大空のバベルサマナー 〜二度目の人生は超高性能翻訳スキルを駆使して異世界に平和をもたらしつつ幸せな家庭を築きたい!〜
ももすけ
プロローグ 異界語召喚士、クサビ・アヤト
なぜオレは真っ白い世界にいるのだろう。たしか、そう。トラックに轢かれそうな子供を助けようとしたら――
「彷徨える魂よ、目が覚めましたか?」
品のある声のするほうへ向くと、銀色の髪を揺らす女性が見下ろしていた。大昔のローマのダボっとした服――たしか、トーガといったか――を着ている。
この雰囲気、間違いない。深夜アニメで見たコトがある。
「あなたがオレを生き返らせてくださるのですか……、女神様」
「あら、察しがよろしいですね。どうです、立ち上がれますか?」
五体満足なのを確認したところで、言われた通り立ち上がった。こんな空間じゃ、立ってるのも寝てるのも同じようなモンだな。
「それで、なぜオレなんかを」
「あなたの勇気を見せていただきました。身を挺して、子供をかばう様を」
もしかして轢かれた瞬間も見られた? 痛みなんか一瞬で引いて、そのあと記憶がもうないから――
「おかげで3日はご飯がノドを通らなかったですけどね!」
じゃあなんで見たんだ……。まあ過ぎたコトはしょうがない。
「勇気を買ってくれるのはありがたいですが、他にはなにも……」
「ええ、そうですよね!」
多少は謙遜したつもりだったけど、いざ言われると腹立つな。
「前世の行いを調べてみれば、まあ秀でたものはなさそうに見えますね」
「そこまで言うコトある!?」
いかん。つい本音が出てしまった。生き返らせてくれそうな人に対して、雑な言い方だった。
「……あっと、すいません」
「いえいえ。もっと気軽におしゃべりしましょう。ね?」
許してくれたが、女神様の口は止まらない。
「育ちは最低でも、ストレートで大学入学のち卒業。就職の際は20回ほどお祈りされたけど、仕事の出来はまあまあ。奨学金の返済はまだ済んでないから、休日は引きこもってゲーム、マンガ、サブスクの映画やアニメを視聴。安い趣味です。恋人は当然なし。平凡中の平凡です。いや、平凡より……」
「やだあ、そこまで知ってるの!?」
「調べましたので。でも、だからこそ……。あこがれるでしょう? 剣と魔法のファンタジー世界への転生を」
たしかに、なんの面白みもない人生だった。惜しいものはなにもない。
いや、あるか。どうせ死ぬんなら、もっとこう、オレ以外のために募金でもすればよかった。奨学金の返済なんかしてないで。
「その世界で覇権を争う、とある巨大な王国の第二王子がそろそろ産まれます。彼に生まれ変わらせましょう」
「それって、オレの意思はあるってコトですよね?」
「はい。記憶の引き継ぎだって可能です。もっとも、オギャってる間はキツいかもしれませんが」
冴えない男の身体を捨てて、別人になって、それも赤ちゃんからやり直すのか。それもいいかもしれない。けど欲を言うなら、オレはオレを捨てたくない。
「……この姿のままじゃダメですか?」
「おや、転移したいのですね。うーん、キツいですよ? なによりも言葉の壁がですね。わかるでしょう? 生きていくには厳しいかも……」
「そこをなんとか!」
「身分も教育も不利ですが、なぜ転生を拒むのですか?」
「……オレとして、
頭を下げて言う。こんな空っぽの頭など下げ慣れているけど、今までとは重みは違う。チラッと女神様の顔色をうかがうと、笑顔をたたえていた。
「……なるほど。そこまで言うのなら、わかりました。ではあなたには、わたくしのギフトを授けましょう」
「あ、ありがとうございます! それで、ギフトというのは……?」
「異世界を生き延びるためのスキル。そう、『
「バ、バベルサマナー……!?」
「このスキルはですね、超高性能翻訳スキルですよ。あなたは異世界の言葉をペラペラに読み書きできるし、戦いにだって役に立ちます」
「それはスゴい! いわゆるチートスキルじゃないですか!」
「もっとも、使いかたはあなた次第。いかに工夫してファンタジー世界をどう生きるか、期待していますよ」
「な、なんか楽しんでます? 悪い笑顔してますけど」
「いえいえ、期待ですよ。期待しているんです」
突然、オレの身体から光の粒が溢れ出した。
「さあ、心の準備はいいですか? これから起こる事柄は、あなたの世界では計り知れないコトばかりかもしれません」
光の粒はどんどん増えて、オレの身を包み、女神様の声が遠くなる。
「けれど忘れないで。あなたが今まで歩んできた人生は決して無駄にはならないというコトを。
だんだん眠くなってきた。自然とまぶたが閉じる。
「目覚めたとき、あなたの人生は再び始まります。勇気とやさしさ、それと好奇心を抱き、あなただけの居場所を見つけてください。どうか未知なる旅路に、幸多からんことを――」
※ ※ ※
ここはどこだろう。雫が顔に当たって冷たい。目を開くと暗いほら穴の中にいた。見渡すだけでは出口は見当たらなかったが、風が吹いている。
迷わずに風の吹くほうへ向かうと、光が差し込んできた。出口は近い。ほら穴を出ると、青空の下に大草原が広がっていた。
「そうか……ここが」
異世界だ。見渡すと、遠くのほうに壁が長く連なっているものがある。あそこに街がありそうだ。壁より高い丘に神殿のような建物も見えるし。それは後で行くとして……。
「女神様から授かったスキル。どんなものなんだろう?」
すごいいい感じのコト言ってもらったけど、なんか曖昧でよくわからなかった。たしか言葉の力を操るって言っていたな。
そうか。きっと言葉を発せば、その言葉の意味が出てくるんじゃないか。例えば炎って言えば、熱い炎が出てくるとか。でも草原でやったら危ないから、水でやってみよう。
「湧け、水よッ!」
せっかくだし、かっこいい詠唱とかも考えたいなあ――しかし、その期待は容易く打ち砕かれた。腕を伸ばした先に、真っ黒い謎のカタマリがゴロンと転がる。
「えっ? いやいや、まさかだろ……」
見覚えのあるシルエットだ。少し遠ざかってみる。間違いない。『水』だ。草原に転がったのは水という文字だ。
「言葉を操る力って、そういうコトかああ!?」
右も左もわからない異世界で、オレは叫んだ。異様な雰囲気を醸し出す水の字を見つめながら。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます