第13話 幸せの行方は
「ほら、あーんしてください」
「いいんですか、こんなに甘えても」
「どうですか?」
「おいしいです」
「ふふっ、よかったあ。上手に野菜、切れてるでしょう?」
サリナさんの下で傷を癒す日々が続いた。動けなくて情けないけど、ご飯を食べさせてもらったり、ときどき村の人たちがやってきて話をしたりして、退屈はしなかった。
なによりサリナさんと過ごす、一番好きな時間は……。
「アヤトさん。これ、読んでもらってもいいでしょうか?」
「もちろん。お安い御用です」
「やった! じゃあこれを読んでください。子供のときに好きだった本なんです」
本を読み聞かせるコト。サリナさんは本を読むのが好きだったけど、モンスターに襲われて失明してしまい、読めなくなってしまった。
なので、オレが代わりに読み聞かせている。初めて触れる異世界の童話も面白くて、ふたりで物語を楽しんでいた。
身体を動かせるようになってからは外に出て、サリナさんの案内で村の周辺をうろついてみた。村といっても、その規模は小さい。ぽつんぽつんと建っている家屋の周りに、余裕でまたげる高さの柵が囲っている範囲内を村と呼んでいる。
村長さんいわく、「ここの村人たちは冒険者にもなれず王国市内にも住めない、烏合の衆の集まり」とのコト。
烏合の衆だなんて卑下してるけど、そんなふうには思えない。足りないものはみんなで補い、助けあっている。そんな村人たちの生活ぶりがまぶしく思えた。
世話になってるだけじゃ申し訳がなさすぎる。リハビリがてら、せめてオレのできるコトをしなくちゃ。
「おっ、サリナちゃんとこの行き倒れじゃないか。手伝ってくれるのかい。病み上がりなのに悪いねえ。んじゃあこの柵を埋めてくれよ」
「了解です!」
「おおっ、真っ黒いハンマーだ。いいねえ、バベルなんとかのスキル!」
恩返しのつもりだったけど、働くたびに褒められて、お礼をもらえるなんて、こんなにも働く喜びを感じたコトはない。
こうして、心から温かいと思える時間は――
「ねえねえ、野菜の収穫を――」
「ウシの乳搾りを――」
「了解でーす!」
あっという間に過ぎ――
「アヤトさん、今日はこの本をいっしょに読みましょう!」
「はい、了解です」
「読み終えたら、寝ましょうか。いい歌が思い浮かんだんです。聞いてくれますか?」
「もちろん。サリナさんの歌は落ち着きますからね……」
そして、オレの身体もすっかり治った。
「サリナさん、お世話になりました」
玄関で屈伸運動をしてから肘のストレッチ。うん、もう痛くない。
「もう行ってしまうのですか。ワーロ・ハーク神殿はここからずっと北にいったところ。しかもモサモサ大森林を越えなきゃいけないなんて、危険です。火を吹く飛竜ワイバーンや森の蛮族だっているんですし……」
正直言って、出たくない。こんなに居心地がいい場所は人生で初めてだったから。でもオレはハルを見捨てられない。
「オレ、必ず恩返しします。それまで待っていてください」
「待ちませーん」
「ちょ!」
ドアを開けて外に出た瞬間、サリナさんが後ろから抱きついてきた。
「おッ、む、胸が……」
背中に感じる柔らかい感触にドキドキしたのも束の間、農作業中の村人たちの目がオレを突き刺す。
「おはようサリナちゃん。朝っぱらからアツアツだねえ」
「ずいぶん気にいったんだなあ。まあ、ムリもないか!」
「式上げるときは知らせてね、おねーちゃん」
老若男女、みんなして微笑んでいる。ここまでくると、視線のほうが恥ずかしい……。背後で抱きついてるサリナさんがささやく。
「みんなも、アヤトさんのコトが好きみたいですね」
「も、って……?」
「ふふっ、そういうコトですね」
どうやら爆速で外堀を埋められていたみたいだ。こんなオレを受け入れてもらってすごくうれしい。でも、こんなに幸せな思いをしていいのか。
いやいや、オレが幸せになる前に、ハルを探すんだ。その手がかりを探すためモサモサ大森林に行くんだから。
「ホントは行きたくないんです。でも、探しものを見つけに戻らないといけなくて。どれだけ時間がかかっても、また帰ってきていいですか。とても厚かましいのは承知の上です」
「もちろんですよ。だからどうか、どうか無事で帰ってきてください。はい、これ。水筒です」
サリナさんから竹でできた水筒を受け取ると、顔の高さに手を差し出した。オレはそれにタッチして応えた。
「ありがとうございます。では、いってきます!」
「はい、いってらっしゃい」
みんなに見送られながら、オレは自分で埋めた柵を跨いでモサモサ大森林へと向かうのだった。
※ ※ ※
「――いやデカいな!?」
門前街の宿で地図を見た感じ、なんとなくはわかってたけど、すぐ迷いそうな森だ。
村を離れるのはやっぱり名残り惜しい。思わず後ろを振り向いてしまう。帰りたいなあ、この世界では存在ごと余所者なのに、郷愁の念に駆られている。
「……いや、行かなきゃ」
空につぶやき、鬱蒼とした森へと足を踏み入れる。ハルの手がかりがあるといいのだが。
しばらく進んでいると、なにか聞こえてきた。ガサガサと音もする。それを頼りに茂みの中を進むと、人影があった。
「……ぁーん」
困っているような声もする。助けないといけなさそうだ。
「大丈夫か!?」
声を上げてみると、それは顔を上げた。白く整った顔に碧眼、長い金髪を束ねた女性がいた。
美貌もそうだけど、より目を引くのは耳は尖ってる耳だ。先っちょにピアスまで着けてる。もしかして、エルフってヤツか!
「アカーン! ヘタこいたわホンマ。んもっ、どないしよ! なにやっとんねんアタシは!」
喋りかたは思ってたのと違う。
「アッ、そこのニンゲンのにーちゃん、アタシの足首に絡まってるツタ、切ってくれへんか!?」
エルフの女性はしきりに指で示している。そんなに焦る必要はあるのか?
「ちょっと待っててくれ」
「あーヤバ、花が開く!」
「なんのコト……?」
突然ツタが増え、エルフの身体を締めつける。ツタを辿ってみると、大きな蕾があった。
「花開くって、これか!」
「うぅー、すまんな、感謝するで!」
ナの字を召喚しツタを斬ると、巨大なつぼみがゆらゆら動き、花開いた。
「ふああ……。あれえ、ニンゲンの男だあ。びっくらこいたなあ」
もうなにがあっても驚かないと思ったけど、やっぱり驚いた。花の中には、緑色の素肌のした一糸まとわぬ少女がいたのだから。
「アララララが目ぇ覚ました! ほら逃げるで、機嫌悪くなるからな!」
「あ……もしかしてアルラウネ!?」
「そう、それや! ってあれ、アンタ言葉わかるんか?」
斬ったハズのツタが再生し、ウネウネと動かしている。威嚇しているようだ。戦闘の準備はバッチリといったところか!
「お昼寝と狩りの邪魔されて怒らない生きものはいないべさ。さ、覚悟してくんろ?」
アルラウネが あらわれた!
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