第24話 心、躍らせて

 邪神の眷属を追うために、まずは傷を治さなくちゃ。……サリナさんの家で。また居候とは情けない話だけど。


「改めて、またお邪魔します」


「いえいえ。どうぞごゆっくり。我が家だと思って……ね?」


「ありがとうございます。とはいえ、こんなに荒らされちゃあ。ちょっと掃除しますね。サリナさんの足の踏み場がないですし」


「いえいえ、わたしがやりますよ。わたしだって役立たせてくださいっ」


 サリナさんが屈むと両手を床につけ、左右せわしなく動かしている。やっぱり見えてないんだ。……マズい、指の先には割れた花瓶の破片がある!


「危ないですよ!」


「わわっ、引っぱらないで〜!」


 不安定な形で引っ張ったので、サリナさんが身体を預けてきた。それに加えて片手だから支えるのも難しい。けどオレが支えなきゃ。


「踊ってるみたいですね!」


「見えないからって〜!」


「信頼してますよ、アヤトさん!」


 転がっている様々なモノを避けながらグルグル回って、片手でサリナさんをリードする。ホントに踊っているみたいだ。やがてベッドが舞踏会の終着点となった。


「あっははは……。目が見えないのに、目が回ってる気がします〜」


 オレはサリナさんに押し倒されるように、ベッドで横になった。顔と顔の距離が近い。息づかいまでオレの肌に伝わってくる。


「……ねえ、アヤトさん」


 沈黙の後、サリナさんの声は深刻なトーンになる。


「わたしのヒミツ、見てください」


 そして顔半分を覆い隠していた黒い髪をかき上げた。


「この傷がついたとき、私は未来すらも見えなくなってしまいました」


 額から頬にかけて、五条(ごすじ)の傷痕がタテに刻まれている。それによって失明した両目は白く濁り、光は灯らない。


 痛々しく残るそれは、きっと心にも刻まれているのだろう。透明な涙が物語っていた。


「わたしはさっき、バケモノと呼ばれました。わたしはナニに見えますか?」


 なにがバケモノだ、なにが傷物オンナだ、あのゴロツキ。傷がある? だからなんだと言うのか。


「サリナさんは、ふつうの人じゃないですか」


「ふつう、ですか?」


「いや、オレの特別な人です」


「アヤトさん……」


「オレに居場所を作ってくれたあなたのおかげで、生きていられるのだから」


「そんな当然のコト、わたしだってみんなに助けてもらって生きてるのに……。ズルいですよ、アヤトさん。あなたは今、どんな顔をしているんですか」


 サリナさんの涙がオレの頬にこぼれる。震える声は、やっと言葉を紡いだ。ずっと我慢していたんだ。


「それでまた出て行ってしまうなんて、イジワルですよ。ねえ……」


「でも、必ず帰ってきます。オレの言葉を信じてください」


「はい。……待ってますからね」


 ヤバい、目が冴えてきた。ドキドキも止まらん。まったく落ち着かない。このまま寝られるワケがないだろう!


「……あの、大丈夫ですか。息づかいが荒いですよ?」


「ちょっ、ちょっと夜風に当たってきますね! あは、あはは……」


「あっ、じゃあ、わたしも」


 サリナさんの手を引いて、外に出る。しんとした静かで冷たい空気が興奮を覚ましてくれた。


「月が、きっときれいですよね」


「ええ。とてもきれいですよ」


 この世界でも、やはり月はきれいだ。その隣にある赤い星は悪目立ちして余計だけど。


「星は見えますか?」


「うーん。あまり見えないなあ」


 たしかミオンさんは、星と神様はいっしょみたいなニュアンスで言ってたな。


「昔の人は数多の星に神様を見出し、信じるコトで、応えてくれたそうです」


「星は神様か……」


 ならば、あの赤い星は邪神なのかな。


「アヤトさんの神様は輝いているでしょうか?」


「確認しましょうか。イェーイ女神様、見てるぅー?」


 夜空に手を振ってみると、不自然にまたたき、明滅を放つ星があった。うわあ、ゼッタイにアレだ。


「ありました……」


 ジッと見ると突然、頭の中に言葉が浮かんだ。


『い・く・じ・な・し。いくじなし』


 なんとモールス信号だ。こんなモノまで読めるとは。


「いや、やかましいわ!」


「えっ、アヤトさん?」


「驚かせてすいません。オレの神様がちょっと……」


「神様とお話を……? まるでおとぎ話のようですね」


 オレが大声を出したからか、番をしてくれているミオンさんが来た。


「賑やかですねえ。私も混ぜてくださいよ、ヒマですし」


「おつかれさまです、ミオンさん。なにか変わったコトは?」


「転がっていた邪神の眷属どもをワイバーンが喰っていきました。全員です。いいオトリになってくれましたよ、私ひとりじゃ到底戦えませんから」


「……ミオンさんが無事なら」


 やっぱりワイバーンも危険生物なんだよな。森で一方的にボコられてたから、感覚がマヒしてる。


「あ、あの、癒し手ミオン様。わたしの目って治りませんか? わたし、モンスターにやられて以来、見えなくなってしまって」


 やっぱり癒し手なんて呼ばれていたら、期待するよなあ。


「その前髪、上げてもらってもいいかな?」


「えっ、いや、それはその……。ごめんなさい」


「おいそれとは見せられないか、いいよ。でも申し訳ない。血が止まり、傷痕となったモノは治せないんだ。たとえ神の加護が戻ったとしても……」


「そう、ですよね。ごめんなさい、ムリを言ってしまって……」


「失明を治せるとしたら、奇跡を起こす花の蜜があるそうだけどね」


「ミオンさん、なんですかそれ?」


「ロウの花をアルラウネの白液に生けたときに出る蜜を飲めば、たちまちどんな傷も障害も治るとか。でも、あくまで伝説ですし……」


「ある! ありますよ!」


「はあッ!? ガチですか!?」


 オレは急いでミオンさんの家に置いてきた水筒の中身を見せた。


「すごい……きれいなお花」


「しかしエルフの宝とアルラウネの……いや、とにかくよく手に入りましたね」


「さっそく試してみましょうか!」


 アルラウネの白液が入った小ビンにロウの花を入れる。するとガラスのような花弁が光を放つ。


「これが……!」


「伝説の輝きか!」


 光はどんどん強くなっていく。いや、きれいを通り越して眩しい。


「目が痛くなってきた!」


「直視できない! 伝説がすぎるッ!」


「そ、そこまでです? たしかにお日さまを直視してるみたいな明るさですが」


「なにか被せましょう!」


「花瓶とか?」


「それだッ!」


 無事な花瓶を逆さにして、ロウの花を覆い被してテーブルに置いた。花を花瓶で隠してるこの状況、なんだコレ。


「いやあ、伝説でしたね」


「ミオンさん、そのフレーズ気に入ったんですか?」


「もしかしたら、これで」


「ええ。治りますよ、目が!」


 オレたちは笑い合う。これでやっと、サリナさんに恩返しできそうだ。そう思うと心が軽くなった。


「……ところで眠れそうですか?」


「全ッ然」


「じゃあ歌でも歌いましょうか?」


「あ、いいですね。オレと出会った頃みたいに……お願いします」


 手の傷もあるし、明日はゆっくり休んでいよう。




「どれ、もうちょっと光を。うわッ、これは伝説だ!」


「ミオンさんやかましい!」

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