第4話 ワーロ・ハーク神殿に行こう!
「アヤトー! おっはよー!」
まぶしい朝日と元気にオレを起こす声。異世界での新たな一日が始まった。
「ハル、おはよう」
いびきはうるさかったが、オレも疲れてたのでよく眠れた。ベッドから身を起こすと、ハルは翼を広げて動かすしぐさをしている。
「みてみて、なおった!」
「そうかあ、よかったな!」
頭を撫でるとハルは笑顔で喜んだ。だがそれも束の間、急に唸り出した。
「ブブ……ブブブッ……」
ベッドの下からなにか聞こえる。
「ハル? オレのおならじゃないよ?」
「しってる!」
いったいなにがいるんだ……。立ち上がり身構えていると、小さなシルエットが出てきた。
「ここ……どこゴブ?」
「ああ。なんだ、ゴブリンか」
そういえばそうだった。気絶していたゴブリンもサラマンダーから助けたんだ。もし人が来たらヤバいから念のためにベッド下に放っていたんだ。
「おまえ! ゆるさないぞ!」
「ブブッ! なんの話ゴブ!」
「昨日のコト、よく思い出してみろ」
「……思い出したゴブ。ハーピーを追い回したあとで殴られたゴブ。それで、みんなどこいったゴブ!?」
「おまえ、見捨てられたんだよ。気絶してるときサラマンダーが来てな」
「それで……よく生きてるゴブね。あんたが助けてくれたゴブか」
声にどんどん元気がなくなっていく。置かれた状況がわかり、集団でいないとこんなものか。
「よくもハルを、いじめたな!」
「ブブー! このハーピー、怒ってるゴブか!?」
「よくもいじめたな、だってよ」
「ごめんゴブ、ほんとうにごめんゴブ!」
「ぎゃーぎゃー、うるさい!」
ゴブリンとハーピーでは会話できないのか。余所者のオレからすると、どっちもつらい立場にあるように思える。
「ハル、こいつはすごい謝ってるんだ。許せないと思うけど、オレたちはぐれ者同士、少しの間でも仲良くしようぜ」
やっぱり納得いかないようで唸っている。ふとゴブリンから視線をこちらに向けた。
「アヤト、あしおと!」
「誰か来るみたいだな。おかみさんかな?」
ゴブリンのほうを向くと、素早くベッドの下に隠れた。軽快なノックの音が鳴り、ドアが開いた。
「おはようございます。お食事の用意ができました」
「ありがとうございます」
宿主のおかみさんがご飯を持ってきてくれた。パンと豆のスープ、それにハンバーグのような料理だ。
「きのうもたべた。これ、おいしい!」
ハルは翼を交差させると、小さなつむじ風を起こした。それはスープを吸い上げ、そのまま口の中に入っていく。
「あついけど、おいしい!」
「ふふ、ありがとう。ハーピーちゃん」
特にハンバーグがうまい。野生味があって、少しコリコリとした食感も楽しい。なんの肉なんだろう。
「おねえさん、これ、なんの肉です?」
おかみさんはあっけらかんと答えた。
「ゴブリンのミンチですよ」
「ゴブリンのミンチ!?」
「ブブ───ッ!?」
ヤバい。驚いて聞き返してしまった。そりゃ叫ぶよ。ゴメン。マジで。あ、おかみさんも驚いてる。
「い、今のは?」
「……やだあ、今の聞こえちゃいましたかね? おならですよ、おなら。ごめんなさいね、クサいヤツだから早く出たほうがいいですよ!」
おかみさんが部屋を出たところで、ベッド下を覗いた。小さい身体がより縮こまっている。
「怖いゴブ。ニンゲン怖いゴブ……」
「あー、その……。ごめんな。聞き返したばかりに。まあその、でも」
美味かったなんて言えない。絶対に言えない。
「……でもなんゴブか?」
「あー、えっと。ハル、どんな気持ちだ?」
なんて大人げないんだオレは。ハルに振ってしまった。
「ちょっと、かわいそう。なかまがくわれるのか」
「だよな! かわいそうだよな!」
これはハルとゴブリンの距離が縮まるんじゃないか?
「でも、おいしかったぞ!」
「そうそう。美味かったし……。ってオイオイオイ!」
「なんの慰めにもならないゴブー!」
さらに縮こまってしまった。ここにいたって、いずれバレるんじゃないか。呼びかけても出てこなさそうなので、『イ』の字を召喚して引きずり出した。
「オレに着いてこいよ。ここで見つかればマズいから」
「みんなのところに帰りたいゴブ……」
「ハルも、おなじ。たべられるの、きのどくだな」
ハルはゴブリンの顔まで覆われたマスクを、その翼でなでる。
「でも、アヤトといっしょなら、へーき!」
「ハーピー、許してくれるゴブか?」
「許してくれるか、だってよ?」
「かわいそうだし、ゆるす!」
「いいってさ」
「ああ、ありがたいゴブ!」
ギスギスした感じもなくなったところで、どうしようか。とりあえず部屋にこの大陸の地図があるので、もらっておこう。
「ゴブはひとりじゃ帰れないゴブ……。とりあえずあんたに着いてくゴブ」
ゴブリンは窓を覗いたが、すぐに顔を引っ込めて、ゴーグルの奥の瞳を丸くした。
「こんなニンゲンの多いとこで、どうやって見つからなかったゴブか!?」
「服の中に入れてた。マスクが引っかかって落ちなかったぞ」
「そうだったゴブか。じゃあまたお邪魔してもいいゴブ?」
「しっかりしがみついててな。ハル、行こう」
「しゅっぱーつ!」
ハルを肩に乗せ、ゴブリンを腹にしがみつかせ、宿を後にする。さすがに重いな。
「どこいくの?」
「神殿に行こう。……ていうか肩から降りないの?」
「ハルの、とくとうせき!」
「まあいいや。落ちないようにな」
街中には多く人がいる。人だけではなくオオカミ男みたいな獣人の姿もある。みんな同じほうに向かっているから、流れに乗れば神殿に辿り着きそうだ。
神殿に続く道はゆるやかに勾配を帯び、どんどん急になっていく。キツくなってきたが、周りの人たちはものともしないというカンジだ。さすが異世界の人は体力がある。
「アヤトー、ぬかされたぞー」
「ふいー……。肩に乗りながら急かすんじゃないよ」
「はやくいかないと、いっぱいまつぞ。ならんでるもん」
「並んでる……?」
神殿の屋根が見えた頃には、人々の行列が目立ってきた。長い。夢の国のアトラクションみてえ。
「よくわかったな。オレ行列見えなかったよ」
「かぜが、おしえてくれた」
ハルの母さんも炎を消したとき、風を起こしてたな。
「かーちゃんみたいなでっかい風、吹かせらたらいいな!」
「……うん!」
短い沈黙を置いて、ハルは笑顔で応える。きっとこの子は親元に帰すのがいいのだろう。そのためになにかアドバイスが欲しいな……。女神様、来てくれないかな。ここ神殿なんだし。
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