第20話 エルフとダークエルフとの宴!

 ふたつの里の境界線で、いがみあっていたエルフとダークエルフたちは歓喜に沸いていた。ふたりの長老の握手と抱擁は、もはや戦う理由をなくしたからだ。


「やった! やったな、ミヤコ!」


「ホンマ夢のようやな、イズミちゃん……」


 オレをここまで導いてくれたふたりも、抱きしめあって離さない。これで堂々と会うコトができるな。


 長老たちのほうを見ると、まだ抱きしめ合ってる。あのカンジだと、長老たちもそういうコトだったのかもしれない。現に、ミヤコさんの郷愁を誘う魔法の『におわせ』もあったし。


「アヤトくん。ここまで来てくれて、ホンマにありがとな。アタシの命から、もっと大事なモンまで助けてもろて」


「ウチからも。ホンマ、おおきに」


「イズミさんを捕まえたアルラウネに感謝だな」


「いやー、生きてりゃなんとかなるわな、わははっ!」


「そうそう。生きてりゃなんとかなるよ!」


 過程はともかく、なんだかんだで最後に笑えればいいだろう。


「のう、アヤト。世話んなったわ。ほら、キョウも」


「アヤトっちゅうんか。ホンマ、おおきに。ワシも寿命の短いニンゲンに助けられるとは思わなんだわ」


 ふたりの長老もお礼を言いに来てくれた。憑き物が落ちたように笑っている。


「さて喫緊の課題は、ボクらの長すぎる寿命をどう使うか、やな」


「それはまた、あとで考えればええんやないかのう」


「……せやなあ」


 ふたりの細い目線はイズミさんとミヤコさんに向いた。それに気づいた彼女たちは頬を赤らめ、うつむく。微笑ましい光景だ。


「イズミにもひどいコトしてもうた。あとで謝らんとな」


「よかったのう、ミヤコ」


 目線を向けてる人の恰好は不審者のソレだけど。


「それよりまずは、我らが恩人に感謝を込めて宴でも催そうや」


「ええなそれ、それじゃあボクらのトコに行こか!」


「ちょい待ち。宴を強制させるのは乗り気やないやろ。我々の里に招くで」


「ズル! ボクらのトコや!」


「我々のとこやな?」


「「うぬぬ〜ッ!」」


「やめてー! 素っ裸でオレに詰め寄らないでーッ!」


 オレが声を上げると、イズミさんが白々しい目を向けている。


「もう、せっかく平和になったのに。取りあうくらいならここでやればええやんか!」


「「せやのう」」


「でもイズミちゃん、ご飯もお酒も持ってけえへんよ?」


「……いや、よく耳すましてみ。あっちから来たで」


「あら、ホンマやね。運がええわ」


 樹上にいるエルフたちの目は遠い木々に向けて、矢を構えている。オレにはなにも聞こえないけど……。いや、しばらくして異変に気づいた。


 地響きとともに、草木を揺らす音。オレたち人間ならば慌てるハズだ。しかしエルフは違った。笑っている。頭数があるから? 違う。自信があるからだ。


「アイツにとっちゃ、不運かもしれへんがな」


「そうやけど――」


 徐々に近づくにつれ、森は騒ぐ。しかしエルフたちのニヤケが止まらない。やがて――その大きな姿をもって、咆哮を上げる!


 ワイバーンが あらわれた!


