第22話 言葉の重さ、命の軽さ

 サリナさんが暮らす村に、ゴロツキのむれがあらわれた!


「とっとと出てけ!」


「ぐふっ!」


 まずは先制攻撃。への字を召喚し、モロに顔面に食らわせた。まずひとり、これでダウンしただろ。


「へへッ……。やるじゃねえか、アヤトクンよお」


 オレの攻撃を受けてまだ立ち上がるとは! 相当丈夫なヤツだ。


「そうなんだ。わしらのクワ攻撃やカマ攻撃を受けても倒れないんだよ!」


「えげつねえ攻撃してんな!」


 さすが、この世界の村人は強い。しかしゴロツキどもの顔を見てると、なにか様子がヘンだ。目が虚ろだし、まるで痛みを感じていないようだ。


「ひとりだけでコイツらを守ってみせろよ、ヒーローさんよお!」


 8人のゴロツキどもが一斉に散らばり、各家に侵入していく。サリナさんの家にも!


 オレは止めようとするも、殴ったハズのゴロツキが立ち上がり、羽交い締めをしてきた。


「へへッ、絶望しろ、絶望しろ……」


 振り解こうとも全く動けない。まるで岩に縛られているかのようだ。この異常な力、やはりなにかおかしい。


「しかもまだ来るぞ……。俺たち眷属はな」


「眷属だと?」


 急に浮遊感に襲われた。いや、理解が遅れただけだ。首を絞められながら持ち上げられている。


「おまえが死んだら、ここのマヌケどもは絶望するか?」


「オレなんか殺しても、なんの価値もねえよ」


 ゴロツキは徐々に力を入れてくる。遠のく意識の中で、微かに聞こえた。救いの音が。


「いい残すコトはあるかあ?」


「とっとと殺せばよかったのに……」


 ふと、オレの首から手を離してきた。そりゃそうだ。肩に矢が刺さっているのだから。


「手が動かない!?」


「お返しだ!」


 再びへの字を握りしめ、今度はノドにフルスイングした。動かなくなったけど、死にはしないだろう。たぶん。


「援護射撃が死んでたな。ありがとう、イズミさん、ミヤコさん!」


 次はサリナさんの家に入ったヤツを――


「きゃあああッ!」


 女の子の悲鳴だ。サリナさんを姉のように慕っているポピーのものか!


