第12話 運命の人
「おい、パチンコ行ってくるからな。ひとりで留守番してろよ」
誰かのせいにするつもりはない。この世に産まれた以上、みんな横並びにスタートし、そして比べられる。たとえ環境が違くても。
「参観日? あー残念。オレは預金を下ろさなきゃいけねえんだ、パチ屋にな。ケケッ。メシはなんとかしろ」
味方なんていなかった。両親から振るわれる言葉は全てトゲのようで、耳を塞いでも塞いでも、心は傷ついた。
「大学へ行きたい? アンタわかってるでしょ、ウチが貧乏だってコトくらい」
わかっている。勉強もしたかったが、一番の理由は親元を離れたかった。卒業したところで奨学金の返済で首が回らなくなり、将来に希望すら持てなくなった。
「もう出てけ、出てけ。ウチにバイト代も入れない金食い虫なんざ、地獄でもどこにでも行っちまえ。帰ってくんな。のたれ死ね。生きてる価値なんざねえんだからよ」
所詮、クズの子供はクズ。誰からも愛されないオレなんて、生きてる価値なんてなかった。オレでさえ自分を愛せなかったんだから。無味乾燥とした毎日なんて、どうでもよかった。
だからこそ、トラックに轢かれそうになった子供を見て、瞬時に助けなきゃって思った。オレなんかよりも生きなきゃならない、価値のある人間なんだから。
死んじゃいけない。死ぬのはオレだけでいい。その代わり、あのときの行動は報われたって信じたい。それだけがオレの生きた証だから――
※ ※ ※
「――クサビ・アヤト。起きましたか?」
女神様の声で目を覚ますと、いつか見た真っ白い空間だった。というコトは、ここは……。起きて早々に焦る。
「ずいぶん、うなされていましたね」
「すこし、イヤな夢を見てました」
「やはり死んでしまう前は、ずっとつらかったのですか」
「たまにいいコトもありましたから、なんとも。ところでオレ、また死んだんですか」
「……悔しいですか?」
この反応はやっぱり……。まだ死ぬワケにはいかないのに!
「だってオレ、ハルを見捨てられません。探さなきゃ。きっとひとりで不安がってる」
「あなたはがんばりましたよ。また子供を救ったじゃないですか」
「また途中です。オレ、毒親に育てられて、ホントに健全な家族のカタチってわからないけど、それでもいっしょに暮らして孤独を癒してやりたいんです! 女神様、チャンスを!」
オレは頭を下げたけど、女神様はキョトンとしている。
「生きてりゃなんとかなる! そうでしょうッ!」
「だったら目を覚ませばいいんじゃないですか」
「えっ?」
「アヤトさん、まだ死んでませんよ」
「……なんだよかったあ! んもう、すぐそう言ってくださいよ、イジワルだなあ」
「ふふっ。自分の命をもっと丁寧に扱ってほしくて、つい」
「それは、まあ……。そんなコト言うなら、ほら、他の冒険者のほうが命知らずじゃないですか」
「わたくしから見たら変わりません。それに、もう生き返せませんしね。ちゃんと自分の命は自分で守らないといけませんよ。わかりましたか?」
「あ、はい……」
なにも返す言葉がない。たぶんマトモな母親ならこうやって心配してくれるんだろうな。
って、いやいや。オレがハルの親になるって言ったのに、女神様に母性を感じてる場合じゃないよ恥ずかしい。
「しかし、わたくしの見立て通り、あなたはやってくれそうですね」
「え? なにを?」
「
「んもう、またもったいぶって」
ダラダラとダベっていると、以前と同じように、オレの身体から光の粒が溢れだした。そろそろ異世界で目が覚める合図だ。
「あなたの名の如く、言葉で命と命を繋ぐ
「はい、がんばります!」
決意をガッツポーズで表したあと、すぐに眠たくなった。右も左も真っ白な空間、立ってるのか横になってるのかわからないが、目をつむるとすぐに寝入ってしまった――
〜♪
〜♪
〜♪
歌が聞こえる。目を覚ますと、天井があった。空なんかじゃない。ベッドで横になってるのを見るに民家のようだ。誰が助けてくれたんだろう。
「あっ、ごめんなさい。うるさかったですか?」
「いえ、そんなコトは……あいててっ」
女の人が顔を出した。長い黒髪で目が隠れている。立って礼を言おうとしたら身体中が痛んだ。
「傷が癒えるまで、ゆっくりしていてください。大変でしたね、あなたもモンスターに襲われたみたいで……」
「その、オレはどうしてここに?」
「村長さんが人が倒れてるって……。それてわたしが預かったんです。傷もひどいし、服もボロボロで……」
そういえば服が違う。下着もだ。
「あッ! その、ごめんなさい。ここまでしてもらって! この服は……」
「わたしの兄が着ていたものです。サイズぴったりでよかったです。あっ、ちゃんと洗っていますからね」
「いえそんなとんでもないです! それよりごめんなさい、オレなんかの汚い身体をその……」
「あはは、それは大丈夫ですよ。わたし、目が見えなくて」
「えっ?」
「ぼんやりとは見えるのですが……。細かいところまではわからなくて」
「モンスターに?」
「起こったのは一瞬なのに、後悔だけは一生モノで……。イヤになっちゃいますよね」
ハーピーとかのモンスターを多少受け入れていたワーロ・ハーク神殿が異質だったのか。ハルの行方も気軽に訊けないな。
「ごめんなさい。悪い空気にしちゃって。とりあえずまだ安静にしていてくださいね」
彼女はテーブルに置いてあるカゴを持って外に出ようとしている。ぼんやりと見えるとは言ってたけど、ほぼ失明状態。ひとりでは危ないハズだ。
「オレも着いていきますよ!」
「心遣い、ありがとうございます。でも、さっきも言ったでしょう」
「でも……ううん、ありがとうございます。どうしてオレなんかによくしてくれるんですか?」
「困っているときはお互い様ですよ。わたしも見えないところで村の方々に助けてもらってますし、それに……、あなたは悪い人には見えないから!」
彼女の口元がゆるんだ。出会ったばかりなのにと思ったのは一瞬だけで、胸が熱くなった。
「……まだお互いの名前も知らないんですよ?」
「わたしはサリナです」
「アヤトです。……お世話になります」
「これでいいですね?」
ドアを開けると、日の光がサリナさんを照らした。去り際にまた微笑む。
「悪い人には見えないって言いましたけど……。こういうときは目が見えないのに? って言うところですよっ」
「じ、冗談がキツいですよ!」
「あはは、やっぱりいい人ですね。それじゃあ、いってきます」
それだけ言って、サリナさんは外に出ていった。オレだけこんなによくしてもらっていいのか。いや、今はご好意に甘えて傷を治してから、ハルを探そう。
……うーん。しかし甘えっぱなしも最低だ。治ったらサリナさんにも恩返ししなきゃ。
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