返事をしてくれ」「うんええで」
「こんな感じですが妻もOKを出してくれたので大丈夫ですよ」
「鴨居様ありがとうございます。私頑張って店長に掛け合ったかいがありました。本当にありがとうございます」
「そないに喜ばれると私もうれしいけど」
「いえいえ。本当にうれしいのです。鴨居様ありがとうございます。ではお手続きをさせていただきますね」
「はい」
新木さんはうれしそうにまた奥に引っ込んだ。
「シン。決めたんやね」
「そうやな。俺らもうれしいし新木さんもうれしい顔になったからよかったんやで」
「うん。両方笑顔になれるってええな」
「そうやな」
「詩、花、車決まったで」
「そうなん」
「うん」
「この車が来たら行きたい所教えてな」
「うん。父さん。こないだ同級生の子がな、ディズニーランドに行ったんやて」
「そうなんや。楽しかったって言ってたやろ」
「うん。だからな。私も行きたいねん」
「そうか。ええな。みんなで行こうか」
「うん。行こう」
「よしよし。じゃあママと相談して計画するからな」
「父さんありがとう」
「お礼は行ってからにしてや」
「うん」
「花、よかったな」
「うん」
「おじいちゃんとおばあちゃんも一緒に行こうな」
「うん。みんなで行ったら楽しいね」
「そうやな。詩はどないやねん」
「僕は今のところは何もない」
「そうなんや。でも行きたいところが出来たら言うんやで」
「うん」
新木さんがまた現れた。
「鴨居様。この度はありがとうございます。早速ですが契約のほう進めさせていただきます」
「はい」
「まず鴨居様のご注文内容の確認です」
「はい」
車を買うときの契約って色んな書類に書き込んだり確認したり結構大変なんやな。
「鴨居様。これで契約のほうは完了です。ありがとうございます。あとは納期ですがだいたい三ヵ月位を見ておいてください」
「はい。楽しみにしてます」
「後はこちらの証明書などをご準備いただいてお時間のある時にお持ちいただければ大丈夫です」
「わかりました。この度はいろいろ頑張っていただいてありがとうございます」
「いえいえ。これから長いお付き合いになると思いますのでよろしくお願いいたします」
「新木さん、うちの嫁さんが新木さんの事かわいいって言ってたみたいですよ」
「もうシン!そんなこと言うたらあかんやん」
「なんで、ええやん。思ったこと素直に言うのはええことやで」
「奥様ありがとうございます。かわいいというのはこの歳でいささか戸惑いがありますが」
「ほれ、シン。困ってるやん」
「そうやな。いらんこと言うてしもうたな。新木さんすみません」
「いえいえ。そんなことはございません。私もそんな風にかわいいとか、かっこいいとか言ってもらえたらうれしいですから」
「ほれコハル。喜んではるやん。よかったやん」
「うん。でもほんまに弟みたいな感じやねん」
「そうなんですか」
「うん。でも私がほんまにかわいいと思ってるのは、ウグッ!ンンー! シン、何するねん!」
「コハル、それ以上は言うたらあかん。そろそろ帰ろう」
「そ、そうやな。帰ろうか」
「奥様の答えが気になりますが」
「それは人前では言うたらあかんことですねん」
「そうなんですか」
「嫁と一緒になって初めてですわ。口をふさいだの」笑
「・・・」
「ふさがれたことは何回もあるけどな。笑 さあコハル、帰ろう。詩も花も帰ろう」
「はーい」
「鴨居様、本当にありがとうございました。今後ともよろしくお願いいたします」
「こちらこそ。よろしくお願いします。今日はどうもありがとうございました」
「お客様お帰りです」
「ありがとうございました」
「ありがとうございました」
車に乗り込み家に向かって走り出した。
「コハル、口ふさいでごめんな」
「シン、びっくりしたわ。でも、ふさいでくれてよかったわ。みんな笑ってたな」
