第21話 不穏な予感

 エルフたちの和解を自ら祝す即席宴会は、メニューである飛竜・ワイバーンが白骨になったコトで終わろうとしていた。長老の咳払いで一瞬にして静かになる。


「えー、それでは宴もたけなわ。みなさま、お弓を拝借!」


「弓? 手じゃなくて?」


「アヤトくん、ビビったらアカンで」


 ワイバーンの血をグビグビ飲んでいたイズミさんの顔と目が赤くなっている。血に酔うエルフの習性らしい。やはり森の蛮族……。


「打ちましょーっ!」


 長老のかけ声で弓を携えていた男たちは、空に向けて矢を2本放つ。


「いや危ねえだろ!?」


「もひとつせぇーの!」


「まだ落ちてきてないのに2本やるの!?」


「祝って3度ーっ!」


「なんで毎回複数なんだよ!」


 次は3本。ひとりで合計7本放たれた矢は豪雨のように降り注いできた!


「そーら、かわいいエルフちゃんふたりの水芸やぞ!」


「目に焼きつけてなあ」


 イズミさんの突風魔法とミヤコさんの氾濫魔法が交ざりあい、巨大な氷壁を作り出した。透明な氷壁に降り注ぐ矢は迫力満点だ。


「いやー、生涯でいっちゃん楽しい宴やったわ! アドリブの締めも決まったしな!」


「またすぐに……。そうやなあ、次は十年先くらいやな。ところで矢はしっかり回収せえよ」


 長老たちは自分らの里に帰ろうとしている。そうだ、キョウ長老にハルのコトを尋ねてみよう。


「あー、ちょっといいですか」


「なんや、二次会か?」


「いえ、その――」


 オレは尋ねてみたが、長老は首を横に傾げた。


「うーん。すまん、ちょっと身に覚えないなあ。なんかわかったら行くで。声とにおいは覚えたからのう」


「ボクも気軽に頼ってくれや!」


「おふたりとも、ありがとうございます。力強いです」


「んで、これからどうするん?」


 手がかりがない以上、また振り出しだ。イチから森の中を捜索するしかないか。


「あれえ? ちょっと来てくれん?」


 イズミさんがワイバーンの白骨の前で手招きしてる。返事して行くと、腹の骨の辺りを指した。


「あのな、ニンゲンの骨が溶かされてない状態やねんけど」


「なんやイズミ、そんなんよくある話やんけ」


「でもなあ、この鉄見いや。これも腹ん中にあったんやけど、キョウ長老んトコの矢尻ちゃうか?」


「ホンマやのう。どういうこっちゃ」


 つまり人間がこの矢を射ったというワケか。弓自体は材質的にもう腹に消化されたか、あるいはどこかに落ちているか。


「人間のオレが邪推するのもなんだけど、そいつがサカイ長老のペットを撃ったあと、ワイバーンに食われたんじゃないか?」


 ただ単に狩りに失敗した可能性のほうが濃いけど、この世界の人間がエルフとの実力差を知りながら近づくか?


