第3話 そうか、ガケから落ちればよかったんだ

「なあ、それでどうやって走るんだよ?」


 僕はたずねた。


「まあ見てなって」


 柿畑はなわとびの片方を小児用車のハンドルにくくりつけ、もう片方を僕の自転車のシートポストに結んだ。


「僕が引っ張るのか?」


「……うん」


 仕方がないからペダルをこぐ。ギシギシと音がして小児用車のハンドルが引かれる。


 と思ったら一瞬で縄跳びがちぎれた。


 途方に暮れる柿畑。頭を抱えて座り込んでしまった。


「こりゃ今年は市民プールも行けないな」


 僕らは毎年夏になると隣町の流れるプールに行っていた。


「いや、行くって。絶対行く」


 柿畑は強情ごうじょうだった。プールまでは10キロくらいある。歩いて行くつもりなのだろうか。




 プールに行く当日。いつもつるんでいる下谷しもたにと僕は待ち合わせ場所で賭けをしていた。


「いくらなんでも自転車買ってもらってるだろ。こんないなか町に住んでたら不便で仕方ないもん」


 下谷は言った。だが僕は、


「いや、あいつの母ちゃんめちゃきびしいし。電車で行くんじゃないか」


 プールまでは電車で直通というわけではない。そのあとにバスを乗り継ぐ必要があって時間も費用もかかる。だから僕らは自転車で行くのだ。


「おーい。お待たせ」


「はあ!?」


 僕と下谷は戸惑とまどった。柿畑の足元にはスケボーがあった。


「それでどうやって行くんだ?」


「いい方法がある」


 柿畑は信号待ちの軽トラのほうにスケボーで進んでいった。そして運転手に気づかれぬよう後方にしゃがんで荷台に手を掛けた。青信号になって車が走り出す。その光景はまるで80年代のアメリカ映画のようだった。


 僕と下谷は「やばい、やばいって」と連呼れんこした。


 しかし柿畑は意に介さず、そのまま軽トラに引っ張られていった。


「追いかけるぞ」


 僕らは必死でついていった。


 隣町へ行くには峠を越えることになる。急坂を越えることになるから車のスピードは乗らないはずだ。だが僕たち自転車の速度も上がらない。


 あっというまに柿畑を見失った僕たちはそれでも自転車をぎ続けた。視界をさえぎる木々が開け、峠の頂上付近に差しかかる。


「このバカたれがっ!!」


 路肩ろかたで柿畑が怒鳴られていた。相手は軽トラの運転手のようだ。




「これからどうしよう」


 ようやく解放された柿畑がなげく。


「知るかよ。君が勝手にしたことだろう」


 僕にもどうしようもない。


「そう言わずに、何か方法はないか?」


「もう今日はやめとけ。君だけ引き返して家に帰れ」


「ぐぅ……」


 まだ終わりにしたくない。柿畑はそう言いたげだった。


「じゃあ、柿畑君がガケから落ちればよかったのかな?」


 下谷が訳の分からないことを言った。首をかしげる僕と柿畑。


「そうなったらまだブレーキがついてる自転車のほうがマシだって柿畑君のお母さんは思うかもよ」


 なるほどその手があったか。それならまた自転車を買ってもらえるかもしれない。


 僕らは共謀きょうぼうして、柿畑がガケから転落したことにするために彼のスケボーと服をアスファルトに叩きつけ、こすりつけてボロボロにした。


「これでよし」




 翌日は登校日だった。家を出てすぐ柿畑に出会った。


「おい、いったいどうしたんだよ!?」


 涙目の彼の顔はれ、頭にはたんこぶができている。


「すぐにバレて、とうちゃんに思いっきりなぐられた……。スケボーも捨てられた……」


 移動手段を完全になくした柿畑は家で勉強ばかりするようになり、その後、私立の有名中学に進学した。これは怪我けが功名こうみょうと呼んでもいいのだろうか。

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