第2話 はぐれ者同士

 ゴブリンをひとりやっつけたオレの目の前に、黒く湿った体表に赤い斑点が散りばめられた巨大ウーパールーパーが立ちはだかる!


 サラマンダーが あらわれた!


「いきなりこんなピンチに見舞われるなんて思わなかったんだけど!」


 さっきまでゴブリンをやっつけて喜んでいたのがウソのようだ。そりゃこんなヤツが来たら逃げるよ。誰だってそーする、オレもそーする。


 というか、オレがやっつけたゴブリンは気絶したままだ。このまま置いていくのか?


「おい、コイツも連れていけよ!」


 まだ逃げている途中であろうリーダーゴブリンに向かって叫ぶ。


「黙るゴブ! 居場所がバレるゴブ!」


 思ったより近くで声が聞こえた。やっぱり歩幅が小さい。


「仲間を置いていくのか?」


「ゴブたちは確実に生き残るほうを選ぶゴブ!」


 ドライな価値観だ。この世界で生き残るとは、そういうコトなんだろう。まあその歩幅で逃げおおせるのかは知らんが、ピンチなのは他人事じゃない。


 今持っている『へ』の字でぶっ叩いてもなんとかならないだろうか。


「なんとかなれーッ」


 ダメだった。へを振り下ろすも、柔らかい皮膚に阻まれた。


「サラマンダー、ブヨブヨ!」


 ハーピーが教えてくれた。やっぱり物理攻撃はダメってコトか。


「斬ればなんとかなるのか!?」


「そう!」


 ひらがななんかじゃ斬れやしないだろう。ダメで元々だ。ゴブリンが持っていたナタで応戦してやる。


「女神様に拾って貰ったこの命、簡単に捨てる気はないぞ!」


 意気揚々と、おままごとサイズのナタをサラマンダーの前足に振り抜いた。まったく手応えはない。


「グギャアアァアッ!」


 ですよねー。怒りますよねー。こんなので倒せたら、ゴブリンたちだって逃げませんよねー。


「火、くるぞ!」


 サラマンダーは咆哮ついでに、火を吐こうとしていた。大きな口の中が徐々に明るくなっていく。どうにか回避できないか。


「そうだ、火には『ひ』だ!」


 ひの字の輪郭に沿って炎を受け流せないだろうか。やらないよりやってみるしかない!


 サラマンダーが口を開いた瞬間、大きめのひの字を召喚する。立体のひに隠れ無事を祈ると、目論み通りになった。


「おまえ、すごい!」


 吐き出された炎はサラマンダー自身へと跳ね返ったようだ。草むらに火がついたが、サラマンダーは尻尾を振って消火した。火に耐性はあるようだが、それでも燃えるのは嫌いらしい。


 まあそりゃ、自分で吐いたものが跳ね返るんじゃイヤか。それが炎でも。


 驚いたコトに、ひの字に触っても熱くない。まったく熱が通っていないのだ。


「もしかして、ホントにチートスキルなのか……?」


「つぎは? つぎは?」


 ハーピーの期待に満ちたまなざしが痛い。


「……どうしよっか?」


「なんとかしろ!」


「そうしたいのは山々だけどさ!」


 ハーピーが言うには斬撃が効くらしいが、伝説の剣だとかそんなモノは都合良くあったりしない。かといって防御に徹するとジリ貧だ。困ったときは……空を見上げよう。


「助けて、女神様ーッ!」


 期待通り、また雲が文字を作りだした。


『Tips:日本語にはとめ、はね、はらいがありますよ!』


「さっきのアドバイスといい、1年生の国語の時間か!」


 瞬間、閃いた。もしかして、はらいって……? オレたちがダメになるかならないかなんだ。やってみる価値はありますぜ。


「こいつで決める!」


「すごい! けんだ!」


 オレはカタカナの『ナ』を召喚した。そう、ハーピーの言うようにナの字、その『はらい』を剣に見立て、振るおうとしている。


 酔狂なものだが、きっとこれでいいんでしょう、女神様。子供の頃のように、自由な発想で……。


 2画目の頭の部分を両手で握り、剣のように構えて、サラマンダーに向かっていく。


「グギャアッ!」


 やはりというべきか、炎を吐き出してきた。だがこっちは、熱を通さないカタカナを握っているんだぞ。……いやなんだよ、熱を通さないカタカナって。まあいいや。


「むんッ!」


 なんだと思っても、だが事実! イチかバチか、炎にナの字を振るうと炎は真っ二つに割れた。


「やっちまえー!」


「うおおおおッ!」


 ハーピーの声援を受け、オレも吼える。戸惑っている様子のサラマンダーに対して力を込めたナの字の一閃!


 手に伝わる柔らかさ、それを断ち切った感触とともにサラマンダーは動かなくなった。


「……よし。よし! 勝ったぞ!」


「やったー! つよいぞ、ニンゲン!」


 オレはこのとき、日本の義務教育に初めてマジに感謝した。異世界で感謝するのも妙なハナシだが。


「ハーピー、もう帰れるか?」


「あっ! まだ、あぶない!」


「他にもなんか来てるのか!?」


「ちがう、うしろ!」


 ハーピーの返答に既視感を覚えつつ振り向くと、草原が黒い煙を上げながら燃えていた。どんどん延焼していく。


「……さっきオレが炎を斬ったから?」


「そう、やっちまったな!」


「ンな他人事みたいに! どうだ、動けるか!?」


「あしなら、うごく!」


「よし、しっかり掴まれよ!」


 ハーピーを抱え、文鳥を乗せるみたいに肩に乗せた。思ったより軽いのはいいが、ツメが食い込んで痛い。しかし掴まれって言ったのはオレだ。ガマンするしかない。


 足元で気絶してるゴブリンも抱えて、その場から走り出した。ある程度離れたところで立ち止まり、振り向く。炎は盛る一方だ。


「どうすんだろコレ」


「あ、あれ!」


 草原の奥から、なにか飛び出した。翼を広げる人影のような。


「かーちゃんだ! おーい、かーちゃあーん!」


「おまえの親か?」


「うん!」


 肩に乗っかるハーピーは、大きな声を上げながら、傷ついた翼を懸命に上げようとしている。


 母ハーピーは翼を交差させ、竜巻を起こす。燃え盛る炎はその中心に惹かれ、バースデーケーキのろうそくみたいに儚く消えた。


「かーちゃん! こっちー!」


 懸命に声を上げるも、知ってか知らずか、母ハーピーは飛び去ってしまった。


「かーちゃん……」


 親と別れてしまった子供に交わす言葉は、これしかないだろう。


「……オレといっしょに来るか?」


「……うん」


 オレとハーピー、それに抱えているゴブリン。はぐれもの同士、この厳しい異世界で生き抜くにはどうすればいいか。それにはまず――


「向こうに見える街に行ってみるか」


 空を見ても女神様はヒントをくれない。オレの旅路は、これからが本番のようだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る