第11話 母と子と、親への決意
恐らく人間の中ではオレが初めて参加したゴブリンたちの宴。彼らはモグラやミミズといった地中に棲む生物を喰っているので、当然それらがもてなされた。
結論だけ言う。見た目よりもずっとうまかったし、楽しかった。あんなに騒いだのは久しぶりだったな。
「んー、なんかさ、寒くなってきたんだけどお」
穴の中なのに、なぜか冷たい風が当たる。横になっている体勢の今、寝落ちでもしたら風邪引きそうだ。
「ブブ、そうゴブか?」
「そのマスクしてるからわかんないのか? てか巣穴に帰ってんのに外さないの?」
「ゴブたちはこのマスクがなきゃ、色がわからないゴブ。肉眼だと世界が白黒ゴブ」
「へえ、色覚サポートも兼ねてるんだな。すげーツヤツヤしてるぅ」
「ブブ、指のグルグルが付いたゴブ! こりゃだいぶ出来上がってるゴブね。それじゃ宴もたけなわゴブ。片付けて、寝る準備でもするゴブか。息は苦しくないゴブ?」
「おーう。へーきへーき」
「じゃあ寝室作ってくるから、ちょっと待ってるゴブ!」
ゴブリンたちはたくさんあった小さな食器を持ちつつ穴を掘り、ひとり残らず暗がりに消えていった。
「やべー、もう寝ちゃいそう。オレ、こんなに酒弱かったかな」
「かぜ……」
「どしたの?」
オレの足首の上に立っているハルがつぶやいた。どうやら来たときにぶっ壊した巣穴の入り口を見つめているようだ。
「もっと、つよいかぜが……。アヤト、あたま、まもって!」
「なッ、どうしてわかるんだ!?」
「かーちゃんがきた!」
ハルが叫んだ瞬間、突如として耳をつんざく音がした。全身を凍りつくような寒さに襲われ、見上げると森が見えたコトで、初めてその音が風のソレだと理解した。
「ブブーッ!? ゴブたちの棲家がなくなるゴブ!?」
「……ハル、肩につかまれ!」
周囲に土が舞い上がり、跡形もなく壊れた巣穴からゴブリンたちが風に攫われていく。
すぐに立ち上がり、手を伸ばしても届かない。まるで洗濯機に回されてるかのように見えない竜巻に飲まれ、土といっしょにグルグルしている。
「母さんに止めるよう言えないか!?」
「いったよ、いったけど……!」
ハルの足が食い込み、オレの肩から血が出ていた。痛さなんて気づかなかった。ハルもそれほど羽ばたくのに必死だったし、オレも必死だった。
「もうとめてよ、かーちゃん……! いっぱいあやまるから、またじゅどーに、とじこめていいからっ!」
「その『じゅどー』ってなんだ?」
「きのあな!」
「……やっぱり
なにもいない空に向かって叫ぶと、母ハーピーが音もなくその姿を現した。人よりもずっとデカい。大きな翼を羽ばたかせながら、冷たい視線をオレたちに向けている。
「ずっと見てたのかよ、気に食わねえ……!」
「かーちゃん! ゴブリンたちにまけちゃって、ごめんなさい! でも、もうなかなおりしたから!」
ハルの訴えにも、母ハーピーはなにも言わない。
「どんなおしおきも、たえるから! もうやめて……。やめて、ください!」
母ハーピーは翼を背中に回している。より大きな風を起こす気だ!
「この『つ』につかまれ!」
オレはつの字を召喚して、地面にブッ刺す。硬くて重いこの字なら、そう簡単に吹き飛ばせまい。
「うぅ……。かーちゃん」
「母さん、なんだって?」
「あのね、『この森から出ていけ。縁を切る』だって……」
「……それが泣いている娘に掛ける言葉かよ。ふざけるな!」
母ハーピーは表情ひとつ動かさず、また大きな風を巻き起こした。
「ハルは草原の火事を消したアンタに対してあこがれてたのに……。そんな言葉の暴力が許されるなら、オレにだって振るう道理があるぞッ!」
「アヤト! だめーっ!」
「痛っつ。……いい子だな、ハルは」
「ハルは、いいこなんかじゃ……」
ハルの爪がより肩に食い込む。いや、食い込ませたのか。たったひとりの母親を守るために。
オレにできるコトは残りの腕でつの字につかまるだけか? いや……まだ言葉がある。
アンタはなにも言わなくても、しかし聞こえるだろう?
「オレに暴力を振るわせないように、ハルは肩を使えなくしたんだ。こんな心やさしい子を捨てるって言うなら、ハルはオレの娘にする」
「……アヤトのこども?」
「ハル、母親に縁を切られたって、ひとりぼっちにさせないぞ。オレが親になる。約束だ」
「うん。うん。……ありがと」
母ハーピーの表情が鮮明に変わった。目を見開き、歯を食いしばっている。逆鱗に触れたようで、風がより強くなる。息をするのも精いっぱいだ。
「アヤト、『勝手にすればいい』って、かーちゃんが」
「じゃあ、どこへ行こうか」
「ハルは……」
ハルはきっと、母親の胸の中に行きたいのだろう。絶縁を打ちつけられても、別れたくないのだろう。
どのような母親なのかは知るよしもないが、オレのやっているコトは最低だ。娘と母の関係を積極的に引き裂こうとしているのだから。
でも放っておけない。森の外に出て、あんなに楽しそうにしていた。きっとハルも感じただろう、親以外にも愛されるというコトを。
「ハルはね、……ハルはね、アヤトといっしょなら、どこでも!」
元気いっぱいに言ってくれると、風は嵐のように荒れる。森を震わせる木々のざわめきは、まさしく母の怒りだった。
「アヤトー、とばされるー!」
「ちゃんとつかまってろ。オレも『つ』を離さないぞっ。オレの言葉は、硬くて、重い!」
つの字は一向に抜けそうにない。このまま耐えていれば必ず立ち去る、そう信じていると、視線の横に母ハーピーが来た。どんどん耳に近づいてくる。
「離さない、離さないぞッ!」
なにか耳打ちでもするのかと思えば、あまりにも予想外の行動だった。
「ふっ」
「あぅんッ♡」
耳に息を吹きかけられた。オレは脱力した。
「おッ♡ ヤッベ♡」
そして、手はつの字から離れる。ずっと回り続けるゴブリンと同じようになってしまった。
「ハル!」
「このまま、とばされちゃうよー!」
「ゴブたちも心配してゴブ! 忘れてるだろゴブー!」
「ゴブゴブうるさい!」
「嫌われすぎゴブー!」
オレたちは風に分かたれ、離れ離れに宙を舞い、どんどん上昇して、木々よりも高い場所を飛んでいる。呼吸が難しい。意識も飛びそうだ。
「ハル、おまえをひとりにさせないからな。ゼッタイに、ゼッタイに!」
「あいにきてね。まってるから。だって――」
「「生きてりゃなんとかなるから!」」
突風で飛ばされながらも、しかし薄れていく意識の中で絞り出した声は、きっと届いたハズだ。あとは祈るしかない。オレとハルたちの無事を――
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