第5話 鉛筆シャーペン

(へへっ、気づいてない気づいてない……)


 普段通りの仕草で机の横を通り過ぎていく塩屋先生を見て僕はほくそ笑んだ。


 僕が今手に持っているのは鉛筆そっくりの見た目をしたシャーペン、鉛筆風シャーペンなのだ。見た目も色も鉛筆にそっくりなこのシャーペンを僕は週末に駄菓子屋兼文房具店で手に入れた。


 店のおばちゃんは、『あんたんとこの学校、シャーペン禁止だったね? くれぐれも持っていくんじゃないよ』と言っていた。


 しかしそんな忠告をされたところで僕にはどこ吹く風だった。どこまで先生の目をあざむけるか試してみたくなるのが人情というものだ。


 塩屋先生にはこないだGT-Rの写真を破かれたこともあり、不満があった。だからこうして挑戦してやるのだ。さあ、僕の擬態シャーペンを見破れるかな?


 塩屋先生がテスト中の教室内を巡回する。もちろん僕以外はみんなルール通りに鉛筆を使用しているから、彼女の視線の動きは生徒たちのカンニング防止だけを考えたものになっていた。



「ふはははっ! ぜんぜん気づいてなかったよ!」


 休み時間の僕は調子に乗っていた。


「バレたらヤバいって」


 珍しく柿畑が冷静だった。


「ん? どうしたんだ、元気ないな」


 僕はたずねた。


「じつは――」


 柿畑の話によると、以前他のクラスの生徒がシャーペン使用をとがめられ、没収されたうえに、鉛筆を使用しなかったからという理由で満点のテストを0点にされたらしいのだ。


「許せないな……!」


 僕は教師の横暴に腹が立った。


「徹底的に対抗してやる」


「やめといたほうがいいと思うけど……」


 スケボー事件以来、優等生であることを親に求められるようになった柿畑は近頃ずいぶん大人しくなった。だが、この間の車の写真のことでは僕のために怒ってくれた。いい奴だ、と僕は思った。


 次の4時間目は算数のテストだった。今回のテストはこれで終了となる。


 僕は堂々と鉛筆風シャーペンの頭をノックして芯を出した。先生はまったく気づいていない。


 テストが開始され、僕は三角定規やコンパスを用いて問題を解いていた。


 そこへ突然先生が駆け寄ってきた。


 やばい、バレたか。僕の心臓がねた。


 だが、それは杞憂きゆうだった。となりの女子が落とした鉛筆を拾いに来ただけだった。


 よしよし、万事上手くいっている。あとはこの最後のテストを乗り切れば僕は先生を完全にあざむけたことになる。


 僕は勝手にミッションを設定して、スパイよろしく振る舞う自分に酔っていた。


「あれっ? 峰亜ほうあ君、その鉛筆……」


 テスト中にも関わらず先生が声を上げて僕に近づいて来る。


 ついに最大の難関がやってきたようだ。


 僕はすでに解き終わっていたテストのプリントを裏返し、鉛筆風シャーペンを超高速で動かし、絵柄えがらのない塗り絵を始めた。目的は先生が残像でしかシャーペンを見ることができなくするためだ。こうすれば本物の鉛筆かどうか分かりづらくなる。


「なにか?」


 僕は高速で手を動かしながら、何食わぬ顔で先生を見てたずねた。


「あなたのその鉛筆、少し変じゃないかしら?」


「年のせいで見えにくくなってるんじゃないですか? 先生もうおばちゃんだし」


 教室は凍り付いた。



「歯ぁ食いしばりなさいっ!」


 僕は廊下でげんこつを食らわされ、鉛筆風シャーペンを没収され、算数のテストは全問正答していたのに強制的に0点にされた。

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