第17話 ダークエルフの娘、ミヤコ

 どこの世界でも、隣人同士の争いは絶えないらしい。たとえそれが同じ森の中でも。


 静まりかえったエルフの里にて告げられたダークエルフとの戦闘準備。なんでこんなコトになってるんだろう、さすがに長老なら知ってるハズだ。


「また戦争って……。だいたいダークエルフってどんなヤツなんです?」


「ボクらより色黒なエルフやねん。んで髪は白、赤目で、おまけに腹も黒い! あいつの言葉は『腹黒弁』ちゅうんや。ちなみにボクらのは『面白弁』やで」


「んで、どうしてこんなコトに?」


「それはアタシから説明するわ」


 オレの隣にいたイズミさんがマジメな顔をして、長老のそばに立つ。おかげてほぼ素っ裸の長老の異物感がすごい。偉い人なんだろうけども。


「ダークエルフとアタシらは元々仲が悪かったんやけどな、ちょっと前に長老のペットのブタがダークエルフにケガさせられたらしく」


「らしいって……?」


「あの矢が刺さったキズはアイツらがつけたモンや。間違いない!」


 イズミさんの顔がまた曇った。なるほど、イズミさんが話してくれたおかげでだいたい察せた。長老が話してたら頭に入らなかっただろう。


「あー、なるほど。せっかく招いていただいたから、もうちょっと回って帰ります。イズミさん、案内お願いできる?」


「へ? ああ、ええで」


「仲間の恩人やし、ホンマはゆっくりさせたかったんやけどな。物騒なときに、すまんのう」


 オレとイズミさんは長老から離れ、ツリーハウスがない木の根元に座った。


「イズミさん、なんらかの思惑があって、わざと招いてくれたな?」


「いや、悪気はないねん! でも長老ならハーピーの子供、知ってるかと思ったのは事実や。ホンマやで、信じてくれ!」


「責めるつもりで言ったワケじゃねえけどさ。それで、オレに戦力として加わってほしいのか?」


「ちゃうよ。ちゃうねん」


「というと?」


 イズミさんはしきりに周りを見てから頷いて、両手を合わせた。イズミから青い光がほとばしる。


「消音魔法、『踊る波間の風凪カルム・マイシマ』」


 そう唱えると、鈴のような音が響く。すると、風の音も落ち葉が擦れ合う音も聞こえなくなった。これが消音魔法のチカラなのか。


「どや、たまげたやろ。ニンゲンは神に祈らんと魔法も使えんらしいな」


「これは……、長老やみんなに聞かれないためか? エルフは木と会話できるって言ってたから」


「わかってくれるか、アヤトくん。それでな――」


 言いかけたイズミさんの目が見開き、細身の剣を構えて空を見上げた。


 ……と思ったら、オレの隣になにかが落ちてきた。驚く間もなく振り向くと、それは人影だった。まさか人間か? いや――


「さすがイズミちゃん。カンのいいお人どすなあ」


「ミヤコ……。やっぱ隠遁魔法で尾けとったんか」


 ダークエルフだ。長老の言っていた特徴がすべて一致している。既知らしいけど、敵対しあう者同士、イズミさんは剣を納めたが、どうなってしまうのか。


 ふたりに挟まれている形だが、離れるとややこしくなりそうだから動かないぞ。


「おかげさんで、お宝映像ゲットやわ」


「なんや、水晶なんか出して」


「見てみ、コレ」


 ミヤコと呼ばれたダークエルフは指パッチンすると水晶が輝き、映像が浮かんだ。


「……あ〜っ! アタシがアララララに捕まってるヤツやんけ! そっから尾けてたんか!?」


「これをな、ニンゲン相手に売りさばけば、えらいカネになるんよ?」


「捨てえな! やめろやホンマに!」


「ウソ、ウソ。売るワケあらへんやろ。ほかしたりもせんけどなあ。白目剥いて、舌も出して……。ホンマにかわええなあ。興奮するわ」


「ホンマ性悪やな。あれか、なんかの腹いせか?」


「あら? あんな見え透いたワナに引っかかるイズミちゃんが悪いんよ?」


「でもまあ助かったから言えるけどな、めっちゃ気持ちよかったで。アララララの接吻」


「……あら、ホンマ?」


「このアヤトくんのおかげで新発見やな! わはは!」


「こないなもっさいニンゲンのどこが気に入ったんだか……」


「あれえ? いつもの奥ゆかしさがなくなっとるでえ!?」


「ホンマ、いけずやわ。そちらのニンゲンはん、イズミちゃんのコト気に入ってるみたいやけどなあ、この人、半目開けて寝よるんよ」


「急になに言うとんねや!?」


「あと、いびきも賑やかでなあ」


「ああっ、ズル! 一回言うたら、次はアタシの番やろ!」


……うん? なんか違和感。どういう情報だよオイ、いがみ合ってるんじゃないのか?


「じゃあな、聞いてやアヤトくん。このミヤコはな……。寝てるときヨダレだらだらなんよ」


「はあ〜? ヘンなコトかしら? そないなコト言うたら、イズミちゃんの胸のホクロのほうがヘンやわ」


「ンなコト言うたら、ミヤコのケツのホクロのほうがおかしいやろがい!」


 違和感は解消された。呆れたような、安心したような。聞いてて恥ずかしいし、生々しい。間に挟まっててもいいのか。


「まあ、お下品やわ。だからうなじのトコ、遠慮なく噛みつくんやね」


「ンなコト言うたら、アタシの肩にも噛んだやんけ!」


「んもう、これだから手も口も力加減がわからないアホの子ちゃんは」


「なんやと!? 口元ゆるゆるのクセしてからに!」


 マジで生々しい。ふたりとも顔が真っ赤になってる。尖った耳の先っちょまで。原因は怒りなのか、はたまた……。


 とりあえず血なまぐさいコトは起きないのはわかったので、オレは挟まっていた状態から2歩引いた。


「どう思うよアヤトくん!」


「どうって……お幸せにどうぞ」


「下がって長老にチクる気どすかあ?」


「しないしない。間に挟まってるのも悪いかなって。それよりもオレなんかどうでもいいから、腹割ってふたりで話してみればいいんじゃね?」


 イズミさんとミヤコは向かい合う。あんなにきれいな青い瞳と赤い瞳に挟まれていたのか、オレは。


 やがてふたりは無言の会話を交わしたようで、涙の堰が切れ、抱きしめ合う。


「お幸せにやって? そらそうなりたいよ、アタシ……!」


「ウチもやよ……」


「すぐマネするやん……!」


 エルフ同士の関係なのか、ふたりの性格なのか、色々とこじれてるモンがあるな。とにかく、そのひとつくらいは解決してやりたい。


 余所者のオレが踏み入っていいのかはわからんが、きれいな花が踏みにじられるのは傍観できない。


「イズミさん、ミヤコさん。止めようか、エルフ同士のいさかいを」


「お願いや、協力してくれ!」


「ニンゲンが? お、おおきに……」


 きっと、波風立たずわかりあえるだろう。違う民族でも、愛がために涙を流せるのなら。

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