第26話 ハルとの再会!

 邪神の眷属のアジトはバケモノの棲家だった。改心した男はこう言う。


 邪神を崇めると、あの驚異的なタフさと残酷さが得られるようだが、バケモノの前では力不足だったようだ。


 それでもオレはこの屋敷を進む。ハルがいると、確かに言っていたから。


「はあ、暗いですね……。それに敵はどこに?」


 いわゆるオバケ屋敷のような雰囲気が苦手なミオンさんは、決してオレの肩を離さない。


「ぴぃぃーッ!」


 特に雷鳴が響いたときには。オレにはむしろ、その悲鳴のほうが怖い。


「……あの、ミオンさん。邪神の眷属どもは全滅らしいから、着いて来なくてもいいんじゃ?」


「そんなコト言わないでくださいよ! それにもう、入口は遠いですし!」


「ご、ごめんなさい」


「それをこの目で確かめないコトには! ねっ!」


 エントランスに跨る階段を昇ると、扉があり、そこから左右に廊下が分かれていた。扉は置いといて、まずは左側へ行き、あちこちの部屋を開ける。


 ホコリの被った書斎、がらんとした食堂、冷え切ったキッチン、枯れた観葉植物が物悲しいベランダ。どれも手がかりはなさそうだ。


「ここでもないか。次」


「あの、アヤト殿?」


「なんですか?」


「ゴブリンの姿が見えないのですが」


「……あっ!?」


 そうだ、ゴブ夫もいっしょに来たのに。どこではぐれてしまったんだ!?


「ゴブ夫ー! 返事しろー!」


 しかし叫んだ途端、いいタイミングで雷鳴に阻まれる。


「ゴブ夫ー! どこだー!?」


「ぴぃぃーッ!」


 今度はミオンさんに阻まれた。急に肩を強くつかまれたおかげでよろけてしまい、破れた窓のガラスで指を切ってしまった。こんな痛み、今はどうでもいい。


「ヤバい、見つけられないぞコレ」


 とりあえず反対側を調べる。部屋は物置のようで、眷属どもはここを使っていたようだが、なんの気配もない。


「ねえーッ! あのーッ!」


 突然、ミオンさんが叫んだ。


「どうしました!?」


「女性のかかかかげが……女性がいますよーッ!」


 まさかハルか!? 物置を出てミオンさんの指すほうを見ると、たしかに女の人がいる。ハルじゃない。むしろ人間のソレだ。


「いらっしゃい。あなたもセリザと遊んでくれるの?」


 女の人がゆっくり近づいてくる。


「あわわ……どうしましょう」


「冷静になりましょう、冷静に」


 そうだ。冷静になってみると、オレたちが侵入者なんだよな。怖がるのは筋違いだ。


 でも、この人とバケモノの関係はあるのか? まずは話し合いだ。


「断りもなく侵入してしまい申し訳ない。ちょっと話を……」


 目の前に来たはいいが、オレの話を聞かずにジッと指先を見つめている。


「血……出てるね。触っていいよね」


 一方的に、オレの手をゆっくり握ってきた。


「冷たっ!」


 思わず声が出るくらいだ。この人の手は異様に冷たい。まるで血が通ってないような……。


「セリザが止めてあげる」


 セリザと自らを呼ぶ女は、信じられない行動に出た。屈むとオレのケガした指を咥えて舐め始めたのだ!