「一理あるな。ボクらの宝を狙って……。やけど施錠魔法かけてるし森の奥やし、わざわざニンゲンなんか近づくかなあ」


「ニンゲンなんか骨にするか、骨になってた姿しか見ないわなあ」


 だいたいあんな狩りを見せられちゃ、近づこうとは思えないだろ……。神様からスキルを授かっても、素の実力差がありすぎる。


「可能性として頭ん中に残しておくわ。目的はワシらの仲を裂くためか?」


「推測でならなんとでも言えるし、この話はもうヤメにしよか。材料が少なすぎるわ」


 ここらへんは良識があるのか。サカイ長老、さっきはダークエルフのせいで間違いないって断定してたけど。


「んでどうするアヤトくん。今日泊まってくんか?」


「うーん。やっぱり帰ろうかな」


「なんや、帰るトコあるんか」


「居候なんだけどさ」


「そか。じゃあイズミにミヤコ、森の出口まで送ったれや」


「ええで。それじゃ行こか」


「おっと、ちょい待ち!」


 サカイ長老が息を切らした男から、花を受け取った。きれいな花だ。白くて、まるでガラスのように透き通っている。それをオレに差し出してくれた。


「ロウの花や。滅多に咲かない里の宝なんやけどな」


 石碑に書いてあった花だ。たしかにこんなにきれいな花なら、見せたい気もわかる。


「石碑に書いてありましたよ、滅多に咲かないって……。いいんですか?」


「どこぞの馬の骨に盗られるよか、アヤトが持ってくれていたほうがずっとええ。快く受け取ってくれや!」


「ありがとうございます! また必ず会いましょう!」


 ロウの花を空の水筒に入れた。


「またいつでも来てくれやー!」


 エルフのみんなに別れを告げ、オレの前にイズミさん、後ろにミヤコさんを据えて出口へと向かう。心なしか、森が静かだ。


「いやー、アヤトくん。最後まで両手に花やな!」


「もう、イズミちゃんったら。本気にしてまうわ。なあ?」


「うれしいのは間違いないけどな。ふたりとも、ロウの花に並ぶくらいきれいだし」


「おっ、ええ殺し文句やんけ。でもなんか含みのある言いかたやな?」


「謙遜せんで言うてみ?」


「ただ……力の差がね」


「そらなあ、ココが違うでココが!」


 イズミは腕を曲げ、バシバシと上腕二頭筋を叩く。


「ただ、アヤトはんの神様のおかげでウチらは仲ようなったからなあ」


「せやね。感謝感謝や」


「感謝やね」


 オレひとりだけだった信者が増えそうだ。やったね女神様。


「出口は南口でよかったんやな?」


「そんな駅みたいな言いかたなのか……。そうだなあ、ワーロ・ハーク神殿と逆方向だからあってる」


「ほんじゃ、ここを真っ直ぐいけば出口や。そこまで送ったるか」


 鬱蒼とした森を抜け、やっと太陽の光を浴びれた。1日も経ってないハズだけど、ずいぶん久しぶりな気がするなあ。思いっきり伸びをすると気持ちいい。


「あそこの家がポツポツ建ってるとこかいな?」


「そうそう。そこの人もみんなやさしいんだ。……って見えるのか? すごい遠いのに」


「周りに恵まれてるんやね」


「うん。……ホントにな」


 どれだけ時間がかかってもなんてカッコつけて言ったあとで、こんな早く帰るなんてまた情けない話だけど、サリナさん迷惑じゃないかな? いやでも、いつでも帰ってきてって……。


「アヤトくん。なんか向こう、騒がしいで?」


「騒がしいって……?」


「ガラ悪いニンゲンがぎょーさんおる。はよ行ったほうがええかもね」


「そうと決まりゃ飛んでけや!」


「えッ!? ちょ、まっ――」


 突風が吹きすさび、オレの身体を持ち上げる。また空を飛んでいるぞ!


 そして俯瞰してわかった。低い柵が倒され、剣を持ったゴロツキ数人が村人に迫っている。


「イズミさん、もういっちょ!」


 耳がいいから聞こえたんだろう、また風が背中を押す。その勢いで男に飛び蹴りを食らわせてやる!


「おらあああ!」


「ぎゃあああッ!」


 見事命中、着地も成功! これでゴロツキどもの注目はオレに集まった。


「誰だおまえは!?」


「悪人に名乗る名などない!」


「君はアヤトくんだね!?」


「はい、アヤトです!」


 村長が訊いてきたら名乗るしかな

いな、うん。とにかく、このゴロツキを追い出してやる。への字、召喚!


「無から武器を出しやがったぜ、冒険者かよ。おまえら、束で叩くぞ!」


 ゴロツキのむれが あらわれた!

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