第1話 ハーピーの子供を救え!

 女神様の計らいにより異世界に転移したはいいが、前途多難になりそうだ。目の前の草原に転がった『水』の字を見てそう思う。


「これでどうすればいいんだ……」


 授かった異界語召喚士バベルサマナーのスキル。それは文字を召喚するものみたいだ。字体はMSゴシック。だからなんだというハナシだが。


 嘆いてもしょうがない。配られたカードで勝負するしかないと、あの白い犬も言っていた。まずは知るコトだ。水の字を観察してみようとしたら、消えてしまった。


「なんなんだよコレ! カッコいいのは名前だけか!」


 むしゃくしゃして天を仰ぐと、白い雲が集まって、なにかを形作りだした。太陽の光に負けず目を凝らすと、文を作っているのがわかった。そこにはこう書かれていた。


『Tips:レベルの低いうちは画数の多い漢字よりも、ひらがなやカタカナのほうが魔力の消費を抑えられますよ!』


「そんなゲームのロード画面に出てくるヤツみたいな……」


 水の字だって3画なのに。そんなにレベル低いの? だいたいひらがなとかカタカナを出したところでどうしろというんですか。


「もっとアドバイスくださいな!」


 すると、すぐに返事がきた。


『Tips:生きてりゃなんとかなりますよ!』


「いや雑か!」


 たしかにそうかもしれない、とは思うけども。


「もういいや、遠くに見える街に行こう」


 草をかき分けて街に向かう。その通り道でなにやら騒ぎ声が聞こえてきた。


 小高い木のそばで、小さななにかが数匹で跳ね回っている。人のようなシルエットだけど……。危なそうだ。バレないように迂回しよう。


「ブブッ、なにヤツゴブ!?」


 まあそうなりますよねー。草をかき分ける音でバレますよねー。


「おうおうおう、ニンゲンがなに見てるゴブか? しかも丸腰ゴブ。ゴブたちが『ゴブリン』だからって油断してるゴブかあ?」


 枝に乗ってるゴブリンがリーダー格のようだ。それぞれゴーグルのついたマスクを着けている。身体が草に隠れるから目を守るためのものだろうか。


「おらおら、なんか言ってみろゴブ! どうせなにも言えないだろうゴブ!」


 それにしてもゴブゴブうるさい。


「そのゴーグルは草を防ぐためか?」


「キエェェシャベッタアアアア!!」


 ゴブリンたちは騒ぎ出した。うるさい。すごく。マスクをしていてかつ小さい身体でコレか。


「なんだ、煽ってるのか?」


「マタシャベッタアアアア!!」


「だからなんなんだ……」


「うるせえゴブ! 耳がキンキンするゴブ!」


「マスクの反響だろそれ! 逆ギレするなよ!?」


 ひとしきり騒いで疲れたようにため息をついた。


「まあ、さっき質問についてはそうゴブ。んで驚いたのは、ニンゲンがゴブたちと会話してきたからゴブ」


「ふつうはできないのか?」


「当たり前ゴブ。ニンゲンからしたら、ゴブたちは目の上のたんこぶゴブ」


「ふうん……」


「おまえ、なんなんゴブ?」


「オレは……異界語召喚士バベルサマナーだ」


「はあ? なんなのかよくわからんゴブが、意思の疎通ができるとなるとシラけるゴブね。通っていいゴブよ。今、ゴブたちは忙しいゴブ」


 やっぱり襲う気満々だったんだ……。ところで、なんでゴブリンたちはこの木の周りにいるんだろう。


「ブッブッブ。観念するゴブ。この木が斬れちまうゴブよ!」


 ゴブリンたちは一斉に、小さな小さなナタを振るう。切れ味といいパワーといい、なかなか侮れない。やがて打ちつけていると、すぐに木が倒れた。


「そら言わんこっちゃないゴブ! もう抵抗しても無駄ゴブよ!」


 生い茂った葉っぱの中から女の子が出てきた。


「人間じゃないか!」


「なに言ってるゴブ。よく見ろゴブ」


 顔は若草色のショートヘアの女の子だ。胴体も女の子だけど、腕は鳥の翼で、足も鳥のそれだ。


「ハーピーってやつか……」


「そうゴブ。ニンゲンには関係ないゴブ」


 翼はボロボロになっている。よくあるモンスター同士の争いなのだろうか。


「うぐぐ……。まけない、ぞ!」


 あどけない顔だが、その目は闘志でみなぎっている。


「なに言ってるかわからんゴブが、悲しいゴブね。親は心配してくれないなんて。そのために連れ出したのに、期待外れゴブ」


 もしかしてこの子供のハーピー、親とはぐれたのか?


「ハーピーたちを追い出してゴブたちの棲家にする作戦が台無しゴブ。命までは取らないまでもその羽はいただくゴブ」


 モンスター同士の争いに首を突っ込むのはいいものなのか。だが見て見ぬフリはできない。


「そのへんにしておけよ。おまえ自身のためにも」


「顔がニンゲンみたいだからって情が移ったゴブか? どうせニンゲンとはわかり合えんゴブ」


 リーダー格のゴブリンのうしろに4体が横並びになる。木を倒したナタを構え、準備はバッチリみたいだ。


「このまま別れれば、不思議な出会いでしたねで終わったのに……。やっちまえゴブ!」


 ゴブリンたちが あらわれた!


「さて、戦闘にも役立つらしい異界語召喚士バベルサマナーのチカラ、信じていいものか……!」


 ゴブリンは身構える前に襲いかかってきた!


「ちょっ、マズい!」


 しかし中々こなかった。草むらを揺らす音が虚しく響く。


「歩幅が小せえ!」


「バカにするなゴブ!」


 ゴブリンが飛び出てきた。といってもオレの膝下くらいの大きさだからか、あまり怖くない。


「たしか女神様はひらがなを使えって言ってたな。じゃあ、『へ』だ!」


 実体化しか文字。できるコトなんて、これしか思い浮かばない。


「物理的にぶっ叩くッ!」


 への書き終わる部分を握り、カクッとカーブするところでゴブリンをぶっ叩いた。見事に命中! ゴブリンは宙を舞った。


「か、硬くて重いゴブ……」


「ブブッ!?」


 リーダーゴブリンは驚いた様子だ。これで引き下がってくれればいいのだが……。


「て、撤退ゴブッ!」


 よっしゃ。異世界での初戦闘、勝ったぞ!


「大丈夫か?」


 ハーピーに駆け寄ると怯えていた。隙をついて逃げられないほどボロボロなのか。


「オレは敵じゃないよ。安心してくれ」


「ちがう。うしろ!」


「ん?」


 振り向くと、黒を基調に赤い斑点の目立つ身体の色をした、ウーパールーパーのような生物がいた。めっちゃデカい、見たらわかる、ヤバいやつやん。


「なにアイツ!?」


「サラマンダー!」


 なるほど。見た目通りってカンジだ。じゃあ火を吹くんだろう。……あれ? こんな草原ところで火吹かれたら詰むな?


「グギャアアァアッ!」


 ものすごい咆哮。オレ、異世界に来て早々に心が折れそうだ……。

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