結婚のあいさつ

「シン。部屋の鍵ちょうだい。私ココに住む」 


「ちょっと待ってくれ。

それはちょっと早すぎるしここは単身者用やから同棲がばれると追い出される」 


「シン。私はシンのお嫁さんになるんやで。同棲と違うで。結婚やで」


「ちょっと待って。昨日は勢いでああ言ったけどもっとお互いにいろんなこと知ったほうがええんと違うやろか。ほんでコハルのご両親にも挨拶せなあかんし。もしかしたら反対されるかもしれへんやん。どうするそうなったら」 


「そん時はそん時や。私はシンのお嫁さんになるって決めたからええんや」 


「そうか。わかった。鍵作っとくわ。あとな、もう一つ言っておかなあかんことがある。俺今の会社に入ってまだ半年くらいやねん。だから給料めちゃ安で社会保険すらないねん。だから俺の稼ぎだけではコハルを養っていかれへんのやけどどう思う?」


「シン。今までもこれからも時代は共働きや。私のお父さんお母さんも一生懸命働いて私とお兄ちゃんを育てた。だからシンの経済力が今はなくても一緒に働いて生活できるのなら私はそれで全然かまへんよ」 


「コハル。お前意外と大人やな」 「シン。それほめてんの?」


「おお。そうや。ほめてる。考え方がしっかりしている。すごいと思う。俺はお前のひもになるつもりはないからそこは安心して。何があっても一所懸命働いて結果を出せるようになりたいと思う」 


「おっ。シンも頼もしいこと言ってくれるやん」


「でももし俺が病気とかで働かれへんようになったらどうする?」


「私が頑張って働くから心配せんでもええよ」


「そうなんや。なんか俺が嫁さんになってもええ感じやな」笑


「シン、私がお嫁さんやで。私も夢はお嫁さんやからな」笑


「そうか。じゃあお嫁さんは譲るわ。俺が旦那さんになるわ」


「そうして」


「あと頼みがある。俺の給料は全部コハルに渡すから後は頼みたい」 


「なんで?」


「俺はお金の管理が余りというか全然うまくないから」


コハルがそばに来て俺にキスをした。「任せなさい!」  


なんと不思議なことだろう。 


駅で元カノを待っていただけでこんな素晴らしい嫁が手に入ったなんて。


それも昨日飲みに行ってからの話だ。でもどこまで本気なんだろうと思っていた。


それが三日もしないうちに婚姻届けをもらってきたときは心底驚いた。 


「シン、これ見て」 


「おおっ、婚姻届けやんか」


「へへへ、もらってきてん」


「おい。まだご両親に挨拶もしてないで」 


「ええねん。私結婚するからなって言ってきたから」 


「なんて言ってた?」 「わかったーって言ってたよ」 


「んなあほな。そんな親おらんやろ。とりあえず挨拶だけはさしてくれ。 婚姻届けはそれからでも遅くないやろ」 


「シンがそういうならええけど」


 僕は田舎の両親に電話して結婚することを伝えそのあとコハルのご両親のもとに出向いた。 


僕のマンションから徒歩15分くらいの所にある立派なお家だった。


事前にコハルに話をしておいてもらった。


コハルのご両親はお父さんもお母さんも大きかった。 


なんか自分が縮んだような気持になってくる。


「この度は何と申しますか突然お伺いして申し訳ございません。また私のために貴重なお時間を頂戴しまして誠にありがとうございます。この度、娘さんとご縁がありましてお嫁に来てもいいとおっしゃっていただきました。そこでなにとぞご両親の許可をいただきたく参上した次第です。 どうか娘さんを僕に下さい。必ず幸せにしますので。よろしくお願いします」 


