第3話 ハーピーの娘・ハル

 背の高い草原を抜け、また歩くと、立ちはだかるのは立派な門。高く積まれた石作りの壁と相まって、この先に栄えた街があるのは想像に難くない。


 だからこそ考えてしまう。こんなところで見つかってもいいのか?


「はら、へった!」


 ハーピーとゴブリンを。ゴブリンはまだ気絶してるから、今オレが着てるパーカーの中に隠せばいいとして、ハーピーはどうなんだろう。人間とモンスターの関わりを知れるチャンスと考えるか。


「ハル、他の人間に会ったコトってあるのか?」


 ちなみにハルというのは、今オレの肩に乗っているハーピーの名前だ。名無しだったみたいだから、呼びやすいように名づけた。


「おはなしだけなら、きいてた」


「んじゃあ、直接はないんだな」


「おまえが、はじめて!」


「ちゃんと名前で呼びなさい。オレは綾人(あやと)だ」

 

「アヤト!」


「うん。そうそう」


 ハルは明るく接してくれるが、親から離ればなれになってしまって寂しいハズだ。なんとかしてあげたいが……。まずは腕、というか翼の治療をしてからだ。


「よし、行くぞ。おとなしく肩に掴まっててな」


「あいあい!」


 で、このデカ門、どう開けるんだろう。見張りとかいないんだろうか。困ってウロウロしていると看板を見つけた。


『ご入用の方は、ゆっくりと3回ノックしてくだい』


「どういうセキュリティしてんだ!」


 いや、スルーするとこだったけど、見たコトない文字なのにすんなり読めたぞ。ありがとう女神様、異界語召喚士バベルサマナーのスキル、最高っす。


 看板に書いてあるようにノックを3回すると、すんなりと門がせり上がるも、途中でピタリと止まった。隙間から足だけ見える門番の声が聞こえる。


「ワーロ・ハーク門前街へようこそ。神殿への巡礼をご希望でしょうか?」


 ちゃんと言葉も理解できる。ところで神殿ってなんだろう。遠目から見えたヤツがそれか。


「まあ、そんなところです」


「ふむ。しかしその履き物を見るに、遠くからおいでになったのでは?」


 そりゃスニーカーなんて見ないだろうなあ。かといって違う世界から来たなんて通用するだろうか。あまり喋らないほうがいいな。


「ええ。思えば遠くまで来たものだ……」


「長旅お疲れさまです。それでは、ここに名前と要件をサインしてください」


 きれいな石畳に紙と羽ペンが置かれた。異世界の文字、読めるし話せるが、書けるのか?


 そんな懸念は杞憂だった。以前から知っていたかのように文字が頭に浮かんだ。自分の名前と、それに建前上の要件である神殿への巡礼と書いて、紙とペンを返却した。


「クサビ・アヤトですね。結構です。くれぐれも面倒ごとは起こさぬように」


 門が徐々にせり上がっていく。街に入る前に、これだけは正直に訊いておかなきゃ。


「あ、すみません。子供のハーピーを連れてるんですけど」


 門は再び上がるのをやめた。


「ハーピーを、ですか?」


「街に入れて大丈夫ですかね?」


「念のため確認します」


 門番ふたりが半開きの門から潜り抜けてきた。


「ホントだ、珍しいな。翼をケガしている」


「ハーピーちゃん、こんにちは。言葉はわかるかな?」


「ちわわーっ!」


「うん。元気なあいさつだ」


 ハルの言葉が通じているみたいだ。


「ハル、はらへった!」


「そうか。じゃあ、これを」


 門番はポケットの中から小銭を取り出した。銅貨が4枚。オレが手ぶらなのを見兼ねてか? だったら長旅をしてたなんてウソもバレてるな。


「ハーピーの保護、お疲れさまです。これで宿をとって、薬草を買って治療してあげてください」


「ありがとうございます」


「これ、くえる?」


「これ自体は食えないけど、これでご飯と引き換えできるんだ」


「まわりくどいな」


「ハーピーちゃん、元気でね。アヤトさん、よい旅を!」


「ばいばい!」


 門番がいい人で助かった。だがハーピーにはこの対応なら、ゴブリンが見つかったらどうなる。リーダーが直々に目の上のたんこぶと言っていたが。


 整然とした街並みには多くの人間に混じって、爬虫類と人間のハーフみたいなヤツもいる。休憩時間のようだ。大きな荷物を傍らに、人間のおっさんと談笑している。彼らは人間といっしょの扱いなのか?


「アヤトー、どうしたー?」


 そうか、言葉か。意思の疎通、これが重要なんじゃないか。あいつら、言葉が通じたって引くくらいのテンションで驚いてたもんな。


 現にいろんな人からチラチラ見られるけど、嫌悪感とかではなく好奇の眼差しってカンジだ。オレが思っている以上に、人とモンスター、その種族の境目は薄いらしい。


「アヤトー! はらへった!」


「あー、わかったわかった。いろいろ考えてたんだ。大声出すなよな、耳元なんだから」


 だからこそ、言葉の壁が大きいのだろう。あの便利スキルをくれた女神様に感謝しなきゃ。


「まずは薬草とかを買ってから、宿に行こう。ご飯はそこで食べられるからな」


「ごはん、たのしみ!」


 しかしオレは土地勘がない。なにもわからんが、こういうところにはいるんだろう。


「おや、お困りですか?」


 善人ぶる初心者狩りが。あんのじょうやってきたな。ハルも唸って警戒してる。


「まあ、そうですね。宿ってどこにありますかね?」


「ここは初めて? 結構、結構。いやあなたは運がいい、私に会えるなんて。それならね、いい安宿を知ってるんですよ。着いてきてください」


 後ろに着いていくと、薄暗い路地裏に入っていった。途端に男が振り向いて悪い顔をする。


「へへっ、ダマさ――」


 話を聞くのも面倒なので『へ』の字を召喚して殴った。もうひとりの男に挟み込まれたので、そいつも殴る。


「宿、知ってるんだろ? あと薬草に包帯も買いたい。案内してくれ」


「へ、へい……」


 そんなこんなでスムーズに街を巡れた。薬草と包帯は銅貨1枚、宿でふたり分の料金である銅貨3枚を払って、やっと横になれた。


「うで、スースーする!」


「ムリに動かしちゃダメだぞ」


 ご飯を食べたあと、薬草をすり潰してハルの翼に塗った。包帯も巻いた。日も落ちたし、これでぐっすり寝れば明日には治っているといいな。


「むねのほうたいもー」


「えっ。お、おう……」


 こんなトコ、あの母親に見られたら、ぶち殺されるぞ……。


「あんがと!」


「よし、じゃあおやすみ」


 ちなみにゴブリンはベッドの下にいれた。まだ伸びてる。


「アヤト、いっしょにねよ」


「いいけど……翼、平気か?」


「へーき」


 ハルはベッドに入ると、翼を丸めた。


「あとねー、うたって? ちいさいとき、かーちゃんがよくうたってたんだ」


「子守唄か? ごめんな。ここの歌をよく知らないんだ」


「ちぇー」


「しっかり布団をかけてな。おヘソ丸出しなんだから、風邪引いちゃうぞ」


「あったかいね。……おやすみ。どこにもいかないでね」


 やっぱり寂しいのか。なら今だけは、オレが面倒みてやらないと。


「ああ。……行かないよ」


「んがー! ふごごー!」


「いびきうるせえ!」


 期待と不安の異世界転移初日、無事に生き延びたぞ。明日は神殿に行ってみよう。……オレが寝付けるのかわからないけど。

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