第25話 邪神の眷属のアジトへ!
オレが右手の傷を治している間、名もなき小さな村は復興に勤しんでいた。境目である柵を立て直し、無事だった家畜を繋ぎ直し、傷ついた家も直した。
みんな慣れっこと言ってはいたが、やはり手際がいい。出来る範囲で手伝いたかったけど、みんなが気をつかってくれたので、治すのに専念した。
傷もミオンさんのチカラのおかげで、手のひらが貫通するケガも予想以上に早く治った。完治した次の日、空が白み始めた頃――
「ふたりが戻る頃には、この村も元通りさ! ほい、コレおやつ」
「アヤトさん、どうかお気をつけて」
保存食を貰い村の人たちに見送られ、ミオンさんと馬に跨り、邪神の眷属の居場所に向かった。
「あの村はステキなところですね。とても居心地がよかった」
「オレも拾われた先があそこで、ホントによかったですよ」
「あそこに住むのも、一考の余地アリですね……」
「ギルドの仕事がなければ、ですね」
「アヤト殿。実を言うと私は、ギルドを追い出されたのです。あの
「えっ? それは……申し訳ありません」
「あの場ではゴブリンとの共闘こそ、正しい道だったと自負している。責めるつもりはありません。地位に縛られない今、自由を楽しむのも悪くありませんしね」
「……その自由になった行き先が」
「そう、ここです。邪神の眷属はここに出入りしていたのを確認しました」
村から北西にある、モサモサ大森林の外れの屋敷に到着した。さっきまで明るかった空は陰り、雷鳴が鳴っている。しかし不思議と雨は降っていない。
「……では行きましょうか」
「待ってろよ、ハル。……オレのコト、忘れてないよな?」
馬から降り向かう。両脇にある墓地を横目に、閉ざされた門を開けようとするも開かない。
「やっぱりカギが掛かってるか……。あの、ところでミオンさん」
「は、はい」
「すごい震えてるんですけど、もしかして具合が悪いですか?」
いつの間にか、後ろにミオンさんがいた。馬に乗ってるときとは逆の立場だ。オレの肩に置いてる手がすごい震えている。
「いえ、とととんでもない!」
「いやいや、マジに帰ったほうがいいですよ!」
「連れてきたのはわわわ私です。アヤト殿をひとりにするワケには――」
そのとき、墓前の土が泡立つように盛り上がった!
「ひぃッ!」
「ミオンさんちょっ、抱きつかないで、動けないです!」
墓前、土の中。やっぱり出てくるのは……ゾンビか!?
「ブ……ブブ……」
「ぴぃぃーッ!」
「なにその声!?」
土の中から小さな声がするよりも、ヤカンが沸騰したような悲鳴にビックリした。いや出てこられても、がっつり抱きしめられて動けない!
「来るなよ、今襲ってくるな……」
やがて盛り上がった土は破れ、小さな影が飛び出す!
「ブッブブー!」
ゴブリンが あらわれた!
「って、ゴブ夫かーい!」
「ブッブッブ、驚いたゴブ?」
「オレは安心したよ。オレはね」
ミオンさんの震えが止まった。まだオレの肩に手を置いているけど。
「……ミオンさん」
「ひゃい」
振り向くと、見たコトのないくらい縮こまっているミオンさんがいた。
「怖いんですか? オバケとかゾンビとか、こういう雰囲気」
「……はい」
別にただ風邪引いたとかじゃなくて怖がりなだけかあ。……でもそれ大丈夫なのか?
「ふたりだったら平気かなと思って。けどやっぱり怖いものは怖いです」
「意外とあっさり認めるんですね」
「どうしてでしょうね、今までならきっと……。重い荷が下りたからでしょうか。下ろされた、という表現のほうが正確か」
ミオンさんは笑う。苦笑いとかではなく、その表情は晴れていた。
「ただのミオンは、こんなモノです。頼りにさせてくださいね、アヤト殿」
「オレも頼りにしてますよ」
突然、歪んだバイオリンのような軋む音がした。またミオンさんがびっくりしてる。
「解錠、完了ゴブ」
門が開いてる。ゴブ夫がカギを開けてくれていた。さすがに器用だ。
「あの屋敷にゴブの仲間がいるらしいゴブ。また協力してほしいゴブ」
「またよろしくな。ゴブ夫も頼りにしてるからな」
門を潜り、入り口に立つ。重厚感のある扉は思いきり押しても開かない。
「やっぱり開かないな」
「おかしいゴブね、この門カギがかかってないゴブ」
「正面から来てるのに、誰も襲ってこない?」
違和感が多い。幸い敵もいないし、色々試してみよう。
「まさか上とかはないと思うけど……」
屈んで扉の飾りをつかみ、車庫のシャッターを上げるようにする。開いた。なんだコレ。
「お見事です!」
「コントかよ……」
中の暗がりに、人影とともに赤い眼光が揺らめく。邪神の眷属だ!
「うおおお!」
オレたちを見るなり雄叫びを上げる! てかコイツも門の開け方わかんなかっただろ!
「来るか……ってあれ?」
オレたちに脇目も振らず、外に出ていった。
「そこの男、待て!」
ミオンさんが引き止めた。
「お前は他に仲間はいないのか!?」
「い、いねェよ。もうやられた!」
「邪神の眷属なんだろう? それが最後のひとりというワケか」
「ああ、そうだよ。邪神なんかもう拝まねえ。こんなトコ、アジトにできるワケなかったんだ。バケモノの棲家だったんだよ!」
男は頬がこけてガリガリだ。
「おい」
オレは男に、村長が持たせてくれた干し肉を与えた。
「食えよ。その代わり、食い終わったら聞きたいコトがある」
「あ、ありがてえ!」
男は一瞬でペロリと食べ終えると、目から赤い光が消え失せた。
「邪神への信仰がなくなりましたね」
「助かったよ。ところで、聞きたいコトって?」
「この屋敷にハーピーはいるか?」
男はオレをジッと見て、頷いた。そのあとに口をゆっくり開く。
「いたぜ。ハルって名前のハーピーが。今度は俺が訊いてもいいかい?」
「ああ」
「……アンタがアヤトか?」
「ハルが言ってたのか!?」
「やっぱりそうか。じゃあ助けに行くんだろ、だったら気をつけな。ここにゃバケモノがいる。俺たちは気づかなかった。邪神のチカラを得ても、通用しなかったんだ」
男は遠くを見つめた。
「みんな死んだよ。アルカトラ王国市内を襲うって出ていったヤツらは運がよかった。皮肉なモンさ、殺しを躊躇してたほうが、この屋敷で先に死ぬんだからな……」
ミオンさんはイジワルそうに笑う。
「安心しろ。そいつらはふたりのエルフに全滅した」
「……ははッ、因果応報だな。強靭なチカラ欲しさに、邪神なんかに唆されるのが悪いんだけどよ」
「ならば、今からただの人間として変わればいいだろう。立場もなにもない人として」
「アンタ、高貴な身分の人間かい?」
「今はなにもない、ひとりの人間だ」
「へッ、救われるねえ。せっかくだ、恩人サマの無事を祈ってるよ」
男は膝をついて両手を組む仕草をして、そそくさと去って行った。
「……行きましょうか、アヤト殿」
「はい」
バケモノがいるという屋敷に、オレたちは足を踏み入れる。ハル、待ってろよ。ゼッタイ助けるからな!
「ブブ、蚊帳の外ゴブ……」
「まあ……元気出せよ」
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