第4話 デコ机

「おっ、それ新しいチラシか?」


 昼休み、新聞の折り込み広告を教室で広げる僕に柿畑がいてきた。


「うん、今朝入ってたやつだ」


 当時は新車のチラシが毎日のように折り込まれており、否が応でも男子は車に興味を持つような時代だった。


 僕らは車の写真の輪郭りんかくに沿って丁寧ていねいにハサミを通し、机や椅子いすにセロテープで貼り付けていった。


「うわ……それ俺がねらってたのに」


 柿畑が文句を言う。


「そもそも僕が持ってきたチラシだぞ」


 僕は正論を言う。


「おおっ、それなんて車? かっこいい!」


 他のクラスメイトの受けも上々じょうじょうだった。僕はスポーツカー中心のラインナップ、柿畑はRV車をメインに貼り付けていた。


 僕らはデコられた机と椅子に満足し、授業へのモチベーションも確実に向上した。


 そこに担任の塩屋辛子しおやかなこ先生が現れた。


 この先生の名前は実にややこしい。漢字は似ているが『さち子』ではない。辛いもの好きの父親が無理やり命名したらしい。読みにくい。どうやって『かな』と読むのか。キラキラネームなのか。当人も四月の自己紹介の際に必死で黒板にチョークを走らせ、『辛子かなこ』と『幸子さちこ』の漢字の違いを力説していた。


 話はそれたが、先生はすぐに僕らの机に貼られた車たちの写真を発見した。


「なあに? これ」


「なにって、見ての通り写真ですよ」


 僕は言った。


「そんなことを聞いてるんじゃないの」


「じゃあなんですか」


「ここは勉強をする場所です。遊ぶところではありません」


「休み時間はここであそんでるよっ!?」


 説教にイライラしてきたので僕は子供のふりをしてやった。


「とにかく、がしますから」


「授業中は見えなくなるように机の横とかイスに貼ってるんだからいいだろ!?」


 柿畑も立腹していた。僕らは机の天版には一枚も写真を貼っていなかった。教科書を入れる金属製の台座の周りで東京モーターショウは開かれていたのだ。


 だが、塩屋先生は聞く耳を持たず、僕が貼った写真に爪を立ててセロテープを一枚一枚剥がしていった。


「僕のGTRが……」


 ホワイトカラーがまぶしいR32GTRが先生にやぶかれて泣いていた。


「やめろっ!!」


 柿畑が先生につかみかかった。


「見えてないんだからいいだろっ!? そんなことも分かんないのか、このバカ!!」


「他の人には見えます。柿畑君、放課後職員室に来なさい」


 他の生徒だって、よそ見をしなければ僕らの机や椅子が目に入ることはない。まっすぐ前を見ていればすむことだ。僕はそう言おうとしたが授業開始のチャイムにさえぎられた。


 僕らのことがあったため、お通夜みたいなムードで午後の授業が始まった。


 僕の頭の中は破り捨てられたR32GTRのことでいっぱいだった。この車に乗ってサーキットを駆け抜ける夢が打ち砕かれたような気がした。


 授業中、僕は黒板など見ていなかった。ひたすらGTRのあだである先生をにらみ続けた。



 5時間目の授業が終わり、先生が優しい顔で僕のところに来た。


「ごめんね、でも決まりだから」


「……低学年が使ってるスーパーカーの写真が印刷してある筆箱はいいんだ?」


 僕は怒りに顔をゆがませて言った。


「……」


 先生はなにも言いかえしてこなかった。


 柿畑の放課後呼び出しもなくなった。


 翌日、僕らの机と椅子は休日のお台場パーキングのごとく車たちで埋め尽くされていた。

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