僕はご両親に頭を下げた。コハルも一緒に頭を下げた。


お父さんは「アカン!」と言った。


「お父さんなんで!?」


「付き合ってもないんやろ。もっとお互いをよく知ってからでもええと思う。そのほうがええと思う。なあお母さん」


「そうやね。これからの人生は長いのやからもっとゆっくりでもええと思うけど」


「私はシンと一緒になるって決めたの。だから今すぐにでも一緒になりたいねん。だからアカンという事ならもう家を出ます」


「コハル。アカンってちょっと言うてみたかっただけや」


「へっ!?」


「コハル、アカンというのは冗談や」


「ええっ!?」


「なっ。お母さん」


「うん。最初から反対するつもりは無かったんやで。お父さんが一回はアカンって言うてみたかったんやて。大事な娘やさかいに」


「そうなんや。なんかどっと疲れたわ」


「シンさん。けったいな親ですみません。本気で反対したわけやなくて一回くらいアカンって言うてみたかったんですわ」


「そうやったんですか。どうしようと思いました」


「シンさん。娘を末永くよろしくお願いします。娘がこの人と一緒になりたいって立派な青年を連れてきてくれた。こんな気ままなわがままなハチャメチャな娘がシンさんと出会ってからこんなに生き生きとしている姿になったこと本当に感謝しています。私たち夫婦が力を合わせて大切に育ててきました」 


コハルのほうを見た。 コハルが頷いている。


「ふつつかな娘ですがどうか幸せにしてやってください。よろしくお願いします」と言っていただいた。


お父さんもお母さんも少しウルウルしている。


僕はうれしくて涙がこぼれた。


コハルはニヤニヤしている。


 そのあとの話で実はコハルが僕を駅で見つけその観察した様子をご両親に話していた事を聞いた。


 ご両親からは「その彼女さんとはもう何の縁もなくなったの」と聞かれたので、「はい。ありません」と答えた。


「お父さんお母さん、シンはな、すごく真っ直ぐな人やねん。だから好きになってん。 その真っ直ぐな気持ちは全部私に来る。それがうれしいねん」


「コハル良かったな」ってお父さんが言った。


お母さんが「背は高くないけど気持ちは大きいみたいやね」そう言った。


「これお母さん。またいらんこと言うて。 すみませんシンさん。こいつはいつも一言多いんですわ」


「ははは」笑うしかなかった。


 あとは僕の経済事情を伝え結婚を決めたのが急であったこと。


 そのため何の準備もできておらず実際お金をためてとかそういうことになるとあと数年はかかるとのことでとりあえず入籍して結婚式は二人でお金をためてやろうということになった。


 ご両親はそれくらいのお金は出せるから今のうちにしておいたほうがいいと言ってくれたがコハルがそれはあかんで、最初から甘えてどないするねんと言い結婚式は自分たちでお金を貯めてすることになった。 


 そのあと急遽家族の夕食にお付き合いさせてもらうことになりコハルの部屋で話をしていた。


「俺、コハルと結婚することになったなんてほんまに今夢見てるみたいや。

正直コハルのことあんまり知らんのやけど生涯の伴侶が俺で良かったの?」 


「シン。何言うてるねん。 良かったからここにいる。うちの親もシンのこと見て娘を頼みますって言ってたやん。それそのまま受け止めてほしいと思うよ。 うちの親は私のことよくわかってる。 今まで私がこうやって決めたこと間違ってたことないし途中でやっぱりアカンかったってこともないから。そのあたり私なりに自信があるんや。シンとなら一生いられるって。私なぁ自分より小さなシンがかわいいねん」


「コハル。それは褒められてるんかな? でもその前の言葉。一生一緒に居られるって、それは今まで聞いた中で一番うれしい言葉やで。 俺、前の彼女にひどい裏切りをされてそれ飲み込んで、考えはずるいかもしれへんけど一生一緒に居れるって思ってたのがあっさりと好きな人できたって言われて終わってしまって。俺とおんなじ考えの女なんておらんと思ってた。でもコハル。お前がそのおらんと思ってた女やったなんて俺今すごく幸せやねん」 


「シン。なんで泣くねん。私からしたら当たり前のこと言っただけやから。だから泣かんでもええねんで」


「コハルの胸で泣かせてくれ」


「シンそれは今はあかんわ」


「ごめん。わかった」


その後コハルのお兄さんが大学から帰ってきたので挨拶をさせていただいた。 


お兄さんも急なことですごく驚いていた。そして大きかった。


「コハルから彼氏の話なんか聞いたことなかったし、それがいきなり結婚だったので驚きました。でも妹をよろしくお願いします」と言ってもらえてよかった。


 その後みんなで食卓を囲み、僕の実家の話や僕が駅でなぜ待っていたのかの話も暴露されて冷や汗をかいたりとなかなか座り心地の悪い席であったもののコハルのお父さんお母さんお兄さんは何かと話題を振ってくれたおかげで楽しい夕食会となった。