「そうやな。新木さんコハルがトイレに行っているときに、まるで夫婦漫才を見ているみたいですごく面白いですねって言うとったで」
「そうなんや。私、おもろいねんな」
「コハル。俺とお前の会話が面白いと言われたんやで」
「そうなんや。やっぱりシンとセットでないとあかんのやな」
「そうやな。俺らは心の通い合ったええ夫婦やからな」
「シーン!」「父さんとママとまたいちゃついとるな」
「詩!そんなこと言うたらあかん。仲がええねんからええことやで」
「お好きにどうぞ」
「なんや詩も冷めたコメントするようになってきたな」
「そうやな」
「ところでシン、さっきほんまにかわいいと思っているのはの答えは何やと思う?」
「コハル。それは子供たちの前でも恥ずかしいやろ」
「シン、そんなことないで。私は思ったことは口にしたいねん」
「じゃあなに?」
「シンが言ってみて」
「んー。俺?」
「う、うん」
「やっぱりそうやった! 良かった、あの時口ふさいで!」
「シン。そんなん言わんといてよ。シンが好きやからやんか」
「父さん!ママ! ええ加減にせんとあかんで」
「詩に怒られてしもうたな」
「そうやな」
「ほどほどにしよう」
「うん。でも車来たらどこに行こう? すんごい楽しみやねん」
「夢が広がるな」
「うん」
「ママ、もしかしてその夢の中に僕とか花は入ってるん?」
「えっ!」
「花。僕らは入っていなさそうやで」
「そ、そ、そ、そんなことないよ」
「ママかなり動揺してるわ」
「うん。ほんまに父さんと二人きりでどこに行こうとか考えてたんやで」
「そうみたいやな」
「そんなことないって。みんなでお出かけしたいから大きな車にしたんやから」
「ほんまかな」
「ほんまやって。なぁシン、そうやんな」
「そうやで。詩や花、ほんでおじいちゃんおばあちゃんもみんなで乗れる車がええって、ママが提案したんやから」
「そうなんや」
「そうや。あんまりママをいじめんといてや。父さんが怒りの大魔神に変身するぞ」
「シン私の事が大切なんやね」
「あかん。花。この二人の事はほっとこう」
「うん」
家に帰ると早速出かける場所リストを作り始めた。
「シン、一番は城崎温泉やった。お母さんと話しててん」
「そうなんや」「うん。だから二番以降を決めて行こう」
「コハル、でもそんなに焦らんでもええと思うで」
「そうかな」「うん。都度都度思い付きでもええから決めて言ったらええねん」
「うん。だいたい決めて時期とかはまた考えよう」
「そうやで、ゆっくりでええねんで」
「でも行きたい場所リストはこの辺に貼っといたらええねん」
「うん、そうするわ」
そして納車一か月前に連絡があった。
「いつもお世話になっております。ホンダ自動車販売の新木です。鴨居様納車日が決まりました。ちなみに大安の日曜日に設定いたしましたがこの日はいかがでしょうか」
「主人に伝えて確認します。また連絡差し上げますので」
「わかりました。よろしくお願いします。失礼いたします」「失礼します」
その日の夕方。
「ただいまー」
「おかえり。お疲れ様」 チュッ。
「シン、ホンダの新木さんから電話があったで」
「そうか。納車が決まったんかな」
「そうやで。大安の日曜日この日やけどご都合どうですかやって」
「多分大丈夫やろ。何にもないと思う」
「うん。じゃあこの日でお願いするね」
「うん。頼むわ。楽しみやなコハル」
「うん。鴨居家で初めての車やからね」
「そうやな。俺も楽しみやねん」
手を洗ってから皆のいるリビングに移動した。
「ただいまー」「おかえりなさい」
「おかえりー」
「父さんおかえり」
「うん、ただいま」
「あれ、詩はどないしたんや?」
「お兄ちゃんは勉強中やねん」
「そうなんや。まだ小学生やからそないに勉強せんでもええと思うけどな」
「お兄ちゃん曰く英語やねんて」
