第7話 イタズラの代償

 僕らは小学6年になった。


 柿畑はようやく新しい自転車を買ってもらい、それに乗って塾へ通っていた。


 スピードメーターを取り付けての激しい走りを親にとがめられた僕らは、その反動からか自転車の見た目にこだわるようになった。


 まずは前かごを取りはずしてラッパ型のホーンを取り付け、バックステップを装着した。ステッカーをベタベタ貼りまくり、仕上げはピカピカ点灯するテールライト。


 どんどん自分色に染まっていく愛車を家の前の駐輪場で見るのが学校帰りの至福の時間だった。車のチラシをセロテープで貼り付けていた頃から少しは出世したみたいだ。



 ところが、そのようにしてゴージャスになった僕らの愛車にイタズラをするやからが現れた。噂では犯人はどうやら同じ小学校の素行そこうの悪い下級生のようだった。


「あいつら、とっちめてやらないとな」


 柿畑が言った。だが彼らは用心深く人の目を盗んでイタズラを実行していて、現行犯で注意することが難しかった。



 僕は鉛筆風シャーペンの件で仲良くなった塩屋先生に相談した。先生は放課後に彼らの教室に出向き、話をすると言ってくれた。



「なあ、話をするだけでイタズラが収まると思うか?」


 柿畑が僕にいた。


「わからない。でも野放しにしているよりはいいだろう」



 翌日の朝。


 学校へ行こうと家を出たところで、僕は目に映るものを疑った。


 なんと駐輪場に置かれている僕の自転車が真っ黒にスプレーされていたのだ。せっかく貼ったステッカーも全て真っ黒で、僕は呆然ぼうぜんとした。


「あいつら……!!」


 怒り心頭しんとうの柿畑がこちらに向かってきた。彼の自転車も同じようにやられたのだそうだ。


 僕たちははらわたが煮えくり返るような思いで学校に向かった。その日は一日中授業が全く頭に入らなかった。



 その次の日、僕らを待っていたのは意外な知らせだった。全校集会での校長の話によると、昨夜、犯人の下級生グループの自転車が峠の頂上の公園で何者かにブレーキ・ワイヤーを切られ、下り坂で減速できなくなって事故を起こしたらしいのだ。うち数人は重傷で入院した、とのことだった。そういえば昨日の夜はずっと救急車が走っていた気がする。



 家に帰った僕は柿畑と一緒に、自分たちの自転車に吹き付けられた黒スプレーをシンナーで落とす作業をした。


「まったく、ひどいよな」


「ああ」


 そこに、イタズラをして回っていた下級生の母親たちが現れた。謝罪のあと、僕らは茶封筒を渡された。それには五万円ずつ入っていた。


「うおーっ!! これだけあればいっぱいパーツ買えるっ!」


「いや、なんなら新車買えるぞっ! ひゃっほーっ!!」


 僕らは狂喜乱舞きょうきらんぶした。イタズラされたのも忘れて現金なものだ。


 だが、僕も柿畑もそれぞれの母親に『もったいない』と言われ、黒スプレーが染みつき薄汚れた自転車に乗って残りの小学校生活を過ごした。




 おおらかな時代は、ときに人を暴走させた。教師や大人は暴力に頼り、権威を振りかざした。子供は主張を通すべく無理無謀な手段に出た。だが、そんな危うい均衡きんこうのもとに広がる世界は限りなく自由なものに感じられた。現在のお仕着しきせの自由とは正反対だった。


 自転車では何度も転んで危ない目にった。骨折や捻挫ねんざもした。だが、そのころの僕たちの骨はすぐ再生したし、一日はとてもとても長かった。なにもかもが、その時にしか味わえない色と温度と匂いをもってそこに存在した。放課後、暗くなるまでの時間は限りない冒険だった。

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爆音自転車(カクヨムWeb小説短編賞2022「令和の私小説【テーマ=己の過剰な偏愛】」部門応募作品)(短編) 夕奈木 静月 @s-yu-nagi

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