第10話 ゴブリンとの宴!

 黒くなった草原に、黒い雲から雨が降る。この世の終わりみたいな雰囲気だけど、死闘の末の心地よい疲労感と充実感があった。


「素晴らしい戦いでした。……追放するにはもったいないくらいに。申し訳ありません。危険なクエストだったのに、宴もせず、報酬の一部も出せず」


 冒険者たちを代表して、ミオンさんが声を掛けてくれた。


「いつかはバレると思っていました。仕方のないコトです」


「視界は悪いですが、今の戦いも恐らく見られています。ましてやあの火柱を起こしたのがゴブリンの発明とわかれば、ただちに掃討ハント対象になるでしょう。すぐに逃げるよう伝えてください」


「約束を守っていただき、ありがとうございました」


「我々だけでもゴブリンイーターを倒すのは難しかった。……この一件は王国に報告しません、幸い死傷者もないので。記憶だけに留め、良き思い出として残しておきます」


「しかし監視されてるのなら、ミオンさんも責任を問われるのでは……」


「後は流れに身を任せます。生きてりゃなんとかなる、でしょう?」


「……共に戦えて光栄でした」


 オレが頭を下げると、下げた視線に手が差し出された。細い指が似合うきれいな手だ。すぐに顔を上げ、互いに握りしめる。


異界語召喚士バベルサマナーのアヤト殿、あなたの旅路に幸多からんことを」


 ミオンさんたちは街へと帰っていく。その背中を追うコトはできないから、せめて手を振って別れよう。


 するとルークが立ち止まり、振り返った。歯を食いしばって悔しそうな表情をしている。


「くキィィ……。うらやましい。その手、洗うなよ。洗うなよ!」


「ブレねえなアイツ!」


「ルーク、立ち止まるな!」


「はい姉ちゃん!」


 いいカンジの別れだったのに、台無しじゃないか。さて、これからどうするか。


「くちゅん! アヤトー、さむい」


「そうだよなあ……」


 居場所がなくなってしまった。これじゃ横にもなれない。


「ゴブリンよ、近くに村とか知らないか?」


「知らないゴブ」


 リーダーゴブリンはマスクを横に振った。せめて雨を凌がなきゃ。ハルが風邪を引かないか心配だ。


「ブッブー! ならウチに招待すればいいゴブ!」


「ゴブ夫、マジに言ってんのか!?」


「リーダー、どうゴブ?」


「……ヤツと対峙したわりに損害はかなり少ないゴブ。複雑だけど、恩ゴブと言って差し支えないゴブ」


「じ、じゃあ!」


「おもてなしの心を込めてぇ、ゴブタクシー、よーい!」


「「「ブッブブー!」」」


 ゴブリンたちが足元に集まると、グーで膝カックンしてきた。膝が突き出たタイミングで足を掬われ、仰向けに倒れそうになるが、ゴブリンたちが見事キャッチ。しかし痛い。


「これがもてなしかあ!?」


「そこのハーピーも、ニンゲンに乗るゴブ!」


「オレ乗り物扱い!?」


「ゴブゴブうるさいぞ!」


 言葉が通じないのもあるけど、やっぱり母親と別れさせられたのを根に持っているみたいだ。


「ハル、オレはおまえをひとりにできないよ。いっしょに来てくれないか? もてなしてくれるってさ。ホントだ」


「ゴブリンを、くえるのか?」


「いや、それはムリだ。でもなんらかのご馳走は出るんじゃないかな」


「……アヤトがいっしょだから、ついていくんだぞ!」


「ありがと……ごぶっ! もっと胸板のとこに寄ってぇ!」


 乗るのはいいけど、かかとっぽい部分でみぞおちに体重かけるのはやめてくれ。


「ゴブっていったからアンタは実質ゴブリンゴブ!」


「ただの被ダメボイスだよ、いっしょにするんじゃないよ」


「ずびび。じゃあ、アヤトもうまいのか!?」


「ヨダレを垂らすな!」


「乗員揃いまして、それでは出発ゴブー!」


 リーダーが先頭。オレを挟む形で、しんがりにゴブ夫の言っていた斥候部隊が合流した。


「モサモサ大森林に突入ゴブ!」


「おおーっ、はやい!」


「ちょっ、草が痛い!」


 森の中でも草が生い茂っていて顔に当たる。目を開けてられないから景色が見えない!


「おっ、アレはレアだからよく見るゴブよ、右手に見えますはー!」


「だから見えないってー!」


「サラマンダーのフンだゴブ!」


「別に見なくてもいいだろソレ!」


「おまえたち、ヤケドに気をつけて持ってくゴブ!」


「持って帰るのかよ、ばっちいな!」


 いつの間にやら顔に草が当たらなくなった。腹筋に力を入れ、前のほうを見てみると、草を押し潰してゴブリンが続々と合流していた。


 茂みの中から、鬱蒼とした木々の中から、まるでなにかのミュージックビデオみたいに集合していく。ざっと見て数百はくだらない。


「なあゴブ夫、戦ってたらこれ、五分五分なんかじゃ済まなかったしねえ?」


「今になって臆病風に吹かれたゴブか。ニンゲン一匹で20ゴブくらい余裕でやられるゴブよ」


「そうかなあ」


「過ぎたコトは放っておいて、そろそろ着くゴブ!」


「リーダー、今気づいたゴブ。ニンゲンの大きさじゃ巣穴に入らないゴブ!」


「構わず底まで突っ込めゴブ! 目つむってるゴブよ!」


 穴に頭が通ったはいい。でも肩までは通らなかった。オレに乗ってたハルはたぶん飛んで逃げた。


 雨で土が柔らかくなってたのが幸いして痛くはない。いや不幸だよ。めっちゃ汚れたろコレ。


「ゴブたちの棲家へようこそゴブー!」


 着いた途端ポイ捨てされ、地面に転がった。目を開くと、なにも見えない。そりゃ土の下なんだから暗いか。


 と思ってると、ぽつんと火が着いた。ロウソクの光だ。荒削りの土壁が露わになる。


「さあさ、横になって待ってるゴブよ。馳走するゴブ」


「まあ、立てるほど広くないしな」


 来た穴を見上げると、ハルが落ちてきた。大勢のゴブリンたちはオレの身体で壊れた入口を修復している。


「うー、じゅどーみたい」


「なんだ、震えちゃって。怖いのか?」


「とじこめられたときみたいで……」


「……えっ?」


「ンな辛気くさい顔してないで、このブドウ酒をグイっといくゴブよ! 永き世に、安住あれゴブー!」


 口を半開きにしていると、おままごとのようなジョッキに入ったワインを入れられた。しかも2杯。それでもオレは下戸なのですぐに酔ってしまう。


「ん〜〜これは効くねェ〜〜」


「ふふ、うそつけゴブ! そこのハーピーは呑むゴブか?」


 ハルは差し出されたジョッキに首を振って断った。


「ではご飯の準備ゴブー!」


「なにコレぇ? ウネウネ動いてるけど」


「大ミミズのパスタゴブ!」


「絵面キッツ! 酔い醒めそう!」


「ちゅるるる。ん、うまいぞ!」


「踊り食い……。さすがハーピー、鳥要素が見られるなあ。じゃあオレも。……ん、意外とうまいな!」


「さあさあ今日は宴ゴブよ!」


 異世界の異文化に触れ、オレの心は満たされた。元いた世界でこんな気持ちになったコトはあっただろうか。


 冷たい風が火照った身体に心地いい。なんだか気持ち寝られそうだ。


……ん? 穴の中なのに風が?

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