「英語? まだ習ってもないのにか?」
「うん。なんか覚えやすい会話してる動画を見つけたらしいわ」
「そうなんや」
「興味を持つってのはええことやの」
「シンも色んなことに興味持ってるからな」
「そうやな。興味のあることは頑張らんでも覚えられるからな」
「そうなんや」
「うん。さて今日の晩御飯は何でしょうか?」
「今日はシンのリクエストにお答えしてハンバーグでーす」
「イヤッホーイ。うれしいな。うれしいな。コハルありがとう」
「今日のはお母さんが作ったんやで」
「そうやったか。お母さんありがとうございます」
「どういたしまして。こんなに喜んでもらえるなら毎日でも作ってあげるけど」
「ほんまですか!お母さん」
「お母さんあかんで。シンはほんまに毎日食べるで」
「いやいやそんなん飽きると思うけど」
「お母さん、シンはなちょっと変わってるねん」
「そうなん」
「でもお母さんほんまに作れるんやったら試してみてもええかもしれんな」
「私は大丈夫やで。作るのは」
「じゃあお母さんお願いします」
「わかりました。もういいというまで夕ご飯はハンバーグを作ります」
「お願いします」
今日は大安の日曜日だ。
ステップワゴンを受け取りに行く。
お父さんのベンツに乗せてもらってお店に向かった。
ちなみにお父さんのベンツは詩が小学3年生の時に買い替えている。
お母さんはお留守番をお願いした。
「詩、花。お父さんの車が来たらどこへでも行けるな」
「そんなことないと思うけど」
「詩はあんまりうれしそうやないな」
「おじいちゃん、父さんとママの顔見てよ。こんなに二人でニヤニヤされてると
僕はどう答えてええんかわからんで」
「ほんまやな。今見たらほんまに二人とも気持ち悪いくらいニヤニヤしてるわ」
「お父さんそんなことないですよ」
「おじいちゃんそうやで。私らそんなににやけてないもん」
「君たちは鏡を見るべきだよ」
「シン見てみ」
「うん。うわっ。気持ちわる」
「シンどうした?」
「むっちゃにやけてるやん」
「ええっ!ってほんまやな」
「コハルお前もやで」
「そうみたいやな」
「この喜びをどうしたらええねん」
「そうやシン。もっと喜んだらええねん。にやけるんやなくて笑顔になろう」
「そうやな。こんな感じか?」
「もう二人とも気持ち悪いねん」
「花、そんな失礼なこと言うなや」
カシャ。
「詩なんや?」「あとで二人の写真見せたるわ」
そうこうしているうちにお店に到着した。
「鴨居様、お待ちいたしておりました。まさかベンツでご登場とは思いませんでした」
「執事の新井と申します」
「し、執事ですか!?」
「お父さんやめてください! ものすごく誤解されるやないですか」
「はははは。面白いかなと思って。多分逆のパターンやったらシンさんもするやろ」
「しませんよ。こんなん」笑
「鴨居様のお父様でいらっしゃいましたか。ホンダの新木と申します。よろしくお願いします」
「新井です。よろしくお願いします」
「では鴨居様、こちらでお待ちいただけますか」
「はい。コハル。いよいよやぞ」「うん。私らの車がやってくる」
「父さんとママまたにやけてる」
「うん」
「あれかな? あれかな?あれっぽいな。あれや。あれやでコハル」
「シン。あれやな。黄色のきれいなステップワゴンや」
「しかし思ったよりも派手な感じやな」
「ほんまやな。どこかで見たよって言われそうやな」
「ほんまやな。でもまあきれいやからええんちゃう!」
「そうやでシン。すごくええ色やで」
「ほんまやな。コハルありがとう」
「ううん。シン。私こそありがとう」
「はぁ。父さんとママ手を握り合って喜んでるわ」
「ほんまやな。幸せなんやろな」
「花。お前すごいこと言うな」
車が目の前で停まった。
新木さんが降りて来た。「鴨居様、お待たせしました」
「はい。待ってました」