「せっかくこの歴史的瞬間に立ち会ったんや。祝ってもらおか」


「アタシたちのためによぉ、もういっちょ上げろや、歓喜の歌ァ!」


 樹上から降り注ぐ矢の雨はワイバーンの翼を穿ち、明らかに苦しむ声を上げている。


「あははッ! ええ子やん!」


「あら、火ィ吹こうとしとる」


 ワイバーンは両脚を踏ん張ると、顔周りが陽炎で歪んでいる。見た目通り、サラマンダーのような炎を吐くのか。


「せやったら、下ごしらえはワシに任せてもらおうかいな」


 衝撃的なシーンだ。キョウ長老がいつの間にか、ワイバーンの口をヘッドロックで抑え込んでいた。ワイバーンの顔はピクリとも動かない。


「ウソだろ? 生身であんなコトできるのか!」


「顔周りはウェルダンにしよか」


 口が開けず、放出されるハズの炎は口内で暴発した。キョウ長老もモロに燃えてるけど、気にも留めていないようだ。


「お次はボクやな。ワイバーンの甲殻を柔らか〜く下ごしらえするで」


 サカイ長老は拳を握りしめ、愚直なまでに乱打する。硬くトゲトゲしい甲殻の前に血を撒き散らしながらも、やはり笑っている。


 もはや満身創痍なのか、ワイバーンは早々に逃げようと踵を返した。


「チャーンス! 尻尾置いてけや!」


 イズミさんは細剣を抜き、根元から振り下ろした。甲殻をものともせず、尻尾が宙を舞った。なおもワイバーンは脚を引きずりながらも逃げようとしている。


「あら、ウチらのご飯が帰りたがってるわ、かわいらしいなあ。不動魔法、『千束坂アンクライム』」


 ワイバーンは脚だけ動いても、前には進んでいない。すると観念したかのように、生い茂る葉で閉ざされた空に情けない声を上げた。いや、情けがないのはエルフたちのほうだけど。


「トドメもろたで!」


 イズミさんは頭に細剣を突き刺してから少し回転させると、ワイバーンは倒れた。二度と立ち上がらなかった。


「アヤトくん、どやッ!」


「いい……笑顔です」


 実際に思ったコト。むごい、エグい、こわい。彼らの戦いは、思ったより凄惨を極めるものだったのかもしれない。


 てか、文字が失伝してこの石碑が読めなくなった原因って、つまりそういうコトじゃ……?


「さて、解体バラして焼いて、バーベキューにしよや! ミヤコ、デッカいの頼むわ!」


「イズミちゃんが仕切るんかい。ま、ええかあ。業炎魔法、『鳳凰瞳プロミネンス』」


「さすがアタシのミヤコや。すぐ火が通るわ!」


 ボコボコになった甲殻を剥ぎ取り、捌き、焼いた肉がそれぞれに行き届いたところで、長老が音頭を取る。


「えー、手短に済ますで。では、ボクらの未来を変えてくれたニンゲンのアヤトに感謝を込めて!」


「まず平和への一歩、その祈りを込めて!」


「「永き世になんかあれ!」」


「「なんかあれー!!」」


 木の棒に突き刺した肉を高々と掲げたあと、すぐにかぶりつく。オレもマネしよう。


「アヤトくん、メチャウマやろ?」


「……メチャウマがすぎる!」


「せやろ!」


 口に入れた途端、肉がとろけた。思わず顔がほころんでしまう。


「いやあ、楽しいなあ!」


「こんな日が来るとは思わなかったから、余計にねえ」


 ミヤコさんはワイバーンの頭蓋骨を盃にして、真っ赤なものを飲んでる。ワインかな?


「アヤトはんも飲む?」


「はあ、肉うっま。なにそれえ?」


「ワイバーンの血よ」


「なんで血飲んでるの!?」


「酒がないなら血に酔うのがエルフやからねえ」


「ニンゲンの口に合うかはわからんけど、いけるで!」


 もしかしてサリナさんの言っていた森の蛮族って、エルフのコトか? あり得る。ものすごくあり得る。


 引いたのは事実だけど、それはそれとして味に興味はある。グビッといこう、グビッと!


「ええ飲みっぷりやね」


「……ふつうに鉄の味ィ〜!」


「わはは、アカンかったか!」


 エルフとダークエルフは互いに顔を見合わせ、笑いあう。きっと石碑の傍で眠るケイトさんも、草葉の陰で笑っているだろう。


 あなたの平和を願う言葉は、たしかに未来に届いたのだから。

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