「つ、冷た……い」


 人の口内とは思えないくらい冷たい。舌先に滴る唾液は氷水のようで、しかしなぜか心地よい。オレはこの指を動かせなかった。


「ヘ、へへへへンタイだあーッ!」


 ミオンさんの叫びはオレに届かなかった。やがて血が止まったようで、セリザは指を咥えるのをやめた。


「ぷはっ。ごちそうさま。イヤだった?」


「全ッッ然」


「よかったあ。あなた、いいヒトだね。イヤがるヒトにはね、静かにしてもらわなきゃいけないから」


 意味深な言いかただ。やっぱりバケモノとは無関係じゃなさそうだ。


「あの……あなたは、吸血鬼なのですか?」


 ミオンさんが恐る恐る尋ねた。


「そうだよー。セリザは吸血鬼」


「よかった、言葉通じる……」


 そうか、吸血鬼の身体はこんなに冷たいのか。エルフの血の気の多さを分けてあげたいくらいだ。


「あなたのも吸いたいな。ケガは?」


「いえいえ! 健康優良です!」


「そっか、残念。でもせっかく来てくれたんだし、遊ぼうよ。ゴブリンもハーピーもいるよ。見たいでしょ?」


「なッ、どこに!?」


「セリザの部屋。おいでよ」


 セリザの後を着いていくと、他の部屋とは違うピンク色の扉の前に立った。ネームプレートには『セリザの部屋』と書かれている。


「さっ、セリザの部屋にようこそー」


 部屋の中はランプの光で明るかった。物も少ない。これならハルもすぐに見つかるか!


「そんなジロジロ見ちゃってー、女の子の部屋、気になる?」


「ハルはどこに!?」


「ああ、知り合いなんだ。そこだよ」


 セリザは部屋の真ん中に置かれている棺桶のそばを指さす。その先に円形の鳥かごがあった。オレはすぐに向かった。中にうつむいた影がある。間違いない、ハルだ!


「ハル!」


「……ふぇ? あさ?」


 寝ぼけまなこを腕の翼で擦る。このしぐさ、前にも見た。


「ハル! 元気だったか!」


「……もしかして、アヤト?」


「ああ! ずっと会いたかった!」


「……アヤトぉーっ!」


 オレたちはかご越しに再会を喜んだ。若草色のショートヘアは見ないうちに伸びていた。顔は少しほっそりしたか?


「ここからでて、またいっしょにいよ!」


「もちろん!」


「ほら、イノシシの干し肉。食べな」


「うまそーっ!」


「ああ、あなたがアヤトなんだ。じゃあ感動の再会だ、よかったね」


 抑揚のない口調で、セリザは力もない拍手をした。


「この子ね、ご飯食べないから心配だったんだよね」


「なにを食べさせようと?」


「ヒトの肉。そこのゴブリンも」


 長いテーブルの上に、底をくり抜いたボトルの中にゴブリンたちがひとりずつ飾られていた。その中にはぐれたゴブ夫もいる。


「食べないと死んじゃうんでしょ? なのに、かたくななんだもん。ハルちゃん、ニンゲンとゴブリンは食べないって言うし。あなたの影響かな?」


「……ハルもゴブリンたちも解放してくれないか?」


「せっかくの遊び相手を?」


「ここで保護してくれたおかげで出会えたのは感謝してるし、この屋敷に無断で入ったのはホントに謝るよ。だから……どうか」


「すなおなニンゲンだね。あなた血もおいしいし、好きだよ。ハルちゃんはセリザとこのヒト、どっちのほうが好き?」


「セリザもすきだけど、アヤト!」


「あらら、負けちゃった。その思いは伝わったけどね、セリザの一存じゃ決められないんだ」


 セリザの赤い目と青い目が光る。


「パパに言わなきゃね」


「もしかして、セリザさんのパパさんが邪神の眷属たちを?」


「うん。寝起きで不機嫌だったから、それはもう、ね。鳥かごのカギはパパが持ってるし」


「……行くしかないか」


「それじゃ、案内してあげるね。おねえさんはここで留守番お願いね」


「ハルちゃんと待ってます!」


 邪神の眷属だった男がバケモノと呼んだモノに会わなきゃいけないのか。


「アヤト、まってるよー!」


「もう少しだけ、な!」


 しかしハルを連れ出すには、避けられない。話し合いで済むに越したコトはないのだが。




「ブブ……散々な扱いゴブ……」


 なにか聞こえた気がしたが、たぶん気のせいだろう。

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