 荒らされた家の中へ入ると、ポピーに向かってゴロツキが包丁を突きつけていた。


「よくもこんなオモチャでよお、ヒザを刺してくれたな。クソガキがよお!」


「やめてって言ったのに、やめなかったからっ!」


「うるせえ! 死ねッ!」


 オレは右腕を思いっきり伸ばし、盾にした。右手を貫通してる包丁の切っ先が、ポピーの目の前にある。よかった、ギリギリ間に合った。


「危ないトコだったな、ポピー」


「ア、アヤトおにーちゃん……」


「手放せえ!」


 怖がらせないようにしたいけど、さすがにムチャか。オレの右手血まみれだし、目の前包丁だし。


「ポピー、夢はあるか? なんでもいいんだ。言葉にしてみな」


「ポピーね、まだみんなと暮らしたいのに……」


「いい夢だな。それじゃ、オレが叶える手伝いをするよ」


「かなうって?」


「コイツらを追い出せば、みんなで暮らせるだろう? ポピーの夢は、放った言葉は未来に届くさ」


「ほんとに?」


「当ッたり前! ああそうだ、オレが届けてやる!」


 突如、右手から温かい光があふれ、ゴロツキを跳ね飛ばした。そしてオレの左手には口の字、血だらけの右手には十の字が握られていた。叶の字だ。


「すごい、剣と盾だあ!」


「そう見える?」


「ほかになにがあるの!」


 なるほど、異界語召喚士バベルサマナーのチカラが応えてくれたのか。ならば振るおう。またのどかな日々が送れるように。


「この……バケモノが!」


 ゴロツキがオレに包丁を突き刺そうとするも、口の字で防いだ。手をかざすだけで意のままに浮き、防御してくれる。便利な盾だ。


 攻撃を止めた後は十の字で殴った。ポピーは剣みたいと言ってくれたが、鈍い音がしたので物理攻撃だ。


「とりあえず、ここでジッとしていてくれ。絶対に守るから」


「うん!」


 気絶したゴロツキをポピーの家から追い出し、オレも外に出ると、倒れているゴロツキの数が増えていた。矢が刺さっているのを見るに、援護を続けてくれている。


「そうだ、サリナさんの家に!」


 こんな帰宅はしたくなかったが、急いでサリナさんの家に帰った。


「サリナさん!」


「ア……アヤトさん!」


 サリナさんとの食事を楽しんだ食器やテーブルは壊され、本のページはバラバラに、壁には大きな切りキズができていた。家の隅でうずくまるサリナさん以外に人影はない。


「サリナさん、無事ですか!?」


「気をつけてください、まだいるんです! でも、どこにいるかは――」


 瞬間、目の前に影が覆いかぶさった。開けたドアの後ろにいたか。


「死ねえっ!」


 不意打ちのつもりだったろうが、叶の字の左側――口の字で防げた。字の部分以外はスカスカなハズだが、剣の突き攻撃も不思議なチカラで通さない。それどころか刃を砕いた。


 この叶の字、見た目以上に剣と盾の役割を果たしている。


「な、なんだよこの魔法は!?」


 驚いたゴロツキの顔を見ていると、怒りが沸いてきた。


 なぜサリナさんたちがこんなに恐ろしい目に遭わねばならない?


 なぜ安らかな時間を過ごしたこの家をこうも破壊した?


「なあ答えろよ。サリナさんたちがなにをしたっていうんだ?」


「お、俺たちは絶望を捧げるために動いているだけだあ!」


「絶望? おまえのでもいいのか?」


「ひッ、ひいぃ!」


「やめてって聞こえただろ? 言葉が通じても、話は通じないんじゃな。言葉を交わす価値なんてないから――」


 胸の奥底にあるドス黒い感情は、言葉となり、行動となり、未来に実現しようとしていた。


「おまえに生きてる価値なんてないよなあ。……殺してやる」


「あんな傷オンナよりもずっといいのを紹介してやるから! やめ、やめろって!」


「もう黙れ」


 オレの血で赤くなった十の字でゴロツキの首を少しだけ当てると、血が垂れた。物理のハズだったが……まあいい。ポピーの願いを叶えられる。


「邪神様ッ、助けてェー!」


 今さら怯えても遅い。首を刎ねようとした瞬間、サリナさんが叫ぶ。


「やめてくださいっ!」


 オレは止めざるを得なかった。


「……許せるんですか? コイツはあんなに酷いコトを言ったのに」


「わ、わたしは……、よく見えませんので、どうなっているのかよくわかりません。ですが、アヤトさん。それだけは……それだけはいけませんよ」


 サリナさんの震える声は、オレの胸に染み入る。


「人を殺すなんて選択肢を未来に作っては……ダメです」


 その言葉で、オレの怒りはウソのように氷解した。


「……他のヤツらを連れて帰れ!」


「うわあああッ!」


 ゴロツキは叫び、出ていった。


「アヤトさん、ありがとうございます。わたしの言葉を、聞いてくれて」


「サリナさん、ありがとうございます。こんなオレを止めてくれて」


「いえ、いつまでも泊めますよ。……お帰りなさい、アヤトさん」


「ただいま、サリナさん」


 オレたちは再会を片手だけで抱きしめて喜ぶ。こんなにも温かく迎えられるなんて、涙が出そうだった。


「ぎゃあぁぁ……」


 ゴロツキの断末魔が聞こえるまでは。


「あっ、イズミさんとミヤコさん。忘れてた」

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