みんなフラットな方々だと思った。 


 僕は家が貧しいのでそのことでコンプレックスがあったが全然気にしている風でもなく僕は楽しい時間を過ごすことができた。


用意してくれたのは急遽聞かれたリクエストに応えていただいた鍋だった。


 妹のところでたまに食べるお鍋はからしミソスープのおつゆでとてもおいしかった。


 そして家族団らんにはもってこいだと思ってそれをリクエストしたのだ。


 新井家では普段普通の鍋つゆであっさりいただくらしいが今回は僕がおつゆを作らせてもらった。 


 食べ進めるうちに汗が噴き出てすごくあったまるしおいしいと言ってもらえてとてもうれしかった。 


妹一家よありがとう。


「今度はシンさんの妹さんご一家にもお会いしたいわ」とお母さんがおっしゃった。


 食事が終わり台所の片付けも終わってそろそろ帰ろうかというときに、お父さんが話しかけてきた。


「シンさん。 さっき食事の時に話していたお父さんのことだけどもしかして名前は久男さんというのではないよね」


 「えっ。どうしてそれを知っているのですか」 


「実は私は毎年夏の終わりに紀南地方の川にアユをすくいにいってるんだ。 その時そのアユ玉の作り手を紹介してもらったのだけれどそれが鴨居久男さんだったんだよ。 だからシンさんが小さいころアユをとっていたという話を聞いて、しかも名字が鴨居だったしもしかしてって思ったんだ」


ビンゴだった。 「お父さんは元気にしているのかね」 


「はい。おかげさまで元気ですよ。もうアユをとることはなくなりましたけど」 


「そうなんだ。 シンさんのお父さんとは何度かお会いしているからもしかしたら私が尋ねると思い出してもらえるかもしれないね」 


「覚えているといいのですが」


「そうだったのか。あの久男さんの息子さんだったか。割と短い時間しかお話できていないけれどアユをすくうという目的がなかったら一日中久男さんの話を聞いていたかもしれないね。それくらい話の面白い方だった。

もしかしたら私もシンさんに何度か会っているかもしれないね」


「そうかもしれませんね。 なんだか不思議な縁ですね。 

僕が娘さんと出会って、そのお父さんとご縁があったなんて」


「近いうちに訪ねようと思う。 久男さんにそう伝えてもらえないだろうか」 


「わかりました。でも今はお父さんが尋ねていただいたところではなく少し離れた場所に引っ越しをしました」


「そうなんや。また詳しくは行く前に聞くとしよう。とにかく今日はありがとう。

とてもうれしい日になった。娘をよろしくお願いします」


「はいお父さん。最初はびっくりしましたけどこちらこそよろしくお願いします」


「またたまには今日みたいなドッキリを言うこともあるかもしれないけどね」笑


「なんか怖いですね」笑


お父さんは僕が帰る前に写真を撮ろうとリビングにみんなを集めた。


そして記念写真を撮ってくれた。 コハルと僕を真ん中にして。


僕は泊まっていけばという声に後ろ髪を引かれる思いで新井家を辞した。 


玄関を出るとコハルが見送ってくれた。


「シン。今日はありがとう。

これで私は晴れてあなたのお嫁さんになれる。とても幸せよ」 


コハルはそういうと僕に抱き着いてきた。


コハルは泣いていた。しばらく僕はそのままコハルを抱きしめていた。


他の人が見たら僕が抱きしめられているように見えるだろう。


コハルの背中をなでていた。 


「コハルそろそろ帰るわな。 展開が早くて頭が追い付いてないけど、僕のお嫁さんになってくれてありがとう。一生大切にするから。約束する」 


「シン。今のがプロポーズやね」


「あっ。そうか。そういえば言ってなかったか。そうやったんや。ちゃんというわ。 コハル。僕と結婚してください。一生かけて幸せにします」


「はい、よろしくお願いします。シン・・・」 


「えっ」「返事は? 聞こえなかった?」「うん」 


「もう一回言うよ。一生抱いてね」 


「当たり前や。俺の嫁さんなんやから」 


「うれしい!」


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