「これがキーです」
「はい。どう見てもキーですね」
「そうですね」笑
「ご説明させていただきますがよろしいですか」
「はい。車の中は冷えてるな。みんな乗り込め」
「はーい」「私は助手席やからね」
「はいはい。ママは父さんの隣やで」
「僕と花は後部座席に座ろう」「うん」
「わしはどこに座るんや?」
「おじいちゃんは空いてるところでええやん」
「まあそうやな」
「鴨居様それでは説明の方を始めます」
「このキーを身に着けた状態でこのボタンを長押ししますとエンジンがかかります」
「はい」
「うんたらかんたら、なんちゃらかんちゃら」
「よくわかりました。ありがとうございます」
「また何かわからない点ございましたらいつでも聞いてください」
「ありがとうございます。あっ。ガソリン満タンにしてくれたんですね」
「はい。これは私の気持ちです」
「それはそれはありがたいです。ありがとうございます」
「受取にサインをお願いします」
「傷のご確認もいただいて無しということでしたのでここに丸をお願いします」
「はい」
「ありがとうございます。これでもうどこにでも行けますよ」
「はい。ありがとうございます。では新木さん失礼します」
「失礼します」
「シン。どこに行こうか?」
「うん。ちょっとドライブせなあかんな」
「うん。箕面の山の方へ行ってみようか」
「そうやな」
「おーい。ワシ乗ってるの知ってるか?」
「ゲッ。おじいちゃん。乗ってたの忘れてた」
「ほんまやな。お父さん取りあえずドライブ行きましょう。車は帰りでもいいでしょう」
「そうやな。ええで。行こう」
それから一時間半位かけて勝尾寺コースを回りまたホンダのお店に帰ってきた。
「鴨居様ベンツは下取りなのかと思いましたが違いますよね」笑
「ちゃいます。ちゃいます。お父さんがステップに乗ってるの忘れてしまってたんです」
「そうでしたか」
「はい。初ドライブも終わったのでこれから帰ります。すみませんどうも」
「いえいえ。またのお越しをお待ち申し上げます。ありがとうございました」
夕方家に帰りついた。
「ただいま」
「お帰り。遅かったね」
「うん。ちょっとドライブしててん」
「そうなんや。新しい車はええやろ」
「うん。新車の臭いってええなって思ったな」
「詩も、花も楽しかったか?」
「うん、まあまあやで。でもちょっと酔いそうになったけど」
「父さん山道は結構飛ばすからな」
「そうやねん。なんか取りつかれたみたいに飛ばすねん」
「そんなことないで。今日はちょっとゆっくり走ったんやから」
「父さん、後ろの車が見えん位に飛ばしてたやん」
「詩、あれは父さんの力の半分くらいや。だから飛ばしてないねん」
「もうええわ」
「そうか」
「さあみんなご飯にしょうか」
「はーい。お腹ぺこぺこや」
「まあ花ちゃんはしたない」
「へへへ。父さんのおかずまたハンバーグやな」
「そうやな。もういらんって言われるまで作り続けるつもりやねん」
「そうなんや。でもほんま父さんはハンバーグ好きなんやなぁ」
「さあ花。手を洗っておいで」
「はーい」
「お父さん、今日はありがとうございました」
「いやいや。たまには娘家族と一緒に行動するのも楽しいもんやな」
「そうですか。じゃあ今度から近場に行く時もお誘いしましょうか?」
「いやいや。やっぱりジジババ抜きで遠慮なく出かけて。気を遣わんでもええからね」
「そうですか。でもお誘いもしますし行きたかったら言ってくださいね」
「シンさんありがとう。その気持ちだけでもうれしいわ」
「いえいえ」
「おじいちゃんうれしそうな顔になってるやん」
「まあ、うれしいな」
みんなニコニコしていた。
「さあご飯やで」
「いただきまーす」
「いただきまーす」
今日の晩御飯はいつも以上に話が弾んだ。
それからひと月が経った。
