第15話 支えあい
「ふたりとも、ごめんねえ。ほんとうにごめんねえ」
九死に一生を得たアルラウネはひたすら頭を下げている。彼女の緑色の素肌とは真逆の美しい赤髪がなびく。
あっ、いいにおいがする。なんかクラクラしてきた。髪の香りなのか?
「も、もう謝らなくてもいいよ」
「いんやあ、みったぐねえだ。食べようとしたニンゲンに助けられるなんて。謝っても謝りたりねえだあ」
なんだかドキドキしてきた。サリナさんを見ているときみたいだ。
「なんか様子がおかしいゴブ……」
「ウワサだけんな、アララララの髪のにおいって媚薬の成分といっしょらしいで。にーちゃんのトロトロした目ェみりゃ、ホンマみたいやね」
そう言って他人事みたいにエルフが肩をバシバシ叩いてくる。いや、あなたも緑のレオタードにロングブーツっていうとんでもない恰好なんですよ。肌面積多いの自覚して……。
「どうにかして償えねえかなあ? あげられるモンなら、なんでも……」
「なんでも?」
「なんでもやるだよお!」
頭の中ではダメとわかっていても、しかしアルラウネににじり寄っていた、その瞬間、声が聞こえた。
(クサビ・アヤト。聞こえますか? あなたの心に直接語りかけています)
「め、女神様!」
ゼッタイに見られたくないところを見られてしまった。急に熱が冷めた。とはいえ、まだドキドキは治らないけど。
(と、おやあ? いやはや、間が悪いですねえ。ナニかするタイミングで声をかけてしまいました)
この例えようのない恥ずかしさはなんだろう。だが理性を戻すチャンスだ!
「ゴブ夫ーッ! オレのふくらはぎに矢を打ち込めーッ!」
「ブブッ!? 正気ゴブか!?」
「いいからやってくれー!」
「後悔しないでほしいゴブよ!」
ゴブ夫は素早い手つきで矢を引き、放つ。
「いったあッ!?」
「ほら言わんこっちゃないゴブ!」
「ああ言い忘れてたけどな、めちゃくちゃビンカンになるらしいで」
「それ先に言ってえ!?」
(あら、アヤトさんの状態異常も治ったようでよかったですね。ではわたくしはこれで……)
「茶々入れに来ただけ!?」
まあ、おかげでチャーム状態から抜け出せた。痛いけど。めっちゃ痛いけど!
「ごめんね、おらのせいでまたケガしちゃって。んだばこれ持っていくかい?」
そう言って、アルラウネはなにかを差し出した。試験管のような小さなビンに、乳白色の液体が入っている。
「なにコレ? また媚薬の類い?」
「あのねえ、冒険者たちがなあ、コレを狙っておらたちの仲間さいじめてたんだわあ」
「お宝ってコトか」
「価値があると思うんだあ。これで許してくんないかい?」
「許す許す。ありがたく受け取るよ」
オレはアルラウネから小ビンを受け取った。逆さにすると粘度があるようで、ゆっくり下に落ちる。
「野暮な質問だけど、コレどこから採ったの?」
小ビンを空の水筒に入れて尋ねる。
「矢が刺さってて見てなかったんだねえ。……ナイショだよ」
「あそう……」
アルラウネは緑色の顔を赤くした。恥ずかしそうだから、これ以上訊かないでおこう。そこまで踏み込む勇気がない。
「ほんでにーちゃん、なんでこんなトコにおるんや?」
そうだよ、忘れるとこだった。ハルを探しに来たんじゃないか。オレはワラにも縋る思いで3人に手がかりを訊いてみた。
「あのハーピーとはぐれちゃったゴブか。知らないゴブねえ。ゴブもみんなとはぐれたし……」
「ハーピーの子供? いやあ、知らへんなあ」
「ごめんねえ。わかんないわあ」
うーむ。なんかすごい疲れたけど、振り出しに戻ったな。
「興味本位なんやけど、そのハーピーとはどういう関係なん?」
「……娘。ハルって名前の」
「ムスメ!? ファーっ!」
エルフはテレビで聞いたコトのあるような甲高い笑い声を上げる。しかし顔は清楚な印象なのに、コテコテだ。
「笑わないで聞いてくれよ。ゴブリンに追い詰められてたのを助けたあと、いっしょにワーロ・ハーク神殿に行ってな」
「ブブ……。反省してるゴブ」
「それでゴブリンと仲良くしてるんか? ナゾや。ミステリーや」
「そっから色々あってゴブリンイーターをゴブリンたちと協力して倒したあとにな、棲家に案内されたんだ」
「ニンゲンのクセにやるなあ、あのまん丸オバケを倒すなんて。んで、そのハルちゃんもいっしょに?」
「そう。くつろいでたらハルの母さんが来てさ、絶縁だって言われたんだって。まだ小さい子なんだぜ? ひとりぼっちにはできねえだろ」
「絶縁〜?」
黙っていたアルラウネが会話に入ってきた。
「ハーピーってさあ、この森さ一歩でも出ちゃえば、もう一人前の扱いじゃなかったかや?」
「そうなのか!?」
「お花がね、そう言ってたよ。ウソだと思うかい?」
「いや、信じる。ハーピーだって風と話せるからな」
オレたちを吹き飛ばしたとき、母ハーピーはなにを思っていたかは、今ではわからない。
そんな掟があったとして、ホントは追い出したくなかったのかもしれない。厳しい言葉を伝えて、どんな気持ちだったんだろう。
……考えても、なにも始まらないのだけれど。早く会いたい。すぐ伝えたい。
「ちょうどいい土産話ができたな」
「にーちゃん、他にアテはあるんか?」
「残念ながら。別れたのはワーロ・ハーク神殿寄りだしな」
「反対側やんけ、えらい遠くまで飛んだんやなあ。……せや、ウチの長老に会ってきいひん? なんか知ってるかも」
「長老? つまりエルフの棲家に連れてってくれるのか?」
「ふつうニンゲンなんか来られへんけどな、アンタは命の恩人や。なんとか入れたる!」
「じゃあ、案内頼むよ。えーと……」
「アタシはイズミ!」
「オレはアヤト。よろしくな」
「アヤトな、バッチリ覚えたで! さっ行こか、ハヤト!」
「覚えてねえじゃん!」
「おう、ええツッコミや!」
話せるコトでいろんなところに招いてもらって、ありがたいなあ。おかげてこんな異世界でも孤独を感じない。
「ブブ、ニンゲン、また会えたら会おうゴブ。ゴブは仲間を探すゴブ」
「仲間、見つかるといいな」
「したっけね〜」
ゴブ夫を見送ったあと、アルラウネは手を振って別れのあいさつをしてくれた。腹の音を鳴らしながら。そういえば、狩りの途中だったんだよな。邪魔しちゃったなあ。
「イズミさん、アルラウネの飯を調達してから行こうぜ」
「おまっ、ホントお人好しやなあ、アタシ食われかけたのに。まま、水に流したるわ。マヒ毒だけに」
「おらのために持ってきてくれるんかい? ごめんねえ、助かるよお。なんでも食べるから、生きものなんでも持ってきてねえ」
「任せとけ!」
「しゃーない。その狩り、付き合ったりますか!」
オレたちは種族が違っても、笑顔の他にも共通するものはある。空腹のつらさだ。だからなるべく助けてあげたい。傲慢かもしれないけど、それが正しい道だと信じたい。
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