第19話 未来への願い

 エルフとダークエルフの里の境界線という、交わりの地・ヤマザキ。そこには巨大な石碑があった。


 わざわざ境にあるんだ。それの解読が彼らを和解に導けるといいのだが、今や一触即発。見上げれば、樹上にいるふたつの里の戦士たちが弓を構えている。


「おうおうシロの相手もラクやないで! ヒザつかんとカオが見えへんやんけェ!」

「クロどもが……!」

「ボン!」

「ボボォン!!」


 矢の代わりにヤジが飛び交っている。まだ平和だ。血が流れないのはいいんだけども……。


「ボンボンうるせえなコイツら!」


「スッ……スマン。大丈夫か君!」


「気づかうヒマあったら弓降ろせ!」


「ヤローどもは黙るコトを知らん。消音魔法、かけとくで」


 イズミさんのおかげで雑音は排除された。これで本腰を入れて解読できる。高くて見づらいけど。


「ニンゲンはん、見えへんの? しゃーないなあ。イズミちゃんは魔法使っとるし、ウチが肩車したる」


「あ、ありがとう。ミヤコさん」


 想像するとなんとも情けない絵面だ。女の子に肩車させてしまうなんて。まあ読むのが先決だ。


「えーと。読み解くぞ」


 石碑に書かれた文字は見たコトないが、しかし異界語召喚士バベルサマナーのスキルのおかげで読める。気になったのは、みっちりと詰まった文はひとりで書いたものじゃない。


……この内容はちょっと口には言いづらいな。申し訳なさを覚えるが、絶対にエルフたちの関係を変えられる。


「大事そうなトコだけ読んでいくぞ」


『11年・霧の月・11日。なんだかいい石を見つけたので、まず日付を彫る。どうせエルフの寿命は長い。なんにもない日々が記すコトによって潤うといいのだが』


「えっ、ヒマつぶしなんかコレ?」


「日記やないの?」


『11年・霧の月・17日。続かない。書くの飽きた』


「飽きるの早っ!」


「これからが大事なトコだから、ちゃんと聞いててくれよ」


『13年・花の月・3日。誰にも言えないからここに刻む。ダークエルフを好きになってしまった。一目惚れだ』


「だいぶ飛んだけど、そらなあ」


「言えないわよね、イズミちゃん」


「ねっ」


『13年・花の月・16日。想像もしてなかった。両想いだったなんて! でも堂々と会うワケにはいかない。ヤキモキする』


「会った頃を思い出すなあ。わかったとき、眠れた?」


「ふふっ。野暮や質問やね」


「会うのも命懸けやし、大変やで」


「でもアルラウネに捕まったら、本末転倒じゃあらへん?」


「今度は気をつけるて……」


『13年・花の月・25日。ダークエルフとの抗争が激化している。もはや会うコトも叶わないが、諦めたくない。この石をヤマザキの地にぶっ刺す。それぞれに日記をつけるんだ』


「元々ここにあったワケやないんか」


「ええ考えやね。ウチらもマネすればよかったわ」


『13年・牧の月・2日。相変わらず戦闘は続いているけど、いいニュースがあるよ。ロウの花が咲いたんだ。滅多に咲かないのは知ってるだろう? いつかふたりで見ようよ。約束だ、ケイト』


『13年・牧の月・4日。本当に? 早くみたいな。わたしのところもね、いいお話があるよ。なんとなんと、ウチの里で50年振りに赤ちゃんが産まれました! 子守唄を歌うと笑ってくれて、とってもかわいいんだ。早く戦いが終わるといいね、ナンバ』


「ええ話や……。くすん」


「赤んぼなんて、長く見てへんなあ」


 このあとも交流は続いてる。これの内容はほとんど交換日記だ。肩車を下ろしてもらって下の行を見ると、変化があった。ナンバの返事がなくなっている。


『17年・雪の月・25日。冷え込みが強くなってきたけど、まだ戦いは続くよね。でもきっと無事だよね。早く会いたいよ、ナンバ』


『17年・雪の月・27日。さみしい。会いたい。ずっと待ってる』


 次が最後に刻まれた文だ。落ち葉を払い、じっと見る。……なるほど。最後らしい、衝撃的な内容だ。


「イズミさん。魔法、解いてくれ」


「みんなに聞かせるんか。ええで!」


『17年・雪の月・30日。長老にこの戦いの意味を尋ねてみた。すると長老はこう答えた、ヒマ潰しだって。寿命を迎えるのを待てないエルフたちの能動的自殺だって。それが恒例なんだって』


「はあ!? ンなアホな!」


「こんな理由でナンバはんは……」


『エルフもダークエルフも互いを憎みあうようで、しかし心から感謝しているだろう。争いが身近なら、長すぎる命を納得のいく形で消耗できるから。わたしはそう言われた』


「そんなのイヤや、納得いかひん。アタシはミヤコの――」


「イズミちゃんの――」


「「傍にもっといたいねんっ!」」


『愕然とした。そんなモノにナンバは巻き込まれてしまったのなら、わたしは生きる意味を失ってしまった。長老が死が救いと言いたいのなら、わたしもそれを選ぶ』


『けれど、決して無抵抗ではない。こうして理由を未来に伝えれば、きっと同じコトが起きても止まってくれる。戦いなんて、ほとんどが呆れるような理由で始まるのだから』


「サカイ長老、聞いとるか?」


「キョウ長老も、やで」


『言葉は死んでしまった者には届かない。けれど言葉は今を超え、未来に生きる者に届く。わたしが届けるんだ。そしてわたしはここで眠る。あなたの言葉が刻まれた、この石の傍で。過ちが繰り返さないコトを信じて』


「――これでおしまいだ」


 ずっと喋っていたのでノドが痛い。咳払いをして、上を見上げる。さすがに男たちは弓を下ろしていた。


「ふーむ。なるほどなあ」


 短い口調から、サカイ長老は訝しんでいるのがありありと伝わる。


「せやったら、そう書かれてある証拠が欲しいのお。余所者は信用しづらいわ」


 大量の弓はオレに向けられたが、しかしその声は震えていた。足元で落ち葉の擦る音がする。


「アヤトくん、ちょっとどいてや」


「イズミさん、ミヤコさん、なにを」


「行儀悪いけど、墓暴きどす」


「……そうか。オレも協力します」


 オレたちは素手で穴を掘った。魔法も字も使わず、懸命に。やがてなにか硬いものが指に当たった。イズミさんとミヤコさんはそれを掴み、堂々と見せつける。


「ケイトさんの骨や」


「これが見えんほど、節穴やないでしょう?」


 サカイ長老は確認したあと静かに目をつむり、天を仰いだ。男たちは自然と弓を降ろす。


「……今までボクらは、なんのためにいがみあってきたんや」


「言葉が届いたなら、今から変わればいいじゃないですか」


「……疑ってすまんな。キミに会えてよかった」


 サカイ長老は木から降り、ダークエルフの先頭に立つキョウ長老の下へ歩を進めた。キョウ長老もそれに応え、ゆっくり歩く。


 ちょうど石碑の前でふたりは止まり、手を差し出した。


「すまんな」


「ええんやで」


 たったそれだけの短い言葉と握手後の力強い抱擁は、エルフたちの血塗られた歴史を洗うような、そんな平和が訪れるのを予感させられた。


……ほぼ全裸の男が抱き合ってる、とんでもない絵面だけど。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る