「コハル。シンさん文句ひとつ言わんと毎晩ハンバーグ食べてるけど
大丈夫なんやろか?」
「そうやな。もうかれこれ一か月になるな。でもお母さん大丈夫やねん。シンは変わってるから」
「ほんまに? 私やのうてお父さんも毎晩ハンバーグが出てるのを見てなんやまたか!みたいな顔してるんやで」
「まあな。多分これ一年続いてもシンは文句言わへんと思うで」
「そんなに。私はトンデモナイ人に勝負を挑んでたんか?」
「お母さんそうかもしれんな」
「じゃあ私から折れよかな。正直お肉をこねるのが辛いねん」
「そうやな。さすがのお母さんも折れますか」
「うん。シンさんにはかなわんわ。なんぼ好きでも私はこんなに続けられたら発狂してしまうかもしれん」
「ただいまー」
「お母さんシンが帰って来たわ」
「うん。はよ行ったげ」
「シン、おかえり」チュッ。
「今日は疲れたわ」
「どうしたん?」
「ちょっと訳の分からんクレームが入ってな」
「うん」
「偏差値ってわかるか?」
「私はよくわからん」
「そうか。俺は高卒やからそんなの聞いたことも気にしたこともなかったけど
この歳になって仕事でそんなこと言われると思わんかったわ」
「そうなんや。シン、取りあえず手を洗って来たら」
「ああ、そうやな。ごめん」
手を洗い終えたシンがリビングに入ってきた。
「ただいま」
「シンさんお帰り」「ただいま」
「お疲れ様」「お疲れ様です」
「あれ!?ハンバーグがない!」
「シンさん。ごめんなさい。毎日はやっぱりきついわ。もう私も手が痛くなってしまって」
「お母さん。すみません。まさか手を痛めてまで作ってくれているとはつゆにも思わず。申し訳ありません」
「ううん。私もちょっと意地になってたところがあるから。でもうれしかったのよ。あんなにおいしそうに食べてもらえると」
「お母さんの作るハンバーグは天下一品ですよ。でも本当にすみません」
「シンさん、たまに作ってあげるからね」
「はい。すみません。よろしくお願いします」
その日部屋に帰るとシンの元気がなかった。
「シンどないしたん?」
「うん。毎日ハンバーグでうれしかったんやけど、まさかお母さんが手の痛みをこらえてまで作ってくれてたなんて知らんかったから申し訳ないなと思って」
「ああ。それか」
「コハルにもなんか言ってた?」
「ううん。毎晩シンのおいしそうな顔がうれしかったんやけどって言ってたよ。
お母さんハンバーグ作るために筋トレしようかって言ってたくらいなんやけど」
「そうなんや。悪いことしたな。今度からおいしいからってむやみに頼んだらあかんな」
「シン、ほどほどにしたらええねん。おいしかったら毎日頼むわってすぐに言うから」
「そうやな。それは作り手の事も考えなあかんわな。うん。コハルにも迷惑かけてたかもしれん。ごめんな」
「シン。私は大丈夫や。お母さんも大丈夫や。手の痛みがなければ喜んで作ってたんやから」
「そうか。でも今度からおいしいもの作ってくれたら喜んで褒めるだけにするわ」
「うん。それがええ」
「コハルもおいしそうやけど喜んで褒めるだけにするわな」
「シン! それは別や。私はなんぼでも味わってもらってもええねん」
「いやいや。味わいすぎて嫌になられたら辛いやん」
「シン。それは今更の話や。私は大丈夫やからな」
「わかった。でもしんどかったら言うてな」
「うん。でも私がその気になってないとか、体調が悪い時とかシンは不思議と迫ってこうへんからな。なんかわかってるんやろか」
「どうなんやろな。意識したことは無いけどな」
「まあ気持ちが通じ合ってるってことで、しよっか」
「そうやな。愛してるよコハル」
「私もやで。すごくすごく大好きやでシン」
「うん。うれしい」チュッ。
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