第18話 石碑を目指せ!

 イズミさんとミヤコさん、ふたりのエルフは愛していた。好きにすればいいと思うけれど、きっと周りは許さない。エルフとダークエルフはいがみ合っているから。


 エルフたちは争う準備をしている。それを止めるべく動こう。といっても、話しあいでなんとかなるのかな。


「んで、どうしようか。ミヤコさんのとこの長老に話すべきか」


「ウチの長老のキョウはんも、火花バチバチに散らしてますわ。ホンマ、堪忍やわ……」


「やっぱアカンか。なんかこう、便利なモンないかな? ひとつになれるようななんか」


「あの石碑、とか?」


「石碑? なんやそれ」


「知らんの? 交わりの地ヤマザキに建ってるアレや」


「ああ、アレな!」


「あんな境にあるくらいやから、読めればええんやけど」


「……ん? 読めない言葉なのか?」


「言葉は覚えられるけど、文字としては失伝しはったんよ」


「……もしかしてアヤトくん、いけるんとちゃう? ほら、バベべべべべーのチカラで!」


「そんなアホみたいな名前じゃなくて異界語召喚士バベルサマナーな! でもそうだな、オレなら読めるぞ」


「それは渡りに船やわ。善は急げ、ほな今すぐ行きましょ!」


 座っていた木の根元から立とうとすると、陰からサカイ長老がヌッと現れた。あの恰好もあって、とんでもなく驚いた。心臓が飛び出るかと思った。


「な、なんや長老?」


「におうなあ。異臭騒ぎやのォ〜」


「……自分の屁とちゃいます?」


「笑わせんなや」


 その声は冷たかった。青い目は血走り、拳を握りしめている。イヤな予感しかしない。


「ボクは里に住まう全エルフのにおいを記憶しててなあ、もちろんアヤトのも。だけれども……、だけれどもや。おるやろ、ダークエルフ」


「ンな……アホぬかせ!」


「今差し出せば内通行為も許したる。さあイズミ、早よしい」


「こんなうら若き乙女を疑うなんて、長老も人が悪いわあ!」


「ごちゃごちゃぬかさんと、さっさと差し出せやッ! こうもたやすく内偵に探られたら、こちとら里長として示しがつかんやろが!」


 ほぼ全裸の男の剣幕とは思えなかった。情けないが、オレは息を飲むコトしかできなかった。しかしイズミさんは真っ直ぐ長老を見据えている。


 てか全エルフのにおいを覚えてるって、ドヘンタイじゃねえか。


「信じてくれないんか、長老」


「せやから、ボクに信じさせてくれや」


「……ミヤコ、逃げろーッ!」


 イズミさんの掛け声でミヤコさんは走り出す。するとすぐに、長老の握られた拳がイズミさんに向かう。


「隠遁魔法とは賢しいわ。まず裏切り者には鉄拳制裁! 後悔せえ、ドタマぶち抜いたるわッ!」


 単純な物理攻撃には、単純な物理攻撃で応えてやろう。ハの字、召喚!


「今、なに見てた? 余所者は邪魔立てせんほうが身のためやで?」


「見てたから邪魔してんだよ。それに……余所者にしか見えないモンだってあるさ」


 この男、かなり強い。拳をハの字で受け止めているが、威力はゴブリンイーター並みだ。あのときは木刀とはいえ、ルークのそれとは全く比べ物にならない。


「ほほう、見た目よりもやりよる。やけど今はあっちが先やな。眩惑魔法、『新世界の灯火ブライン・ニューワールド』」


「なんの光!?」


 長老の股間の青葉が激しい光を放った。最低な絵面かつ予想すらしていない攻撃にオレはなにもできなくなる。


「目があ! 目があああ!」


「壁は除いた。イズミ、覚悟せえよ?」


「ぬかせ。ここで引いたら女が廃るわい! 突風魔法、『六孔颪』シス・ラファール!」


 なにも見えないが、大きな風が6つ肌に感じた。落ち葉が擦れ合う音もする。きっと目潰しだな。……いや、違うな。なんか焦げくさい。


「正気とは思えへんな。枯れ葉の摩擦で火を起こしよるなんて」


「えっ、ちょっ、イズミさん!?」


「消火とアタシ、どないする?」


「言うまでもあらへん!」


 パンっと、両手を合わせる音がした。イズミさんへの攻撃じゃない。


「うし、行くでアヤトくん!」


「イズミさん、まだ前見えない!」


「アタシの手ェ、しっかり握ってて!」


 イズミさんに手を掴まれ、いっしょに走る。目は見えなくても、強い視線がバシバシと感じる。


「イズミちゃん……。ニンゲンと仲良くしすぎよ?」


「嫉妬深いな! そんな踏み入らないからさ、今は許してくれよ」


「消火完了、味方も集めた! ダークエルフ狩り、本腰入れようやないけ!」


「ヤバっ、男衆も来た! ズルやん!」


「ほな、ウチの出番やね。安楽魔法、『平安郷愁ノスタルジア』」


 イズミさんの風魔法に乗って、不思議なにおいがする。少なくとも嗅いだコトはない。


「サカイ長老、あんさんの思い出のにおいを呼びました。……あら、これは。不思議やなあ。ウチのキョウはんと似てはるわ」


「や、やかましいわ! みんな、矢を浴びさせ!」


「おーい、みんなマジモードや。矢が飛んでくるで!」


「ふふっ。イズミちゃん、安心しなはれ。氾濫魔法、『室町瀑布カタラクト』」


「おおっ、すごいでアヤトくん、水の壁が矢を止めとる! さすがミヤコ、アタシの恋人なだけあるわ!」


「イズミちゃん。こんなトコでやめてもろて。ホンマ……、ホンマいけずやわ」


「ノロケとる場合かーッ!」


 ゲームでいう暗闇状態も治った。素早くまばたきして後ろを向くと、これまた股間に葉っぱ1枚の男エルフたちに追われていた。


「ねえあれエルフの正装なの!?」


「見りゃわかるやろ!」


「いや酔狂が過ぎるだろ!」


 あんなのが放つ矢に撃たれるのだけはイヤだ。一の字を召喚して、オレも防御に徹するぞ。


「あれが石碑や!」


「もうちょっとだな!」


 矢を弾いては走って、ついに目的地である石碑が見えた。……が、まだ遠い。


「あの……近づかないんだけど」


「あれめっちゃデカいもん」


「ふたりとも、もうひと踏ん張り!」


 近づくにつれ、その巨大さに驚いた。3メートルはあるぞ。


「よし、到着!」


 着いたとしても追手のエルフは止まってくれない。と思ったら止まった。


 見上げてみると、石碑の向こうの枝にダークエルフが立っている。真っ赤なカエデの葉っぱ一丁で。


「ダークエルフもそれかあ……」


「話は聞いたで、ミヤコ。このニンゲンが文字を読めるらしいのう」


「まずは信じてみましょ、キョウはん」


「頼むで、俺らはシロどもを牽制や」


「了解!」


 結果的に、エルフたちの臨戦体制を招いてしまった。ここまでくると責任を感じる。このバカでかい石碑に、なんとか止める足がかりがあればいいのだが。


 ともあれ、なにもしないよりマシだろう。さあ、解読開始だ!

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